非モテ体質は遺伝するか?
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:田中 伸一(ライティング・ゼミ日曜コース)
女性にモテたことがない。ずっと男女共学だったし、部活やサークルも必ず女性がいるものを選んできた。友達感覚で話をするのは、全く問題ない。というか、友達や仲間としては、女性からは比較的人気があると自負している。なのに、交際の対象にはならないようだ。いわゆる「人畜無害ないい人」なのである。
学生時代の最後に、学内一と言われた美人の女友達から、こんな予言をいただいた。
「田中君はね、音楽や美術にも相当詳しいから、40代くらいになって、お金も地位もそれなりになったらモテると思うよ」
20代は、見た目や運動神経を中心としたカッコよさで選ばれるけれど、中年になったら趣味の合う人と付き合いたくなるだろう。野球やゴルフ、競馬の話よりも、クラシックや西洋絵画を一緒に楽しみたいという女性は、まあまあいるはず。そのニーズに合う素敵なオジサマになればいい。彼女はそう言った。美女特有の悪意のない残酷な意見である。
素直な私は、傷つきながらも彼女の予言を信じて、40代のモテ期を楽しみにしていた。
結果は……、お察しの通りである。
幸い、こんな私でもいいと言ってくれる人がいて、結婚もし、子どもも3人いる。実は人生でちゃんとお付き合いしたのは、この妻だけで、それ以外の女性との関係は、結婚後はもちろん、それ以前も一切ない。
たった一人の運命の人と巡り合い、添い遂げる。とても幸せと言えば、その通りだ。
でも、何だか人生の幅がずいぶん狭い感じがして、男としては何となく残念な感じがする。
とはいえ……ハニートラップを仕掛けてくる女がいたら、ひとたまりもないだろう。経験値がないから、うまくあしらう余裕もなく、相手のペースにはまるに違いない……。そんな妄想さえしてしまう。仮にこれから奇跡が起こってモテたとしても、それをどう扱っていいのか、想像がつかない。
40代モテ期の予言が外れ、50代を迎える今となっては、たぶん、このまま非モテを貫いた方が、幸せな人生なのだろうと思っている。
自分の経験から言って、学生時代なんて、モテないのがあたりまえ。私の遺伝子を受け継ぐ子どもたちは、当然、非モテ体質だろう。でも、それでいい。誰かに愛されることより、まず誰かを好きになることや、思いが通じない苦しさを経験することのほうが大切。そう思っていた。
ところが、である。
男子校で寮生活をしているはずの息子が、彼女をつくって我が家に連れてきた。
夏休みの校外活動で知り合い、そのワンチャンスをものにしたのだ。
天真爛漫な彼女にぎこちなく挨拶した。こんな時、いったい何を話せばいいんだろう。
二人で一緒にクッキーを作っている。ああでもない、こうでもない、と話し合って進めている。笑い声がキッチンから響く。「モテない君」だった高校生の私からは、想像もできない、何とも平和な光景である。
意外なことに、嫉妬めいた感情は起きなかった。むしろ、若い時代にしかできないこの体験を大切にしてほしい、という祈るような気持ちが芽生えた。
焼きたてのクッキーに合うようにと、私が淹れたサクランボのハーブティーは不評だったが、彼女は笑顔で帰って行った。
親離れ、子離れという言葉がある。子どもは成長し、親から精神的に自立し、仲間や恋人と過ごすことが中心になる。親もまた、子どもと一種対等な人間関係に移っていく。それが理想であるが、なかなか子離れできない親が多いと言われる。いつまでも子どもを心配するあまり、余計な口出しや手出しをしてしまうのだ。
子離れは、第二の出産と言えるかもしれない。
母親のお腹の中で守られていた胎児が、出産によって外に出ると、自力で呼吸し、おっぱいを吸って生きるようになる。お腹の中という安全地帯から、少し危険度が上がった外界へ出すのが出産だ。ずっとお腹の中にいたのではもう成長できないから、危険を冒して外に出る。とはいえ、赤ちゃんは家庭の中で親に守られて育つ。
家庭の中で守られていた子どもが、ずっと家庭の中にいたのではもう成長できない時が来る。幼稚園、学校、と進むにつれて、親の目の届く安全地帯から、少し危険度が上がった世界へと活動範囲が広がっていく。赤ちゃんを産むときのように、はっきりとした区切りがあるわけではない。だが、社会人として一人前になるころには、精神的にも経済的にも自立して、親の目が全く届かない世界で生きるようになる。目が届かなくても、この子は大丈夫、と信頼できる状態が、子離れだろう。
出産と同じように、子離れにも痛みが伴う。精神的な痛みだ。
親というものは、保護する対象が失われることが寂しい。
自分を頼り切ってくれていた子ども。我が子との愛着の思い出が、昨日のように思い出される。そうすると、何か機会をとらえて世話したくなる。
子離れして寂しいというのは、ペットロスに近い感情だろう。
そのとき大切なことは、子どもは親とは違う人格であることを認めること。自分とは違う人生を子どもに認めることだと思う。
非モテ体質は、遺伝しなかった。
息子はちゃんとお付き合いもして、別れも経験し、今は大学生として青春を謳歌している。自分とは違うんだ。それは、嬉しくもあり、少し寂しくもある。子離れ最終段階は近いだろう。
この前、高校生の娘が彼氏といるところを目撃した。どうやら、娘も「非モテ」ではないようだ。妻情報によると、本人は
「私、結構モテるの」
と豪語しているらしい。
ヨシヨシ。非モテ体質は、まったく遺伝していない。
高校生の間はダメだけど、早く孫の顔を見せてくれよ、と思ってニンマリする。
我が家の親離れ、子離れ、まだまだ山あり谷ありだろう。心配も尽きないし、寂しく思うこともあるだろう。
でも、子どもが自分と違った人生を歩んで行くのは、面白い。非モテ体質の私でも、子どもがモテるなら、モテと非モテの両方を身近に感じることができる。幅が狭いと思った私の人生だが、子どもの人生を付け加えれば、思いのほか幅広くなるかもしれない。
そう考えると、家族がそれぞれ違った個性や経験をもつことは、お互いの人生を豊かにしてくれるのだと気づく。これから家族それぞれに、どんなことが起こるか。何だか面白くなってきた。
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