プロフェッショナル・ゼミ

君が君であることを 《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:近藤頌(プロフェッショナル・ゼミ)
※この記事はフィクションです

「実は、結婚しようと思いまして」

横浜にある関内駅の階段を下りながら、式場の場所を検索する。
少しだけ気分が重いのは、贅肉のついてきた腰回りを無理やり押し込んできたからかもしれない。
根岸のダイエットは失敗に終わっていた。
毎年薄着になる季節は、そのボディラインをスッキリさせるべくカロリーダイエットを試みるのだが、歳を取るにつれて体重の減り具合があからさまな嫌味を持ってデジタル表示されてくるので、どうも気乗りしなくなっていた。
なんのためにダイエットしているのやら。
誰かの気を引こうとするわけでもなく、運がよければ自分を気に入ってくれる人に出会えるかもしれない。そんな甘っちょろい考えで始めたダイエット。ちょっとした見栄。
挙式の会場はもう予約済みだからな。
失笑する同僚。またはじまった、と思われているのだろう。風物詩である。
自分でも、本気でないことは重々承知していた。
運動は嫌いだ。だから食べる量を減らすことが自分に合った最適の方法なのだと納得はしていた。
だけれどこうも結果が出にくくなってくると、空腹の苦しみを味わうメリットがなにもないのと同じな気がして、ついつい食べたいものを食べてしまう今年だった。

「もしよかったら披露宴に来てほしいんですけど」

また先を越された。
事務所内の空気が祝福じみた輝きを持ちはじめるのと同じく、根岸の内側は暗たんとして静かになった。
「もちろん行くよぉぉ」
と調子を外した感じでおどけて見せ、暗闇をごまかす。
「え? 相手どんな人? 見せて見せて!」
と、同僚は興奮しきりだ。
すると遠藤くんはスマホをめくりめくりして、一旦指を止めた。

「ビックリすると思いますが、いいですか」
ビックリするって、もしかして職場内結婚か!?

「実は、その……」

画面が向けられた。

「相手、男なんです」

根岸は一瞬、自分の内側が表に出てしまったのかと思った。
さっきまでの祝福ムードが一転して困惑になり、蛍光灯の生々しさがいやに目に付くようになった。

「すみません、困惑させちゃって。でも、みなさんには本当にお世話になっているので、報告はしたかったんです。迷惑かもしれないですが」

こういう時は、間を作ったら最後、もう二度と口が開けないんじゃないかというくらいの重力が働いてしまうのはわかっているのだけれど、どうにも言葉が浮かんでこない。
相手が男って、つまりはゲイってこと? 遠藤くんはゲイだったの? そんな風には見えないけど、でも本人がそうっていうんだからそうなんだろう。え? これが世に言うカミングアウトというやつ? このタイミングで? まあ、このタイミングで言えなきゃ、ずっと言えないか。

「ま、いいんじゃない? 相手がどうであれ。それよりおめでとうだよ! もちろん行くよ、披露宴。ね、行きますでしょ?」

同僚のとっさの言葉に場が和む。

「どうしよっかな〜。行く、行かな、行く! 行くに決まってるじゃ〜ん」

おどけた調子で言えた。
本当は聞きたいことがあるのに聞けないこの雰囲気はどうしてなのだろう。
普段はおとなしく、どこか冷たいところのある遠藤くんにも体温があったらしい。顔を赤らめて、見たことのない、ほっとした顔をしていた。

