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週刊READING LIFE vol,105

あんなに憂鬱だったお茶くみが、盾になっていたなんて《READING LIFE vol,105 おためごかし》


記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
あなたは、「お茶くみ」って、好きですか?
 
そもそも、お茶くみなどという言葉は、今使われているのかな。
やったことある人、どのくらいいるんだろうか。
 
お茶を淹れる。
この短いフレーズから、たぶんいくつもの場面が連想されることだろう。
 
家で自分のためにお茶を淹れる。
誰かのためにお茶を淹れる。
身体も和らいでほっとする、気分がリラックスする時間になるはずの、美味しいお茶。
 
でもそれがそうならない場面もある。その最も代表的なものが、職場でのお茶くみではないだろうか。
来客があったらもれなくお茶を淹れることになっている企業さんも多いと思う。お茶を美味しく淹れることの研修なんかをさせているところもあるだろう。しかしこれから話すのはそういうお茶くみではない。いわゆる昭和的な、「職場の同僚ないしは上司に、ルーティーンとしてお茶を淹れる」話なのだ。

 

 

 

外で働くということに初めて触れてから、かなりの年月が経った。
その間、結構な割合で、お茶くみということに携わってきたように思う。
 
新卒で就職した時は平成だったけど、まだまだ昭和の流れを引きずっていた頃だった。いわゆる総合職として入ったものの、そんな職種は名ばかりで、女性は男性のアシスタント的なものとして当然のように扱われた。入職した私は、当時私よりも20歳くらい年上の、独身の一般職のお局さまが何人も控えているような職場に配属されてしまった。「へえ、そう。総合職で入ってきたらしいけど、それが何か? あなたは女で新人よね?」と、半分以上意地悪なやっかみ目線で迎えられて、当然のようにお茶くみ業務が割り当てられた。
 
「じゃ、あなたもお茶当番に入れますから、早く皆さんの湯飲み茶碗を覚えてね。お茶を淹れるのは朝・昼・3時の3回。その都度湯飲み茶碗をそれぞれの席から回収して、洗って新しいお茶を淹れて配ってください。終業時にも全部回収して洗うこと。よろしくね」
 
今の若い人だったら、開口一番こんなことを言われたらどうするだろう。昭和のおとぎ話のように思えるかもしれないけど、これは本当にあったことだ。そもそも1日に3回も、何十人もの湯飲み茶碗を回収して洗って茶を淹れて配ることで、どれだけの時間が消費されていくのだろう。その間仕事は止まる。
かなりな非効率的作業のように思うのだけど、事務職の女性は若かろうがオールドミスだろうが全員お茶くみをさせる。男性はどんなにぺーぺーでも仕事ができなくても自席でのうのうとタバコをふかして、女子社員が淹れたお茶を飲んでりゃいい。当時はそんな職場はかなり多くあったのではないだろうか。
 
こうして私は最初の職場でかなり大量に毎日お茶を淹れていた。普段の日は同じ課の人の分をひたすら淹れた。
そしてその部署では会議がかなり多かった。それも年に何回も300人級の客人が来る。その頃は会議用の小さなお茶のペットボトルや小さな紙コップなどなかったし、会議用のお茶を使い捨てのものにすること=コストがかかるということで、上層部は全くそれを簡略化することなど考えもしていなかった。そんなわけで、大きな会議の時は女性全員が駆り出され、大量の湯を沸かし、これまた1日中ひたすら300人分のお茶を淹れることが最大の業務となったのだった。
まず朝1番、そして昼は仕出し弁当を取る。遠慮なしにみんなお代わりもするから2杯分沸かす。そして午後の会議にさらに1杯分。300人分×4杯=1200杯! もう一生茶でも飲んでろってくらい、重いポットを持って階段を上り下りしながらお茶の手配をした。自分も担当の会議を持っていたのに、そこを運営することよりもお局様方の逆鱗に触れないようにお茶を淹れることを優先していた。当時のおじさん上司たちが、「この人は担当の会議があるからお茶当番は外してくれる?」なんて素敵なことを誰も言ってくれなかったのを思い出した。

 

 

 

出勤してから退勤するまでひたすらお茶のことが優先されたその職場は、妊娠して退職した。
出産後もあのままいればよかったかなと思わないこともないけど、いたらいたでたぶんものすごくストレスになったことが予想されたから、それでよかったんだと思っている。
 
それから13年間は専業主婦として過ごした。
元々お茶もコーヒーも大好きだ。お茶だって、緑茶・紅茶・烏龍茶、全部違うし、どの種類のお茶にも好みの銘柄があった。どこどこの茶園の、何の茶葉がいいとかでお取り寄せをしたり、淹れ方も凝ってみたりした。チャイの淹れ方もわざわざ教わったこともあるくらいだ。コーヒーも、いろんな種類を飲み比べては、好みの焙煎の仕方や、好みの豆や挽き方、それを売っているショップを訪ねて買いに行くなど、有り余る時間を存分に使って、お茶やコーヒーは吟味したと思う。大好きな銘柄のお茶やコーヒーを、自分のお好みで淹れて、好きな時間に飲む。最高に贅沢なことをしていた気がする。
 
再就職をしようかなと思って復帰した社会は、13年のブランクのうちにお茶くみ事情も結構変わっていた。
復帰第1弾の職場では、お茶は銘々勝手にセルフで淹れる方式だった。ここも女性が多かったけど、私よりも若い人も多く、考えもリベラルだった。好きな銘柄のお茶を持ってきて、カップを自分で淹れて洗ってしまう。このスタイルは気が楽でよかった。
そして何といっても、「来客にはお茶は出さない」方針もよかった。職場の場所が山を登ったところだったからそんなに来客もなかったせいもあったけど、これまた楽ちんである。
 
