プロフェッショナル・ゼミ

名物講師がいるスクール《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:なつき(プロフェッショナル・ゼミ)
 
東京都の丸の内の広大な一角に4年ほど前から建設中のビルがある。大正11年に建設創業してから関東大震災の復旧なども経て2回目の建て替えが行われている東京會舘だ。建替え前の地下には、総勢9万人が通った学校があった。昭和30年開校の東京會舘クッキングスクールだ。「シェフが教えるプロの味」をコンセプトに行われてきた。「母が通っていたので」など親子二代や三代で通っている人も時折耳にする。今回の建て替えを機に移転、日比谷駅に直結し、雨でも濡れずに行ける場所になった。そのスクールをのぞいてみたいと思う。
 
受付に入ると「こんにちは」とにこやかに明るく女性スタッフに迎えられる。周りには、開校当時から現在までの授業風景などの写真が飾られている。透明ケースに入ったウィンドウにはその当時のものであろう料理のレシピが展示されている。東京會舘のロゴが入ったエプロンは色合いも数種類あり綺麗で購買意欲を誘う。荷物を置くためのロッカーとコートかけなども設置され、ちょうどこれから授業であろう生徒たちがエプロン姿に変わっていく。受付スペースを通り抜けると開けた空間に大きな調理台が3台並ぶ。調理台は真ん中に水道のある流しスペース、両脇にコンロと作業台が併設されている仕様だ。調理台1台を4人ずつのグループが2組で一緒に使う仕組みになっている。計24人が同時に作業を行うことができる形式だ。
 
さて、授業が始まる。このスクールには名物講師がいる。梅崎講師だ。梅崎講師は現在このスクールの名誉講師。授業が始まると、その日に作る料理の大まかな流れをざっと説明する。レシピもこの講師が考えており、料理名の由来などの説明も行う。この説明が終わると、講師台に置かれた材料を手に調理の工程を詳しく始める。
 
授業は、とても早口だ。そして、家で作る場合のアレンジの仕方、材料が無い時の代替え食材を数種類、面白エピソードなどなど盛りだくさんで息つく間もないほどに話す。料理の初心者がこの授業を受けるとちょっとついていくのが大変かもしれない。梅崎講師は言う。「僕のデモンストレーションは短くていい。実践に長い時間があった方が良いでしょ。だから、30分位で終わるように話してる」なるほど、どうりでハイスピードなわけだ。
 
作る料理は2種類。アシスタントと呼吸を合わせて、時に冗談も突っ込みも交えながら話しながら、料理を進めていく。玉ねぎをスライスする時、ポイントやそれにまつわる話を生徒を見ながら話し、手元はたまに見る程度。刃物を使っているにも関わらず流暢に語り、スライス終了。鍋で煮る物がある時は、「鍋にこの材料を入れて、白ワインを入れて、混ぜて」と生徒を見ながら言い、手元を殆ど見ずに作業する。
 
生徒はたまらない。スライスの幅を見たい、材料を鍋に入れる順序を、白ワインを入れるタイミングを見たい。でも、口頭説明のアレンジの仕方も、代替え食材も、面白エピソードもしっかり聞いてメモしたい。このスクールのレシピは、材料と必要最低限の手順が書かれているだけだ。途中経過の煮る時間だったり、焼いているお肉を裏返すタイミングだったりが書かれていない。メモをしないと実践の時間に困るのである。簡素なレシピにも理由があって、お肉のちょっとした厚みの違いだったり、部位だったり、野菜のミリ単位での切り方の違いだったり、その日の気温、湿度でも、焼く時間、煮る時間は変わってくる。紙に数字を書いてしまうと違う時の対応ができなくなるとの事だった。理屈は分かるが賛否両論ある講師だろうという印象を受ける。私は慣れるまでこっそり、笑顔のスパルタ先生と呼んでいた。そして慣れてからも、そのこっそり呼び名は変わらなかったが、親しみをもって呼ぶようになった。
 
毎回この講師は笑顔で楽しそうに講義をする。実践中も生徒の質問に気さくに応じる。生徒の実践は4人ごとのグループで構成されるが、その各テーブルを万遍なく終始歩き回って状況把握もきっちり行う。たいてい授業中はアシスタントが2~3名ついているが、それでも率先して質問を受ける。生徒は梅崎講師が大好きで梅崎講師は引っ張りだこである。長くこのスクールに通っている人を見ていると友達かと思うような世間話なども繰り広げられている。とてもアットホームな印象である。
 