「でも、ビックリですね。遠藤くんがゲイだったなんて」
遠藤くんがいないのをいいことに、同僚はこれでもかと言いたいことを言っている。さすがに気持ち悪いとまでは言わないまでも、どこかそのニュアンスが言葉のはしばしに感じられる。
「どうやって出会ったんでしょうね。やっぱり噂のアレですかね。ハッテン場とか。でも遠藤くん真面目だからなぁ。いや、人は見かけによらないっていうし」
本人に聞いてみればいいのに。
「まあ、このタイミングでカミングアウトされるのは、理にかなってるというか、悪い気はしないですよね。パートナーもいて、しかも一生の相手として契りを結ぼうっていうことな訳だし。パートナーもいないのにカミングアウトされても、え? だからなに? って思っちゃうし」
「……」
「だいたい過敏すぎるんですよね、そういう人たちって。誰が誰を好きになろうが勝手にすればいいのに。なに人の目気にしてんだか」
いつのまにか事務作業の手が止まっていることに気づく。
「でもこれでハッキリしてよかったですよね。普段話してて確かに女に興味なさそうにしてたけど、そういうことだったのかって合点がいきましたよ」
「まあ、そうだね」
「根岸さんも早く相手見つけないと。あ、もしかして、根岸さんもゲイなんですか? 今言っておけば俺、違和感なく受け止められると思いますよ」
「いやいや、俺は違うし」
「ですよね〜。はぁ、よかった」
遠藤くんが帰ってきた。
同僚はなにも話しかけない。
この雰囲気は一体なんだろう。

式場に着いた。
同僚たちと合流する。
合流しながら、周りの人たちを眺め回していた。
この中にも、ゲイやレズビアンといった人たちはいるのだろうか。
内心イカンとは思いながら、チラチラと目線を外していく。
「この中にもいるんですかね、そういう人」
同僚の態度はあいかわらずハッキリしていた。

ご案内がはじまる。
誘導に導かれるままに受付を済ませ、会場扉の前にあるウェルカムボードを眺めてみる。
遠藤くんは照れ臭そうに、おそらくカメラマンに乗せられたのだろうが、見つめあったり腕を組んだりといったお決まりのポーズを決めていた。
お相手の方は、その後こっそり遠藤くんから聞いていた話の通り、優しげな目元の、見た目にはゲイとわからない人だった。
会場内を見渡せば5、60人規模の広さ。
職場の関係者ということで、メイン席近くのテーブルに着く。
特にこれといった変わり映えのしない、と言えば悪い言い方だが、今まで経験してきた友人たちのものとなんら変わることのない式が予感された。
けれども少しずつ、ドキドキしてくる。
同性の結婚式なんて、めったに関われない。
そうこうしているうちに、司会からのアナウンスが入った。
そして、
「それではおふたりのご準備が整ったようです。ケントさん、ショウタさんのご入場です」
あ、そこは新郎新婦じゃないもんな、と思う間もなく会場の明かりが暗くなり音楽が盛り上がってくる。最高潮に達した時、扉が開き、スポットライトが照らされた。
入ってきた遠藤くんは片方の腕をお相手の腕に組みつつ、もう片方の手で自分の顔を隠していた。耳が遠くからでもわかるくらいに真っ赤で、肩がわなわな上下していた。せっかく着こなせていたであろう白のタキシードと前髪をあげた髪型でのんびり屋さんの雰囲気を脱したカッコよさが、へなへなと猫背に丸め込まれていく。
それを見て根岸は、今日ここに来られたことを、よかった、と思いはじめた。
根岸は婚礼に、特に披露宴に関して否定的な感情を抱いていた。
幸せなふたりが、私たち幸せですよ、と周りに見せつける場であると。大きな幸せを分けてやろうと、のしのし踏み込んでくる場であると。
幸せなんて人それぞれ違っていていいはずなのに、見せびらかし、褒めあい、表向きはありがとうと言っては予算に苦しんだりする。
けれどこのふたりにはまっすぐさを感じた。ちゃんと見て欲しい、認めて欲しいと、そんな気迫すら感じたのだ。
昔、婚約までいった相手のことを、根岸は急に思い出していた。
思い出しはしたが、後悔していないことが今さらにハッキリとした。
この覚悟を、あの時の自分は抱けていたか自問した結果だった。

テーブルの間を歩いているふたりを、じっと見つめていた。
遠藤くんははじめこそ手で顔を隠していたものの、その後はテーブルに向かってお辞儀をしたり手を小刻みに振り返したりしていた。
お相手も目が真っ赤だったが、なんとか耐えているようだった。

