メディアグランプリ

16歳フリーターが30歳になるまで


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記事:崎山潤一郎(ライティング・ゼミ平日コース)
イラスト:池田マキ(通信制高校3年)
 
 
「なんとか分割にはできないでしょうか?」
 アヤはフリーターでした。16歳ですが、高校生ではありません。お父さんと妹の3人暮らし。アヤはお母さんの顔は知りません。後妻さんがくるまで、家にお母さんという人はいませんでした。アヤのお父さんは小さな会社を経営しています。商売は順調だったのでしょう。アヤは小学生で私立中学を受験し、都内にある中高一貫校に通っていました。誰にでも優しいアヤは中学生活になんの問題も不自由もなく、そのままのびのびと付属の高校に進学しました。
  
 高校1年生の3学期が終わり、まもなく2年生に進級、というとき、父上の会社経営はずいぶんと厳しくなっていたようです。高校へ納入する初年度の学費が未納になってしまい、進級ができないことを学校から告げられます。
 
残念だったことは、退学ならまだ良かったのかもしれません。除籍になってしまいました。除籍とは最初から学校には存在していない扱いになることです。高校中退の扱いなら、通信制高校に転入学して残り2年で卒業することができますが、除籍であるため、改めて高校に入り直すなら1年生の春からということになります。そもそも除籍とは本人が存在していなかったことを意味します。アヤの高校での1年間のさまざまな活動記録は、学校から抹消され、社会からは存在を否定されてしまいました。
  
 不運が続くアヤではありましたが、家族や社会を恨むようなことはありません。そして、アヤはとても大切なことに恵まれていました。中学時代の友、リエコです。リエコは、すでに高校生ではなくなったアヤに対しても、これまでと何ら変わることなく寄り添っていました。
  
 そのリエコは、中学2年から芸能活動をしていました。人気アイドルグループのメンバーとして、大きな会場でのコンサートだけでなく毎週のように歌番組やバラエティー番組に出演していたので、街を歩くと気づいた人たちに見つかって騒ぎになることもあります。アヤとの関係は中学校入学以来、オーディションに合格する前からの仲良しで、アヤはそんなスターになったリエコを変わることなくそばでずっと見守ってきました。このように、お互いの境遇がどのように変わっても、二人の友情は変わることなく続いてゆきます。
  
 アヤはスーパーで試食販売の仕事をはじめました。試食をお客様にお奨めする仕事は16歳の若者には緊張の連続だったことでしょう。ところが誰にでも優しいアヤには相性のいい仕事だったようです。アヤはそのアルバイトでの経験は社会人になってから役に立ったと後に述べています。
 
 ある日、リエコに連れられて、アヤは通信制高校生の学習センターにやって来ました。2004年に私が立ち上げた、芸能活動やサービス業など働きながら勉強して自立を目指す通信制高校生をサポートする専門の学習センターです。
 
「なんとか分割にはできないでしょうか?」
アヤは経済問題を気にしました。学費の分割制度はありませんでしたが、高校を経営する学校法人にも相談し、不規則ながら年間25万円の学費を分割できるよう手配することができました。
 
 アヤは17歳で高校1年生から再スタートしました。学費はもちろん、自分のアルバイト代からの捻出です。納入が遅れてしまうこともありましたが、卒業までに完納することができました。
  
 通信制高校は通学日数が少ないため、アルバイト中心の生活ができます。アルバイトを掛け持ちして卒業時に500万円の貯金をして進学費用にする生徒もいます。アヤも大学の初期費用を貯めることができました。全日制の高校ではそうはいかなかったでしょう。  そうしてアヤは20歳で高校を卒業することができました。
  
翌年、21歳のとき、AO入試で大学に合格します。塾講師としてアルバイトをし、念願だった留学もできました。親の援助を受けることなく、アルバイトと奨学金で大学を卒業し、大手の進学塾へ就職することができました。
 
 高校卒業をもって、私と生徒との接点は自然に消滅してゆくのが常なのですが、アヤは世の中のわからないこと、理不尽なことがあるとよく私に電話をしてきました。
  
「奨学金があると結婚に不利っていう人がいるのですが、どう思いますか?」
社会人になって間もなく、知人の何気ない言葉に傷ついて私に電話してきました。奨学金という名の借金は500万円。まだ20代の若者にとって心が潰されそうになる不安材料に違いありません。
  
「お金の価値観は人それぞれ。学びにお金を使うことは最高の投資。奨学金はアヤが未来に必要と思ってした投資、誇りに思っていい」
そんな思いで励ましたつもりだったのですが、傷つけた人というより、奨学金が人の欠陥でしかないような価値観をもつ人が少なくないことに気づかされました。あまりの悔しさに私はしばらく止めていたお酒に口をつけてしまいました。
  
 就職した進学塾でストーカーと化した校舎長を避けるために転職することにします。次の仕事はすぐに決まりました。丸の内に本社を置く企業の専務秘書となり、秘書協会のファシリテーターなどもするようになりました。高給ではないものの、安定した仕事を続けていました。アヤが20代の終わりに近づいた頃、私にいいニュースが入ってきました。
  
 リエコがアヤにボーイフレンドを紹介したようです。誰でも知っている有名アーティストのマネージャーを仕事としている方です。彼氏は奨学金も家のことも、すべてわかってくれる、アヤの頑張ってきた道のりを理解する優しい方です。
 
 アヤとリエコは、父親ほど年の違う私のために毎年、誕生日会を開いてくれます。決して私に人徳があるわけではありません。アヤはそういうことがごく自然にできる人なのです。
 
 生まれてから母を知らずに育ち、高校は親と社会の都合で除籍され、友の奨めで通信制高校に再入学して勉学と仕事を両立させ、受験勉強をし、奨学金で大学に進学し、就職し、再び友によって良きパートナーに出会い、現在も秘書の仕事をしているアヤは、どのような不遇があっても乗り越えてゆけるに違いありません。
 
「彼と結婚することになりました。」
アヤから報告があった日、私はまた一杯だけ、お酒をいただきました。
 
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2018-09-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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