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メディアグランプリ

私の心を救ってくれたのはくじらだった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:増田圭織(ライティング・ゼミライトコース)
 
私は、どこにいることが許されるのだろうか。
先の見えない、果てしない暗闇。それは夜の海のようにどこまでも続く。
高校生の時、私はそんな暗闇の中にいた。
 
 
きっかけは、ほんの些細なことだった。高校の家庭科の授業でエプロンを作っていた時、手先が不器用な私はクラスの中でも進みがとても遅く、居残って授業中に終わらなかった作業をやることが多かった。先生からは、「またあなたか。もう授業で十分に教えているのだから、後は自分の力でなんとかしなさい、先生は知りませんからね」と居残る度に言われ、それだけでも落ち込んでいたのだが、ある時、居残るために教室を出ようとした私の耳に聞こえよがしに、でも確実に私に向けたひそひそ声が聞こえてきた。「頭が良い子ほど、手先って不器用なんだよね。そのくせプライドが高いから人に頼ろうとしなくて進みも遅いなんて、かっこ悪い」
 
その粘ついた嫌な感じの声には聞き覚えがあった。私と部活が一緒だがあまり馬が合わない強気な女の子の声だった。私が声に振り向いた先には誰もいなかったが、確実に彼女のものである長い黒髪が風になびく一瞬を私の目は捉えた。きっと私が振り向くと思って走って逃げたらしいが、その髪を目にした瞬間私は彼女だと確信した。彼女とはなんとなく馬が合わないし、友達になるには難しいな、と感じていた。それでも同じ部活だから仲良くしようと思って私の方はわりと気を遣って積極的に話しかけるようにしていたし、それに私は性格が合わないからといって彼女の悪口なんて誰にも言っていなかった。それなのに。
 
彼女の言葉は細かい棘となって私の心に突き刺さり、その痛みはなかなか取れなかった。手先が不器用だけどプライドが高くて誰にも頼ったりできない、という自分の痛い所を突かれ、もう私はぐうの音もでないほど打ちのめされた。そして打ちのめされた後には、怒りと悲しさがこみあげてきた。私は何も彼女に対してしていないのに、どうしてあそこまでひどく言われなければならないんだろう。怒りと悲しみがごちゃ混ぜになり、何かが爆発しそうだった。もう、今日は遅れてしまってもいいから、居残るのはやめよう。そう思って私は早々と家に帰り、両親が仕事で誰もいない部屋に入ると自然と涙がこぼれた。今まで起きた悲しかったこと、自分が誰かに一方的に否定されたことが次から次へと思い出され、私はそのまま泣き続けた。
そして、その後の学校生活は、同じクラスにも部活にも彼女がいるおかげでいつも自分が笑われているように感じてしまい、私はすごく居心地が悪く、今まで許されていたのに突然学校での居場所をなくした思いだった。この果てしない自己否定の闇は、どうやったら晴れるのだろうか、そして私の居場所は戻るのか。私はこの時、強く救いを求めていた。
 
この救いを求めに……、というわけでもないが、私は鬱々とした気分を晴らすため学校近くの書店に来た。何か私の気分を晴らしてくれる本はないだろうか、小説で気になるものがないか見てみよう。そうして立ち寄った小説が並ぶ本棚で、私は一冊気になる本を見つけた。一頭のくじらと、その背後にある大きな月。そのくじらとなぜか目が合った気がして私は少しぞくっとした。本のイラストと目が合うなんて……、そのくじらの目が頭から離れなかった私はその本を購入し、家に帰ってすぐ読み始めた。
 
まずページを開くと、こんな文章が目に留まった。
「あなたの描く光は、どうしてそんなに強く美しいんでしょう」
その文章の何文か後に、続けて記された文は、私の心を奪った。
「暗い海の底や、遥か空の彼方の宇宙を照らす必要があるからだと」
 
この「暗い海の底」というフレーズに、私は今自分が抱えている暗闇を重ね合わせてしまった。そう、この暗闇はどこまで続くかわからない夜の海に似ている。この本を読めば、私の心もまた光で照らされるだろうか。そんな期待を胸に、私はページを読み進めた。
 
主人公の女の子は自分の属すどこの場所にも自分の居場所がないと感じ、人生を刹那的に生きている。そんな彼女はある日、図書館で「写真を撮らせてほしい」と先輩に声をかけられ、その穏やかで知性のある彼に今まで出会った人と違う何かを感じた彼女は彼にだけは本音を話すようになる。しかし、現実では彼女の元彼がとんでもないことを企んでいて……。
 
この後、彼女は自分の大切な「何か」を失う危機に陥る。絶望し、全てを諦めた彼女を照らす、強い光。その光はどこまでも明るく彼女を照らし、彼女は窮地を救われた。そして明かされる驚愕の事実。
 
読了後、私は涙が止まらなかった。居場所がない、と感じている主人公に共感し、共に彼女の闇を抱えながら、この先に希望はあるのかと半ば疑いながら読み進めた時に、浴びた光。実際に浴びたわけではないが、私はこの場面を読んだ時、自分の中にある闇にもライトが当たり、その光の強さ・温かさを肌で感じた、気がした。そして、すっと自分の中のわだかまりが消えていった。そして本一冊を読んだだけなのに、私の心の闇はすっかり取り払われてしまった。私は自己否定ばかりしなくていい、と自信がついて、世界に自分がいることが許された気がしたのだ。嘘みたいだが、本当の話だ。
 
私はあの時、書店で目が合ったくじらに心から感謝した。私の心を救ってくれたのは、間違いなくあなた、「凍りのくじら」だと。
 
***

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2018-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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