ウェルカムスピーチ。
「ええーと。ショウタが取り乱しちゃってすみません……」
お相手は年上なのだという。こういうところを好きになったのだな、と根岸はひとり納得する。

司会から人前式の流れが説明される。
人前式。ふたりの誓いを友人や家族が見届ける事で契りとする儀式。
書面のサインや指輪の交換、そして誓いのキスもする。
誓いのキス。
おお。誓いのキス。
新郎たちの友人らはこぞってカメラを構えていた。
根岸もスマホを手に取った。このテーブルには誰も撮ろうとする人はいない。ひとつの礼儀作法としてなのだろうがそれでもここは、と根岸は気にせずデータに収める。やっぱり新鮮だ。そして、本当に恋人なんだ、とこちらにまで照れが移るようだった。
例の同僚は、割と平気そうな顔をしているものの、よくみるとその顔のまま固まっていた。目が合うと、え、撮るの? という顔をされたが、気にしなかった。

その後、主賓挨拶、乾杯と続き、ケーキ入刀。
事も無げに過ぎ去っていく時間。
歓談中。メインのふたりは次から次へとやってくる友人たちの写真対応に追われている。
普通だ。わかってはいたけれど。
そろそろお酒でも注ぎに、と根岸たちは遠藤くんの元へ列に並ぶ。

「根岸さん根岸さん、見てください、あそこのテーブル。イカホモがいますよ」
例の同僚に言われ、チラと見つめればガタイのよろしい人がいる。いわゆる、いかにもホモ、な人だった。
「俺、ああいう人から人気でちゃうんですよね」
「ふーん、話しかけてくれば?」
「嫌ですよ、もう」
もう。昔なにかあったのだろうか。

「それではおふたりは、お色直しのため中座となります。いってらっしゃい!」
お手洗いへ行こうと会場の外に出るとき、遠藤家のテーブルが目についた。一箇所だけ料理が所狭しと置かれたままになっていて、皿の上だけ時間が止まっている。
用を足してテーブルに戻る時に再三確認してみる。
やっぱり誰かが来ていない。いや、たぶん母親が来ていないのだ。
根岸は早とちりかもしれないとの希望を持ちつつ、酒瓶を持って再度遠藤家のテーブルに立ち寄る。父親と思しき人に挨拶がてらビールを注ぎ、事情をこっそり聞いてみた。
遠藤くんの母親は、まだ受け止めきれていないようなのだ。いまだに遠藤くんが女の子になりたいとも思っているらしく、何度言って聞かせても遠藤くんの実態が理解されないのだという。
根岸はため息が漏れそうになるのを堪えながら、入場時の涙の訳をおもんぱかることになった。
もしあの涙が、感極まった、嬉しいだけのものだったならどんなによかったか。
そこに混じるちょっとした、いや遠藤くんにとっては大きな痛手がなかったら、きっともっといい笑顔が見られただろうに。

「ご歓談中失礼します。ここで、おふたりのプロフィールを映像にてご覧いただきたいと思います。どうぞスクリーンにご注目ください」
席に戻る。歩くたび出会ったことのない遠藤くんの母親に対する熱量を割り増しにさせていく。
席について、根岸はやけくそに皿の上の食べ物をかっさらいはじめた。
映像が遠藤くんの半生を映しはじめる。
なんとまあ、目のくりくりした赤ちゃんだったのでしょう。
ますます根岸の胸中にはマグマが生成されはじめていた。
プロフィールを映像として眺めながら、ひとつの疑問が頭をもたげてきた。
遠藤くんはいつから自覚していたのだろう。そして自覚してから、どうやって自分と向き合っていったのだろう。あの感じでは親にも最近言ったのだろうし、誰にも言えずにいた中で、どうやって過ごしてきたんだろう。職場でだって、彼女の話になった時、きっと彼は頭の中で置き換えて答えていたのだろう。落ち込んだりため息をついていた時、なんでもない、とか、ちょっと体調が悪くて、とかしか言わなかったのは、いや、言えなかったのは、もしかしたら大半がこのことが関わっていたのかもしれない。