そこから何社か勤めたけど、どこも他人にお茶を淹れさせるような社風はなかった。あくまで自分でお茶を淹れるスタイル、そして来客にはお茶は出さない。
考えてみれば、その時間と労力が本当に無駄だということに気が付いたのかもしれない。なんせ働き方改革で人手が足りないのだ。人件費カット、コストカットでどこもいっぱいいっぱい、お茶なんぞ自分で淹れればいいじゃないか。これが21世紀のスタイルだよね、コスパを考えたら当然だよね? 何社か経験するうちに、私の中でお茶くみはすっかり過去のものとなっていた。

 

 

 

ところが、である。
2年前に入った今の職場は、そんな21世紀のスタイルなど全くお構いなしの、逆に昭和、いや、事によっては大正時代くらいまでタイムマシンを逆回転したような社風だったのだ。
もちろん、募集要項にそんなことは書いていない。そんなことは入ってみなければわからないのだけど、仕事の考え方、進め方が本当に大正時代の女学生風なんじゃないかと思うことはしばしばある。
 
そして今の職場には、お茶当番が存在している。
女性が多いこと、それも年配の女性が多いこともあり、以前からの習慣を踏襲することが当然のような考えである。
最初、ここに来たときは愕然とした。最早令和時代には死語となりつつあるようなお茶くみだとかお茶当番というワードを耳にすることになろうとは。結構、やばいとこ来ちゃったかな……。そんなことを思いつつも、この齢で採用してもらったし、それこそお局様で大奥が作れそうな感じの、凄まじい気迫の先輩方に何も言えるわけもなく、当然として従う私なのであった。
 
ここではお茶を淹れるのは1日に2回。朝と3時である。そして昼食後にはコーヒーマシンで人数分のコーヒーを淹れる。
カップはお茶当番が回収することもあるけど、銘々洗っておいてくださることもあるので、最初の職場ほど大変ではない。何といっても課の人数が少ないのでそこは大変助かっている。
 
最初の方こそ、それまでの21世紀スタイルとはあまりにも逆行してかけ離れているので、抵抗はあったことはあった。それでも勤めているうちに、このお茶くみに関して気が付くことがあったのだ。
 
今いるところは課員が5人だったので、何曜日は誰々さん、という風に曜日ごとに当番が決まっていた。そうすると月~金まで公平に当番が回るし、わかりやすかった。
ところがこの春に1人退職してしまった。必然的に4人で5つの曜日の当番を回すことになるのだけど、4人になってからは当番の曜日をはっきりとは決めていなかった。
 
さて、どうしようか。
もし以前のように曜日で当番を決めるなら、誰かが2回することになる。4人のうち2人はパートさんなので、毎日いらっしゃるわけでもない。どうしても公平になんてできないのだ。
 
そこで考えた。
当番ということは頭に置かずに、できるだけ自分がお茶淹れをやってみてはどうだろうか。
今いる課では私が一番新入りだ。そして前からいる人たちは、一応当番という形式で今まではお茶くみをしていたけど、それでも誰かにお茶を淹れてもらうと嬉しそうにしている。たった4人のことだし、1人減った分確実に仕事量が増えている。朝は早めに来ているからお茶の準備も十分にできるし、皆さんの手が回らないくらい忙しい時に3時のお茶を淹れたらもしかしたら喜ばれるのではないだろうか。
 
こうして、気が付いたときに自分がみんなのお茶を淹れるようにしてみた。
結果として先輩の方は、形式的かもしれないけど「ありがとう」と言ってくださる。そしてあるときこんな言葉を漏らされた。
 
「青野さんは、よく気が回る方だから……」
 
見ていないようで、しっかりとご覧になっていたのかな。その言葉を耳にしたときにはそう思えた。
お茶の用意は、習慣として身についてしまったら身体反応としてできるものだと思う。最初に一番時間がかかる湯沸かしをして、その間に準備をすればいい話なのだ。
 
そして人というものは、いつでも誰でも「自分を尊重してもらいたい」と思うものだ。「誰かに何かをしてもらう側」のほうが「する側」より上位の関係にあるという意識はなくならない。それが先輩後輩であるとするならば尚更のことだ。
 
今の部署は、大変なこともあるけど、自分としてやりがいのある仕事を任されているので、ここの人たちに残念な想いはさせたくないという気持ちがある。
頭の中で計算するとか、恩着せがましいことは考えてはいないつもりだけど、とかく面倒な女性が多い職場ならではのあれこれは当然ある。そういうことに巻き込まれたときに少しでも自分のアドバンテージを確保しておきたい気持ちは、ないといえば嘘になるかもしれない。
 
人はいざという時は、日頃の行いで評価される。
お茶くみは、面倒だし前時代的ではあるけど、私にとっては「おためごかし」、自分を守るものなのだ。
自分の盾になる、結界を張ってくれるようなものならば、お茶くみくらい、どうってことはない。むしろ、喜んでさせていただこうじゃないか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)(READING LIFE編集部公認ライター)

東京都豊島区出身。現在は団体職員。「客観的な文章が書けるようになりたくて」2019年8月より天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月より同ライターズ倶楽部参加。2020年9月よりREADING LIFE編集部公認ライター。

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2020-11-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol,105

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