メディアグランプリ

一歳半の息子が、私の背中を押してくれた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:桑島あつこ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「今まで、いっぱい飲んでくれてありがとう!」
私は最後の授乳で、息子とお別れのセレモニーをすると心に決めていた。この1年半、朝の一杯(おっぱい)から始まり、喉が渇いたとき、お腹がすいたとき、なんだか口さみしいとき、夜寝るとき、夜は何度も起きて私のおっぱいを飲んだ。息子からすれば命ともいえるおっぱい。だが、私は母乳を与えることをやめる「断乳」を決行した。
 
断乳前の一週間は憂鬱だった。息子は突然の断乳にたえられるだろうか? 生まれた時は1歳で断乳しようと決めていたが、「冬は風邪をひきやすいから母乳があったほうが安心だ」とか、「夜、寝られないのが可哀いそう」などと言い訳をして、半年も先延ばしにした。本当は私がさみしかった。授乳するときの息子の顔はとても穏やかで愛おしく幸せだった。私は授乳で息子との深い絆を感じていた。
 
そうは言うものの、息子が生まれてから、私の授乳生活はトラブル続きだった。母乳はどれだけ飲んだかが見えない。しっかり飲んでいると思っていたら、1カ月後に息子の体重が増えておらず、助産師に「母乳が出ていない」と叱られた。息子が泣くと、家族から「母乳が出てないんじゃない?」と言われ、みんなから責められているようで辛かった。
 
新生児の頃は、毎晩、2時間おきに授乳していたが、うちの子は1歳半になるまで変わらず、夜中に何度も起きた。乳首は何度も噛まれて切れた。夫は「そんなに辛いなら、ミルクすればいいのに」と心配して言ったが、「おっぱいが出ないあんたに何が分かるの? じゃあ、今日からあんたがおっぱいあげて! あんたの乳首が噛みちぎられたらいいねん!」と逆切れし、その一言が原因で離婚を考えたほど。今となっては笑い話だが、授乳で悩んだり痛みにたえたり。様々な出来事で思い出がいっぱいなのだ。
 
最後の授乳に話を戻そう。息子に「今日からおっぱいはバイバイするけど、ママとあなたの絆は何も変わらない。ずっと側にいるから安心してね。一緒に頑張ろうね。今までたくさん飲んでくれてありがとう」と言おうとしたら、息子は母乳を少し飲んで、もういらないと立ち去った。「あれ? これ最後やで! もう一生飲まれへんねんで」。これが最後のお別れなんて嫌! 往生際が悪い私は、1時間後に再チャレンジした。結局、息子からすれば「だから、何?」といった感じで、あっけなくセレモニーは終了した。
 
助産師から「断乳後、おっぱいに顔を描くように」とアドバイスされた。おっぱいを欲しがったらその顔を見せて、子どもがおっぱいとサヨナラしたことを認識させてあげると、断乳が成功しやすいという。キャラクターだと、面白がって見に来るし、怖い絵だとトラウマになるかもしれない。普通の顔がよいそうだ。助産師に「腹芸みたいな感じで描くんですか?」と聞くと、「乳首を鼻にすればいい」と真顔で言われた。油性ペンで目と口を描く。普通の顔よりは、とびきりの笑顔にしよう。描いた絵を鏡に映して、一人で爆笑した。こんな姿、誰にも見せられない。さっきまでシリアスに涙していたとは思えないほど面白い。息子も笑ってくれたらいいけれど。
 
息子が私の胸をトントン、2度たたいた。おっぱいちょうだいの合図だ。ああ、この合図ももう終わりかと切なくなった。腹芸のような胸を見せると、息子は一瞬、ギョッとしたが「もう、おっぱいはバイバイよ」と説明したら、笑うどころかギャンギャン泣いた。突然、断乳されて、全身をバタバタさせて、泣きながら怒っている。何をやっても泣き止まない地獄のような2時間が過ぎ、息子は力尽きて寝た。この先、どうなるのだろう? ちゃんと寝てくれるだろうか。おっぱいがなきゃ、熟睡できないんじゃないか。
 
そんな心配をよそに、息子は4日目には泣かずに寝られるようになった。私は息子が初めて、抱っこなしで自分で寝たことに感動していた。この1年半、毎晩、授乳で何度も起きていたのに、朝までぐっすり寝る姿が不思議で、何度も息子の顔を見に行った。最初はおっぱいを欲しがっていたが、「もう、バイバイしたもんね」というと、胸に顔をうずめてバイバイと手を振る。お風呂に入ると、うっすら胸に残る顔の絵に向かって、何かごにょごにょ話している。「お前のせいで飲めない」と文句を言っているのか、「何ちゅう顔や」と突っ込んでいるのか。息子なりにお別れのセレモニーをしたようで、それからは、おっぱいと話すこともなくなった。
 
断乳をしながら、これって「はじめてのおつかい」というテレビ番組みたいだと思った。私はこの番組が好きで、知らない家族の子どもの買い物に、涙腺が崩壊する。最初は、「やったことないし、一人で買い物なんてできない」と嫌がる子どもに、親が必死で作戦を立てて何とか買い物に行かせる。子どもはハプニングにあって泣いたり、大人と会話したりしながら買い物をする。子どもが家に着く頃には、達成感で自信にみちあふれ一回り成長している。
 
はじめてのおつかいのように、息子は頑張って断乳を乗り越え急成長した。それなにの私はどうだろう? この1年半、忙しいことを理由に先延ばしにしたことばかり。息子は自分で割り切り、一人で寝る方法まで身につけた。食べなかったご飯も、おかわりするほどよく食べるようになったのに。言い訳ばかりして、息子の力を信じていなかった自分が恥ずかしい。「一緒に頑張ろうね」と言っておきながら、頑張っているのは息子だけ。これではいけない。
 
私は、しばらく参加しようかどうか悩んでいた天狼院書店のライティング・ゼミを申し込んだ。1歳半の息子が「初めてのおつかいに行っておいで」と背中を押してくれた。毎度、提出がギリギリになりそうになると、息子の寝顔を見てパソコンに向かう。私のおつかいは、始まったばかりだ。

 
 
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2018-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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