めんどくさいな。
根岸は頭の中で、何度も唱えた。
男とか、女とか、ほんとめんどくさい。人間関係って、ほんとめんどくさい。
かといって、どうすればいいという明確な答えは見つからない。いつもそうだ。なんだって、ハッキリしたことなんてありはしなかった。いつも気づいたら立ち直ってて、前を向いているような気になっている。
根岸のお皿が下げられていく。
この狭い会場に渦巻く事情と事情のぶつかり合いに、根岸はひとつの疲れを見せた。

「幸せそうでなによりですね」
同僚が言う。
「よかったよかったほんとによかった。これからは俺たちも発言に気をつけなきゃですね。変なこと言ってギャーギャー言われてもめんどくさいですし」
なんだろう。目の下あたりが固くなってくる。
「プロフィール映像見て俺感動しちゃいましたよ。普通の人と変わらないんだな〜って。学ばせてもらったなっていうか、いい人生経験というか」
ふつふつと、せり上がってくる、なにか。
「でもこれでやっと、遠藤くんとは本当に仲良くなれる気がしますよね。今までなんか壁をいつも感じてたんですよ。感じてなかったですか? 俺は感じてましたよ。なんか抱えてるっていうか。ひとりで頑張ってます、みたいな」
熱かったものが急激に冷やされ、凝固していく。
「本当に、遠藤くんも今回やってよかったでしょうね。入場の時見ました? あれ、絶対泣いてましたよね。いやー、いいもの見せてもらいましたよ。心洗われるというか。どんな形であれ、好きになるって尊いことですね!」
「ごめん、ちょっと黙れよ」
えっ? と同僚が言ったような気がしたが、根岸は構わず外に向かった。
なぜだかわからない。わからないけれど、悔しさで胸がいっぱいだった。
あいつはあいつで理解しているつもりなのに、肝心なところが抜けているようで腹が立った。その肝心なところというのが、うまく言葉にできないのも余計に根岸を腹立たしくさせた。
そんな単純だったらよかっただろうに。お互いを好きでいるだけでよかったなら、どんなに楽だっただろうか。
遠藤家の人たちと目を合わせないように扉を開けたら、遠藤くんたちがいた。再入場の直前だったらしい。
「お、どうしたんですか、根岸さん」
遠藤くんは笑っている。
困ったことになった。でも、もうどうしようもなかった。
「遠藤くん、俺……」
応援してるから。いや、応援というか、しっかり受け止めるよ。君が君であることを。だからいろいろと聞くだろうし、困ったことがあるなら遠慮せずに言って欲しいんだ。君はゲイである前に君なんだから。どうか、嫌であることを嫌と言ってくれよ。どうか。
「いいんですよ。自分。気にしないって決めたんです。いちいち気にしてたら身が持ちませんからね。それより早く入ってください。再入場、根岸さんにも見て欲しいんですから」
遠藤くんは笑っている。
「ごめん」
根岸の目からは、言えなかった言葉がこぼれ出てしまった。

お開き後、結婚したくなったー、という黄色い声を横耳に根岸はひとりになっていた。二次会までの時間をひとりで過ごしたかったのだ。
遠くに見える中華街らしき通りの人混みが目に優しく感じられた。
同僚とも別に気まずい感じにはならなかったし、あいつはあいつで色々考えているのだろう。むしろこれからが課題なのだ。これからどうやって関わっていくか、考えていかなければならない。
ひとりでいること。今、ひとりでいること。
関係ないはずなのに、そんなことまで肯定してもらったようでなんだか申し訳なかった。ひとりでいることも、もしかしたら選べないことかもしれない。出会わなかったということだから。
気張った背中がほぐれて、ベルトに乗る贅肉がなんだかこそばゆい。
失敗じゃないよな。これはチャームポイントだ。
好きになる。その代償を払いたくなるほどの熱量が、根岸の身にいつか降りかかるのかはわからない。わからないけれど、根岸は思うのだった。
明日からまた頑張ろう、と。

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