白から始まるあざやかな旅
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記事:生田幸子(ライティング・ゼミ日曜コース)
人生初めてのひとり旅は、最悪だった。
社会人1年生の冬休み。仙台に住んでいた私は、半年ぶりに横浜の実家に帰ることにしていた。しかし、私は迷っていた。
「実家に帰るだけの冬休みはつまらないなぁ」と。
実家に帰ったところでやることは決まっている。家族団らんとは聞こえはいいが、だらだらと家で過ごすだけなのは見えていた。それではせっかくの冬休みなのに、つまらない。
そんな気持ちだったから、私は実家に帰る連絡もせずに、新幹線に乗り込んだ。最初はちゃんと横浜の実家に帰るつもりだったのだ。
ところが、私の悪戯心が不意ににょきっと顔を出した。
「横浜や東京じゃなくって、もっと遠くに行きたいな」
「行くなら、雪のない地域だな」
「京都はどうだろう」
京都と言えば、修学旅行で訪れて非常に興味深く感じた街であり、私の好きな漫画の舞台でもある。「いいねぇ」そう悪戯心に思わず同意してしまった。
「今からホテル取れたら、京都行っちゃおうか?」
「実家には明日帰るって、いえばいいじゃん」
(……そ、そんなに簡単にホテルって取れるの?)
悪戯心の言うことに、私は半信半疑だった。
それもそのはず。私はそれまで一度もひとり旅したことはなく、また、旅行の時の手配は基本友人に任せっぱなしだったのだ。一人でホテルの手配なんてしたことがない。
「取れなかったら、その時は諦めればいいんだし」
悪戯心はそう歌うようにつぶやいた。そう、私には聞こえた。
私は、スマホを取り出した。ホテル予約サイトを開いて、「今日の宿・京都」で検索をした。ちょうど、新幹線は宇都宮を過ぎたあたりだった。
……あった。あっさりホテルが見つかった。しかも、京都駅からすぐの場所のようだ。こんなに簡単にホテルが見つかるとは思わなかった。驚きながらも、何度も逡巡して、結果、震える手で予約ボタンを押した。
ここまで来たらもう引き下がれない。ホテルを取ってしまったのだ。もう京都に行かないといけない。
すぐに実家に明日帰るとメールした。東京駅に着いて、東北新幹線を降りた。きょろきょろしたら意外とあっさり東海道新幹線のチケットカウンターを見つけた。窓口で、東北新幹線のチケットを出して、東海道新幹線のチケットを購入した。こうも簡単に乗り継ぎができることに驚いた。
結局、4時間以上新幹線に揺られて京都に着いたころには、夕暮れ近くになっていた。駅近くに予約したホテルもすぐ見つかった。京都というイメージから随分かけ離れた、薄汚れたビジネスホテルだった。チェックインも何とか済ませて、部屋に入った。京都のきらびやかなイメージと違う、簡素な部屋にがっかりするよりも、4時間以上の長旅に疲れて早々に寝てしまった。
次の日の朝。私は、寝ぼけた目を擦っておもむろにカーテンを開けた。外の景色を見て、一瞬にしてフリーズした。
窓の外が、一面の雪景色だったのだ。しかも、仙台でも見ないような、大雪。私は知らなかったのだ、京都でも雪が降ることを。しんしんと降り積もる雪、と言えば美しい景色だろうが、そんな悠長な気持ちになれるはずがない。そもそもで雪を見たくなくて、日本地図の左側なら雪は積もらない(という私の勝手な思い込み)から京都に来たのだ。私の頭の中は雪の白さに負けないくらい真っ白になった。
結局観光という観光は何もせずに、実家にとんぼ返りした。4時間も新幹線に揺られ、震える手でホテルを予約して行った京都は、降る雪を風情のないホテルの窓から眺めておしまいという、散々な結果となった。いったい何しに行ったのか。こうやって思い出しても、苦笑いしか出てこない。
しかし。なぜか私は懲りなかった。あのひとり旅から10年以上、年に2回3回と京都に一人で行くようになった。しかも、初めてのひとり旅を踏襲して毎回ノープランだ。旅行代が高くなることは知った上で、当日窓口で新幹線のチケットを買い、ホテルの手配は大抵行きの新幹線の中だ。旅行に行くような荷物も持って行かない。京都に着いてから本屋で関西でしか販売していないタウン情報誌を買って、そこで初めて目的を決めて、京都の町を歩き回る。
行き当たりばったりの旅は、当然トラブルばっかりだ。迷子になる、バスを乗り間違えるはしょっちゅう。突然の雨に立ち往生したり、あまりの暑さに熱中症になりかけたりと散々な経験もした。けど、それも楽しい旅の思い出だ。
つい先日、京都の桜を見るためだけに、新幹線に飛び乗った。京都駅に着いたら、もう迷うことはない。自然と足が動き出す。その動きが地元の人と思われるのか、観光客に道を聞かれることが多くなった。それほどに、私には慣れた街になった。
初めてのひとり旅は、真っ白しかなかった。それも今ではいい思い出だ。今は、その白い景色の向こうに、鮮やかな景色があることを私は知ってしまったのだ。何度見ても見飽きない、いつ見ても変化している、鮮やかであでやかな世界、その魅力に私は気づいたら心奪われてしまったのだ。
だから、私は京都が好きなのだ。
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