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いのちについて思うこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:akko(ライティング・ゼミ書塾)
 
「子どもが死んだ」
 
交通事故
 
母娘死亡
幼い子どもが多数死亡
 
連日、耳にする。連日、目にする。
耳を塞ぎたくなる。
 
「かわいそう」
 
そんなことばで安易に納めてしまうことにも抵抗を覚える。
それ以外のことばをこころの中から拾い上げることにも苦痛が伴う。
 
「子どもが亡くなる」
 
想像を絶する。
 
息子の尚弥が1歳にも満たなかったあの日、私は尚弥が「死んだ」と思った。
確実に「死んだ」と思った。
 
その日は休日だった。天気も良く、いつもなら家族で公園にでも行っていただろう。でも、その日は違った。数日前に尚弥が胃腸炎に罹り、食べても飲んでも吐く日が続いていた。
 
「ゲボキャッチャー」
 
胃腸炎に罹ると、時間を問わず突然噴水のように嘔吐が始まる。布団を汚さないために、枕元には「ゲボキャッチャー」用の洗面器をいつくか並べて置いていた。親になるということは、いろいろなことが出来るようになることでもあるのだろう。「ゲボキャッチャー」の腕前は、日を追うごとに上達した。いかに正確にキャッチするか、快感にすらなっていた。
 
「ゴホッ」
 
深夜であれ、くぐもった音が微かに聞こえた瞬間に私は飛び起きた。
「眠り姫」だった私が、だ。
学生時代、暇さえあれば寝ていた私を「眠り姫」と親は揶揄した。だから、僅かな音で目を覚ます自分が信じられなかった。
 
その日は久しぶりに「ゲボキャッチャー」を使わずに朝を迎えた。具合が良くなったのか、尚弥は床に座って遊び始めた。尚弥の隣では、お兄ちゃんとパパがオセロで遊んでいた。尚弥は1歳過ぎても髪の毛が薄く、そんな彼の後ろ姿もたまらなく愛おしかった。
 
そのときだった。
 
コロンとした彼が、まるでスローモーションのように、ゆっくりと真後ろに倒れた。
 
「……」
 
無音だった。
ありふれた日常から、音も色も失われた。
 
「何で灰色なんだろう」
 
そう思ったことを今でも鮮明に覚えている。
どのくらいの時間が経過したのか。数秒だったのか、数分だったのか。何もわからなかった。
 
「何で倒れているの?」
 
自問した。
尚弥の傍でパパが何か叫んでいた。お兄ちゃんが泣いていた。
なぜ叫び、なぜ泣いているのか理解するのに時間を要した。
 
倒れる直前の尚弥の行動が蘇った。
 
「オセロ」
 
彼はオセロを手に持っていた。パパとお兄ちゃんがやっていた、オセロだ。それを口元に近づけていた。
 
「オセロ、飲んじゃったの?」
 
絶叫だったと思う。パパに救急車を呼べと言われた。早く呼べと何度も怒鳴られた。
 
「きゅうきゅうしゃ? でんわ? 」
 
私の頭は完全にショートした。救急車も電話も全くの無意味言葉になった。辛うじて電話を手に取った。でも電話番号なんて思い付きもしなかった。
 
業を煮やしたパパは、尚弥を抱きかかえた。パパの身体からはみ出た尚弥の手足はだらんと垂れ下がっていた。動かない手足。生きているようには見えなかった。
 
「車を出せ! 病院に行く」
 
またもや怒鳴られた。
 
「くるま、びょういん」
 
無意味言葉が私の脳裏を駆け回った。
 
「子どもが死んだ」
 
それしかわからなかった。
 
焦りと不安と悲しみと苦しみ。
 
いろいろな感情が吹き出た。
どうしたらいいのかわからず、ウロウロ動き回った。
そうだ、私は病院に行かないといけないんだ。
 
私の家は街中にある。保育園、公園、学校、スーパー、病院。
働きながら子育てをする上で必要なものが近くにある地域を居に選んだ。子どもたちはよく風邪を引いたので、病院は行き慣れた場所だった。
 
それなのに……
それなのに「病院に行け」と言われて車を発進させたのに、病院が何かわからなかった。
 
「子どもが死んだ」
 
それしかないのだ。
後部座席を見るのも怖かった。だって、尚弥が動かないから。手足がだらんとしているから。
 
「消防署!」
 
一瞬のことだった。徒歩数分のところにある消防署の存在を思い出した。救急車の映像が浮かんだのだ。ブレーキをかけると、死に物狂いで建物の中に向かって走った。途中でどこかに思いっきり足をぶつけた。痛かった。でも痛くて泣いているわけではなかった。
 
「助けて!」
 
金切り声だったのだろう。すごい形相だったのだろう。署員たちが、一斉に出て来た。
 
「オセロ、死んだ……」
 
尚弥と一緒に救急車に乗った。指に洗濯バサミのようなものを挟んだ。音が鳴った。
 
「何の音ですか?」
「どういうことですか」
 
食ってかかった、と思う。
この音が鳴っているということは、死んではいないと何度も説明された。何度言われも、音が鳴るたびに心臓が縮み上がった。
 
救急車がサイレンを鳴らして街中を走っている。
救急車が来たときは道を譲るはずではないか? 信号も止まるはずではないか?
救急車が来ているのに避けない車。平然と信号を渡る人。
全てに殺意を覚えた。
お願いだから、1秒でも早く病院に行かせてほしいと懇願した。
 
病院に着くと、救急車の到着口に医者と看護師がいた。ストレッチャーに乗った尚弥が連れて行かれた。私は診察室の外で待てと言われた。
 
殺気立っていた。看護師に尚弥をどこに連れて行ったのか、何をしているのか何度も聞いた。
座ってなさいと言われたと思う。座ってなんていられない。
 
子どもが死んだのだ。
 
「お母さん、しっかりしなさい!」
 
廊下に響き渡る声で看護師に一喝された。
死んでなんていないと言われた。
助かるから頑張りなさいと言われた。
震えが止まらない私の手を握ってくれた。
 
「お願いします、助けてください」
 
呪文のように繰り返し、頭を下げ続けた。
 
尚弥はもうすぐ20歳を迎える。
あの日、多くの方々に助けて頂いたおかげだった。
 
ほんの僅かな違いで、命の灯火が消えてしまうことがある。
私はあのとき気が狂っていたと思う。もし亡くなっていたら、今も気が狂ったままだったと思う。
 
尊い命が奪われていることを毎日の報道で知る。
 
どうか、どうか命を奪わないでほしい。
 
 
 
 
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2019-05-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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