週刊READING LIFE vol.75

辱めってきっとこんなことを言うのだろう《週刊READING LIFE vol.75「人には言えない、ちょっと恥ずかしい話」》


記事:名前:篁五郎(READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部)
 
 
あれはいつだったかな?
 
思い出したくもないけど、お腹が痛くなると思い出してしまう。
 
あの時、最初チクチクとした痛みだったんだよね。
それなら我慢できるかと思いながらずっとやり過ごしていた。確か、食生活は相当乱れていたと思う。朝食は食べず、昼食はある日はラーメン大盛りとチャーハン。ある日は麻婆丼大盛りと餃子。ある日はハンバーグライスにご飯三杯お代わり。夕食は少量といいながら天玉蕎麦にいなり寿司を付けてと、てんこ盛りなご飯ばかり食べていた。
 
もちろんおやつも忘れない。チョコレートにポテチが定番。飲み物はブラックコーヒーだから大丈夫なんて高を括っていた。
 
そのチクチクとした痛みは急に起きて「あれ?」と思っていたらすぐ収まる場合もあれば、何分が続くときがある。いつ起きてどれくらいで止まるのかわからない。まるでテロみたいだ。でも、仕事をするのに支障はないから放って置いた。だって病院にいく余裕なんて時間的にも金銭的にもないからね。とにかく生きていくのに必死だった。
 
お腹の痛みなんて放っておけばいいんだ。
 
そんなこと思いながら日々の生活を送っていたんだよ。そのせいであんな恥ずかしいことになるなんて思わずにさ。
 
ある日の夜、夕食にいつものように蕎麦を食べた後のことだった。
のんびりとしていたらやつがきた。
 
「放っておけば収まるだろ」
 
あれ?
 
おかしいな?
 
いつまで経ってもチクチクとした痛みが終わらない。いつもなら長くても5分くらいで終わるのに。
 
そうだ! トイレに行こう。用でも足せば収まるだろ。
 
ガチャッ
 
収まらない。それどころかチクチクが強くなってきた。止まらないな。どうしよう。
 
あれ?
 
汗が出てきた。もの凄い脂汗。汗が出てきたらよけいにお腹が痛くなってきた。
 
「痛ってえ」
 
思わずつぶやく。でも呟いても痛みが止まるわけもなく…… 左の下腹部が痛い。痛すぎる。
 
「うおわわああ」
 
変なうめき声が出る。声を出したところで痛いのが止まるわけない。寝るか? でもこんなに痛いのに寝られるか? 眠れるわけないよな。どうする? 救急車呼ぶか? でも、こんなんで救急車呼んでもいいのか? どうする? どうする? 考えているうちにますますお腹が痛くなってきた。
 
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 
またうめき声が出た。もうダメだ。今はガラケーと呼ばれる携帯電話を手にして119番をプッシュして救急車を呼んだ。
 
救急車が来ると玄関先にお腹を押さえながら土下座みたいなポーズをしていた僕は「ぁぁぁぁ」と声にならない動物の鳴き声みたいにうめいている。救急隊員の人は落ち着いて「どうされました?」といいながらストレッチャーを玄関の前に置く。
 
「あいいい。いだいいいい」
 
そんな声を出していた僕をストレッチャーに乗せた救急隊員は僕を救急車に乗せて病院へと向かった。途中で質問されたけど何を聞かれたのか覚えていない。
 
とにかく痛いんだから何とかしてくれ!!!!!!!!!!!
 
思っていたのはそれだけだった。
 
病院に着くと中から宿直の医者と看護師が出てきた。
 
これで助かる!
 
