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「滝行は寒いし怖い!」いつまでたっても私は滝行初心者


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記事:津田智子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
ここ10年ほど、少なくとも年1回は滝行に参加している。きっかけを作ってくれたのはヨガの先生だった。私が当時足しげく通っていたヨガスタジオでは、毎回レッスンの前に先生が日常生活での些細な出来事やご自身の経験に基づいてヨガの考え方を解説してくれていた。
 
茶道歴20年、線が細く、常に穏やかで落ち着き払った先生から、「先週末は滝行をしてきました」というゆったりした声が聞こえてきたとき、私は「この大和なでしこ先生が滝行?」とびっくり仰天すると同時に、「私も行きたい。滝の中に入るってどんな感覚なのか、自分の体で確認したい」と心が騒いだ。
 
その後、先生が滝行とヨガをどのように結びつけたかは全く覚えていない。その日のレッスン中は滝行のことしか頭になかった。80分のヨガレッスンが終わると、すぐさま先生のところへ駆けつけ、どこに行けばよいのか、どうすれば参加できるのかを根掘り葉掘り質問した。
 
そして9月最終週の土曜日、私は世田谷にある自宅を出発し、電車を2回乗り継ぎ、2時間半かけて御嵩駅に降り立った。青梅市と奥多摩町の境にある御岳山までは、そこからさらにバスとケーブルカーに乗らなければならない。うっそうとした森の中にたたずむ宿坊街。その一番手前にあるのが、ヨガの先生から聞いたお宿、静山荘だった。
 
午後3時。滝に向かって宿を出発する。私語は厳禁。修行者は一列になって黙々と歩く。青空から降り注ぐ木漏れ日が美しく、気分は高揚する。木苺が実っているのを見ると、つまんでみたくなる。鳥のさえずりが聞こえると、彼らと一緒に歌い踊りたくなる。しかし、手放しで山を楽しむことはできない。心の中は不安でいっぱいだ。滝の水量はどのくらいなのだろう? 水温は? 心臓麻痺にならないといいけど……。
 
一方で私はこの緊張感を楽しんでいる。自分の知らない世界への扉を開くことに興奮が高まってくる。白装束になって素足で滝の神域に入ると、皆で声をそろえて鳥船という準備運動をする。私は木陰の石の上に立ち、寒さに震えながら「エイッ、イエッ」「エイッ、ホッ」「エイッ、サッ」と声を張り上げて気合を入れる。続いて大きな声で神様の名前を唱え、自然の気を鼻から目いっぱい取り込む。こうして滝行に耐えられる身体ができあがる。
 
滝に入る前に再度「エイッ」と叫んで気合を入れ、「はらえどのおおかみ、はらえどのおおかみ」と祓を司る神様の名前を唱えながら滝を全身に浴びる。水が冷たすぎて息が上がる。空気を吸い込めなくて息苦しい……。
 
滝に入っていたのは30秒足らず。しかも、その滝は落差数メートルの小さなもの。それでも水の力、滝の力、そして自然の力を恐ろしいほど実感した。数日、そして数週間たっても、大いなる自然にもっと近づきたい、全身で自然をもっと深く感じたいという思いは募る一方だった。こうしてこの修行プログラムは私の年中行事となった。
 
滝行の様子をSNSに投稿したため、友人にはよく「滝行をやって何か変わった?」と聞かれる。しかし、そのたびに私は適当な答えが浮かばず、口をつぐんでしまう。なぜなら、何も変わっていないから。
 
考えてみれば、滝行は私にとってテレビ番組「はじめてのおつかい」のようなものかもしれない。はじめてのおつかいでは、意気揚々と出かける子供もいれば、淋しさを抱えつつ不安げに出かける子供もいる。道に迷ったり、何を買うのか忘れたり、買った商品を忘れてきたり、頼まれていないものを買ってきたり、荷物が重くて持てなくなったり、途中で歩き疲れて泣き出したり、次々とハプニングが起きる。外の世界はわからないことだらけ。何の問題もなく順調におつかいから帰ってくる子供はいない。
 
大自然にとって、人間は子供どころか、米粒程度でしかないかもしれない。山で遭難したり、川に流されたりすれば、人間の命などひとたまりもない。人は天気と同様、山も滝も自分の思うように動かすことなどできない。実際に滝を目の前にすると、ひれ伏すことしかできない。自然は人間にとって親よりもっと大きな神様のような存在だ。
 
私は毎年、山の前で子供に戻る。やる気だけはあるが、何の力もない無知な子供として滝の前に立つ。おつかいの目的地となる山と滝は両方とも壮大すぎて、いつまでたっても私にとって未知なる世界。だから滝行前の緊張感や恐怖感は毎年、全く変わらない。
 
滝行の意味は「水と一体になること」「自分をなくし、自然に溶け込むこと」であり、「瞑想状態になると冷たさを感じなくなる」といった話を聞く。しかし、私は到底、その域に達することはできない。毎回前夜から緊張するし、毎回寒くて震えるし、毎回息が上がる。進歩を全く感じない。水はいつまでたってもなじめない存在だ。
 
でも、それでいいのだ。私が滝行に行くのは、自分が大自然の前ではいつまでたっても子供であることを再認識するため、そして謙虚になって都心に戻ってくるためだ。自分の中にわきあがってくるさまざまな感情に向き合いながら、大いなる大人の世界に対峙する。はじめてのおつかいの子供たちと同様に、ただがむしゃらに滝に入る。それだけで十分なのだ。

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2018-04-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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