生徒の実践中も笑顔で、あらゆることに対して「大丈夫なんだよ。いいの。大丈夫、大丈夫」が口癖だ。実践中にスープなどの味見をお願いすると、たまに笑顔でからかうように「え? おれ知らないよ、しーらない」と言ったりしつつ味見をして、塩を一つまみパラッと入れて「味見してみて」すると味がしっかりまとまっている。緩くするところときっちり締めるところのバランスをしっかり見ている講師だ。
 
ここで使っている塩は天然塩で、授業以外の時間で天然塩を焼いたもの。その焼いた塩を惜しげもなくバンバン使用。作業台にこぼれようが、ただの塩として使用。「最近はやりの、上から振り掛けるのも面白いけど全部飛び散っちゃうね」なんて笑いながら実践して見せてくれたり。人が見ていないところで陰の努力を繰り返し、毎回美味しい物を作りたい、知ってほしいその一心だけだ。ある時は大きなバットいっぱいに玉ねぎや人参の輪切りを並べて、設置されている業務用のオーブンで万遍なく焼いていた。何に使うのか質問すると、「いや~、上から頼まれちゃってね。これで今からスープをとるんだよ。野菜を万遍なく焦がし焼きにすると甘みが凝縮する。これでスープをとると上手いんだよ」と楽しそうに教えてくれた。授業だけでなく他からも頼まれて引き受ける、多忙を極めている講師だ。
 
高価なバターもレシピにある分量以上に使うことがある。「もっとコクがほしいね」と言うと決まって嬉しそうに「バター追加」と言って、予め10グラムにカットしてあるバターの塊をポンポン何個も入れるのである。当然レシピに書かれた分量より多くなる。最近でこそダイエットに困るという声を聞くのでバターをあまり使わないレシピも取り入れていると笑っていた。私は、このスクールのバターたっぷりメニューの時に参加したことがあるが、東京會舘が誇る伝統のクラシックフランス料理のコクがそこには再現されていて、貴重な体験だったことを覚えている。
 
また、梅崎講師は月に1回地方の料理教室に通い、初心者の男性陣に交じって授業を受けていると言う。初心者はびっくりするような質問を次々に先生に投げかける。たとえば、量り物。計量スプーンなのか計量カップなのかとか。梅崎講師はプロだと気づかれないように「これってカップの方だって先生言ってましたよ~」とかフォローしたりするのだそうだ。それが面白くも有りじれったくもあるそうだ。なぜそんなことをするのか。少し前から東京會舘クッキングスクールではシニアコースが始まった。プロである自分はそのシニアの生徒の気持ちがわかり辛い。講師としての立場で生徒に接すると、講師としての指導だけとなってしまう。だから、自分の名前が知られていない地方へ行って、生徒の立場で初心者の目線で見たいのだそうだ。そして、それを元にレシピも組み立てているのだそうだ。名誉講師と言うこのスクールで一番偉い立場になっても生徒のことを考える。東京會舘本館が建て替えの時に、このクッキングスクールは存続できるか否かの瀬戸際に立たされていたことがある。「いっぱいやってきたし、俺も一緒に引退だなあ、はははっ」と笑っていた梅崎講師。それが高齢にも関わらず、そこから数年経った現在も現役で、自分が自らの足を使って人のために奔走する。脱帽である。
 
そんな名物講師にしっかり教えてもらった後は、楽しい食事タイムが待っている。移転してからの特徴に、落ち着いた空間で食事を楽しめるというものがある。「試食」タイムでなはなく、「食事」タイムと呼ぶにふさわしい空間だ。調理台を使った料理教室にありがちなのが、作業した台に食器を並べ、簡易的に食べる場所を作り出す。このスクールも建替え前はその形だったが、移転を機に調理スペースと試食スペースが分かれ試食スペースにはテーブルと椅子が設けられた。それにより、ゆっくりと食事を楽しめる様になりテーブルごとに談笑も聞こえてくる。ここでも梅崎講師は「今日の料理どうだった?」と言いながら楽しそうに各テーブルを回って質問などを受けつつ生徒と楽しそうに会話する。最初から最後まで一人一人に心を配っている。
 
料理を心底好きで楽しむ講師、素晴らしい料理を教えてもらえる時間、実践し完成した時の喜び、ゆったりした優雅な食事時間が堪能できる空間が、日比谷駅の地下の一角には広がっていた。あなたも名物梅崎講師に会いたくなったのではないだろうか。
 
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