そんなことを思ったことを今では後悔している。いや、後悔じゃないな。反省だ。
ここから始まったのは、人生で味わいたくない出来事だった。
 
「ここで少し待ってください」
 
病院のベッドに寝かされたまま鎮静剤を打たれる。痛みが治まってきて少し周りを見渡す余裕が出てきた。看護師は全員女性。看護師は顔立ちが少し派手目だが薄化粧も周りが映えるような女性だ。
 
「もうすぐから先生が来ますから少し待ってください」
 
ああ、天使や天使の声が聞こえる。いい年して泣きそうになってしまう。人の温かさっていいなあ。すると、担当の先生がやってきた。きれいな女性だ。女医は病気でもないのに肌が白い。しかもきめ細かいからよけいに白く見える。控えめな顔立ちにぴったりだ。しかも、女医だと知らなければ何か勘違いしてしまいそうな雰囲気を持っていた。
 
「今から問診しますからベッドから降りてください」
 
そう話しかけられた僕はベッドから降りる。
 
「お腹出してください」
 
言われた通りにお腹を出して聴診器を当てられながらいくつか質問をされる。「お腹痛くなったのはいつか?」「血便は出たか?」などなど色々と。すれらに素直に答えた後に「はい。わかりました」と女医は答えると質問を続けた。
 
「お尻から血が出ていませんでしたか?」
「はい。この間、結構な量が……」
「出たんですね。痛みはありましたか?」
「少しだけ」
「なるほど。お腹が張るとかありましたか?」
「少し」
「下痢はありましたか?」
「普段から下痢気味なんで……」
「わかりました。だとしたら症状としては」
 
なんだ? なんだ? まさか大腸がんとか言わないよな?
 
「多分、大腸ポリープですね」
「へっ? 何ですか? それ?」
 
僕が質問をすると女医は問診票の白い部分を使って絵を描き始めた。白い紙にスラスラとお尻の形を描き、肛門から大腸らしき道を描き加えた。
 
「お尻の中にでき物があって」
 
そう話しながら。すると、未知の中に楕円を描き、先っぽから線を何本も足していった。
 
「そこからこう出血してお尻から下血したり、お腹を痛くしたりしているかもしれません」
 
お尻お尻とよくもまあ恥ずかしげもなく言えたもんだ。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。
 
「で、お尻から出血しているのが。ん? 篁さん聞いていますか?あなたのお尻についての話ですよ」
 
またお尻。いつも平気な顔をして言っているんだろうな。だから医者は嫌いなんだ。上から目線でずけずけと人の中に入ってきやがる。そんな僕の不機嫌さなど無視するように女医は話を続けた。
 
「それで詳しく検査をするんで、今日はこのまま入院してください」
「えっ? 入院?」
「はい。でき物があるかどうか調べないといけませんし、良性か悪性かで治療方法も変わってきますんで。すぐにベッドを用意します」
 
問答無用。あっさりと入院が決まった。仕事場には事情を説明して有給休暇を取り、そのまま入院することになった。手元には携帯電話しかないからとにかく退屈。親に連絡をして暇つぶしになるようなものを持ってきて貰って時間つぶしをした。これから起きる恥辱を何も知らずに。
 
「篁さん、これから検査しますよ」
 
看護師がそう言って病室に入って来ても特に気にせず余裕の態度。でき物とやらなんかどうでもいいから早く解放して欲しいなんて思いながら検査を受けた。検査は全身麻酔をしたせいたいしたことなく無事に終わった。
 
翌日になって検査結果が女医から伝えられた。
 
「やっぱりお尻の奥にポリープができていました。でき物です。見たところ良性でした。よかったですね」
「はあ」
 
気のない返事をする。
 
「ところでもう痛くないんで退院してもいいですか?」
 
こんな質問をすると、女医は目を丸くして驚いた顔を見せた。
 
「何を言っているんですか?今、ポリープができたと言ったばかりですよね?」
「だって良性なんですよね? なら放って置いてもいいんじゃないですか?」
「何を言っているんですか! ポリープが良性でもお尻から出血したり、お腹が痛くなったりするんですよ。この間、泣きそうな顔をして運び込まれた原因はそれですよ」
「でも、もう痛くないし……」
「今は薬で抑えているだけです。切らないとまた痛くなりますよ」
「そんなこと言われても痛くないし…… 」
 
とにかく病院がイヤだったから退院するためにありとあらゆる言い訳を使った。
しかし、一切通用しない。僕はこのまま入院続行となった。
 
「ったく、あの女医め! 痛くもないのになんでいつまでこんなとこにいなきゃいけないんだよ」
 
ぶつくさ言いながら病室のベッドで横になっていると猛烈な痛みが襲ってきた。
 
なんだあ?
 
