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目指したいのは母のような生き方


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記事:ほさか 梨恵(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
私の母は、職業不詳だ。
怪しい仕事をしているという訳ではない。
母の生き方を一言で表す言葉がないからだ。
 
母はパン作りをする。
私が小学校低学年の頃、3人の食べ盛りの子どもを抱えていた母は、食費を少しでも減らそうと、パン教室に通い始めたのだった。
最初こそは自分たちで消費するためだけに作っていたのだが、口コミが広がり、お母さん方から頼まれたり、小学校のバザーに出店したりするようになっていった。
お店という形はとっていなかったから、いただくお金も材料費程度。
普通のパン屋さんに比べれば半額近い値段で、美味しいパンが食べられるということもあり、地元では評判だったようだ。
評判が評判を呼び、母の知らない人からパンを頼まれることもあったらしいが、
「私のパンは直接知っている人だけ。知らない人だと何かあったら怖いもの」
と言って、知らない人からの注文は一切断っていたという。
子どもたちが全員独立してからも、付き合いのある人たちからはたまに注文が入るそうで、今でも月に何回かはパンを作ったり、教室を開いたりしている。
 
そして母は、私が小学生高学年の頃から新聞配達をしていた。
最初の頃は夕刊だけだったが、いつの間にか朝刊の配達も始めていた。
私も中学に上がるまでは、一緒に夕刊の配達もしていた。
元旦の配達は、母と単身赴任先から帰ってきた父に私で配達するのが定番。
先月、実家に帰省した時も、母は相変わらず新聞配達の仕事は続けていた。
聞けばもう勤続25年なのだという。
2年前に胃がんと皮膚がんを患った時は、
「もしかしたら、クビになるかもね~」
と母は笑っていた。
しかし、人手不足のご時世、真面目に仕事をする母をクビに出来るほど、配達所の経営は楽ではないということで、長期療養扱いにしてくれたのだった。
復帰直後は、朝刊だけだったが、1年経ち、体力も戻ってきたということで、今月からは夕刊も再開したのだという。
 
パン作りは「パン屋さん」というまでの規模ではないし、新聞配達は母の中では「ただの収入源」でしかなく、これ以外にも趣味の卓球ではたまに障害者向け教室の先生をしたりしている。
専業主婦というには母はあまりにもアクティブすぎるのだ。
私は母に聞いてみた。
「お母さんの職業って、一体何?」
「よく分からん」
 
私は20代まで、正社員でなければ、人生負けたのも同じだとずっと思っていた。
自由にお金が使えない専業主婦やパートなんて、絶対になりたくない。
私は絶対に正社員になって、好きなように生活してやるんだ。
まるで母を否定しているようなものだった。
 
住み慣れた町を出て大手企業の正社員となった。
正社員になって、一番驚いたのは収入だった。
昔見せてもらった母の新聞配達の収入と比べると、3倍はあったと思う。
好きなものは買えるし、好きなところに行ける。
そう思っていた。
 
現実はそうでもなかった。
ある人は「会社の給料は慰謝料のようなもの」と言っていた。
深夜まで会社で仕事をして、肉体も精神もすり減らし、家に帰っても寝るだけ。
その生活に対する慰謝料だと。
 
その言葉の意味を体感した時、私は14年勤めた会社を辞めた。
今は個人事業と在宅パートのダブルワーカーだ。
在宅で出来る仕事を中心に、仕事の時間も比較的自由に決めることが出来るものを選んだ。
それでいて、自分にとって得意なことで好きな仕事。
よく人からは「そんな仕事があるの?!」と驚かれるが、私自身も驚いている。
探せばあるし、なければ作ればよかったのだ。
 
ただ、収入は大分減った。
月収は正社員の時の2/3くらいだろうか。もちろんボーナスなんてない。
正社員の時の貯金を少しずつ崩している。
それでも食うには困らない分は稼いでいるし、仕事を頼みたいという人も、一緒に仕事をしてみたいという人も居る。
自由になった時間を使って、地元の伝統工芸を習い始めた。
正社員の時よりずっと自由に暮らしているから、ストレスがない。
そう、私は気づいた。
それはまるで母の生き方とそっくりだった。
最低限の収入は確保しながらも、自分の好きなことは我慢しないで何でもやる。
信頼される結果を出していれば、多少のトラブルも乗り越えていける。
今となっては、なぜ母の生き方を否定していたのだろうと自分でも不思議に思うくらいだ。
 
最近、私も他人からよく「職業は?」と聞かれるようになった。
個人事業主、パート社員、色々答えてみたけど、どれも正直しっくりこない。
今やっている仕事を話した最後には、こう付け加えている。
「まぁ、色々やっていて、よく分からん」と。
 
***

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2018-04-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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