あのときよりも痛い。チクチクなんてもんじゃない。猛烈な痛みに襲われた。
 
「うおわあああ」
 
痛い。声を出した後、ベッドを這うようにしてナースコールを押す。すぐに看護師がやってくる。
 
「篁さん、どうしました?」
 
お腹が痛い!!!!!!!!!
 
こう言いたいけど声が出ない。
 
「お腹が痛みますか?」
 
今の自分の全力を出して顔を縦に振る。とにかく早く痛みを!!!!! 何とかしてくれ!!!!!!
 
「先生もうすぐ来ますから我慢してくださいね」
 
看護師から声がしてすぐに女医が僕のベッドへ駆け込んできた。
 
「だから言ったじゃないですか! ポリープを取らないと痛くなるって」
 
うるさい。だったら早く取ってくれ!
でも痛くて話せない。痛くて痛くてうめき声しか出ない。
 
「篁さん、相当痛そうですね。もうポリープ取っちゃいますか?」
 
大きく頷いた僕をみて女医は「処置室に運んで」と看護師に指示を出す。
うつ伏せの体勢でストレッチャーに乗せられた僕は病室から診療室へと移動させられた。
 
「はい。もう大丈夫ですよ」
 
女医が優しく声をかけてきた。でも、何か違和感がある。なんでだ? よく見てみるとゴム手袋を手にしていた。
 
なんでそんなもんしているんだよ? えっ? どういうこと? なんでゴム手袋?
 
頭の中にたくさんのクエスチョンマークが浮かぶ。これから何をされるのか?なにもわからない。
 
「両手押さえて」
 
えっ?
 
「いきますよ」
 
すると看護師が両手を押さえて点滴を打ってきた。うとうととしてくる。少し目を閉じていると何か声がする。
 
「下脱がせて」
 
おい! 何をするんだ! この野郎! 脱がせるって何?
薄れゆく感覚でどうやらパジャマのズボンとを脱がされたのがわかった。
 
女性の前で下半身丸出し!
 
なんという辱め! こんな目に遭うのは始めてだ。
 
「いきますよ」
 
何をするんだ?えっ?
 
ズブッ
 
その後のことはよく覚えていない。ポリープを取るのに肛門から内視鏡を入れてレーザーメスで切る。これが処置方法だった。
 
知らないで手術なんてインフォームドコンセントに反すると思われるかもしれないが、実は事前に説明をしていて僕がよく話を聞いていないだけだった。手術の同意書にもサインをしている。
 
大腸ポリープは、肛門から大腸の中に内視鏡を挿入して、がんのある場所や大きさ、形をよく観察し、内視鏡治療に適しているか否かを判断をする。
 
だから実は、検査のときにも同じ事をやられていたのだ!!!
 
つまり女性の前で下半身だけ丸出しにするのを知らぬ間に経験していたのだ。しかもお尻の穴まで見られていたなんて…… それも二度も……
 
本当は手術の前に全身麻酔をして寝てる間に終わらせるらしい。
 
しかし、予想よりも早く腹痛を起こしたのと僕が早く処置を希望したので緊急手術をしたと後から説明をされた。手術の前に「ポリープ取りますか?」と聞かれたのは「手術しますか?」という意味だったのだ。
 
なんという屈辱。なんという恥ずかしさ。穴があったら入りたい。そんな当たり前の言葉しか出てこない。
 
因みに手術のとき、麻酔が効いて眠る直前に僕は泣いていたそうだ。それは覚えている。だって涙が流れた跡が顔に残っていたんだもの。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって港区に仕事で通うほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーライターとして日々を過ごす。

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2020-04-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.75

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