リーディング・ハイ

百年の孤独で百年の失恋《リーディング・ハイ》


よしのくん

 

記事:toki(リーディング・ライティング講座)

 

愛する彼女が消えた。俺は絶望に打ちひしがれた。

 

さかのぼること一週間とちょっと。俺は小説論という講義の第一回目を受けていた。早速課題が出た。それは、各々が小説のジャンルを一つ選び、そのジャンルの小説を読んでレポートにまとめるというものだった。ただし条件がある。最低3冊読まなければならない。そして、その3冊はそれぞれ別の国の作家が書いたものでなければいけない。

条件を踏まえてみんな「うーん」と考える。やがてぽつりぽつりと手が挙がり、自分の選んだジャンルを発表しだした。

「ミステリーやります」

「ふむ」

「私はファンタジー」

「ふむふむ」

「SFします」

「ふむふむふむ」

「俺は短編小説」

「それは幅広すぎる」

「じゃあ純文学の短編小説」

「いやいや、そういうことじゃない」

「ぎゃはは」

「君、プロレタリア文学でもやったら?」

「プロレ……分かりました」

「怪しいな。プロレタリア文学知ってる?」

「蟹っすよね!」

「ぎゃはは」

という感じだった。何だろうか。みんな平凡すぎる。インパクトがない。俺は必死に考えた。SFでもないミステリーでもない何かインパクトのあるジャンルはないのか。

人と違ったことをやらねば、と考えてしまうのは、中学一年の時にみうらじゅん原作の映画『アイデン&ティティ』を観て、初めてアイデンティティーという言葉を知り「うーん、俺って一体何? 分かんねぇ。でも、他人と違うと感じる=俺を感じるじゃね? だったら人とできるだけ違うことしてればとりあえずいいんじゃね」と至極中学生らしい結論に達し、実行に移し続けた名残である。

「うーん。変わってるのやります! てな人いないかな」

俺はすっと手を挙げた。

「マジックリアリズム……やります」

ドヤ顔で言った。おそらく、鼻の穴が大きく開いていたはずだ。「何? マジックリアリズムって?」とみんなの頭にハテナが浮かぶ。

発表した俺もマジックリアリズを詳しくは知らなかった。何となく現実の世界で非現実的なことが起こり、絡み合うという漠然なことしか分からなかった。しかし、そんなことは関係なかった。求めているのは純粋なインパクトだけだった。

「君、面白いね」

俺は、マジックリアリズムを選んだがために大きな絶望に打ちひしがれることになるとはつゆ知らず、「マジックリアリズム」というワードをとっさに思いついたことに満足していた。

 

早速書店に行き、G・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』を買った。この本を選んだ理由は、これが自分の知ってる唯一のマジックリアリズム作品だったからだ。ハードカバー版しかなく、3000円は大学生にはちょいと高かった。しかし、そんなことは別にいいだろう。小説を読んでいればいつかは通る作品だ。なんと言ってもカバーがかっこいいじゃないか。それに、カバーを外すことで現れるチョコレート色の渋い表紙、背表紙に彫られたスペイン語表記のタイトルが最高ではないか、と10分ばかりかけて自分を納得させて買った。

 

読み始めた。そして、俺は恋に落ちた。彼女の名はレメディオス。『百年の孤独』の中心であるブエンディア家の一人である。彼女は絶世の美女だ。世にまたとないほどすぐれた美しさを備えた女? そんなもん何度も見たり聞いたりして飽きたよ、だと? それでは、どれほどの美女なのかお教えしよう。

レメディオスの匂いを嗅いだ男たちは、恋の喜びを突き抜けて、経験したことのない不安で頭がクラクラして泣き叫び、狂ってしまうのだ。また、レメディオスに魅きつけられた守備隊の隊長はこがれ死に、とある遠方からやってきた紳士は絶望し、彼女の入浴を天井から覗いていた男は転落死、どさくさに紛れて彼女の体を大胆に触った男はその自慢中に馬に蹴られ即死。つまり彼女の虜になり、行動を起こした男たちはみんな死んでしまうのだ。それでも町の男どもは、あんないい女と一夜がすごせるものなら、命を失ってもいいと言う。どうだ、これほどの美女なのだ。

ああ、俺もレメディオスの虜になったがために死んでいった男たちのようにおかしくなりそうだ。彼女は手を使ってしか食事が出来なかったり、沐浴ばかりしたりとなかなか異常な性格や習性をしているが、それすらも愛しく、魅力的に感じてしまう。俺だったら死を超えて彼女を愛することができる、とレメディオスは南米人のはずなのに、脳内ではこちらに向かって微笑む仲間由紀恵の顔をした美女を思い浮かべ、うっとりしてしまう(俺にとって絶世の美女といったら仲間由紀恵ただ一人である)。

 

やがて迎えた三月のある日の午後、レメディオスは突然消えた。庭先で屋敷の女たちと一緒にシーツをたたんでいた彼女は「こんなに気分がいいのは初めて」と言うと、ふわりと宙に浮き、手を振りながら天へと消えてしまったのだ。

「え、え? えええええええええええええ!」

驚愕の叫びを上げ、思考停止した。

「レメディオスが消えた。愛するレメディオスが消えた。すぅーと消えた」

俺は絶望に打ちひしがれた。混乱した。

何なんだよ。どうして? 全く分からない。てか、なぜレメディオスの家族はちょっぴり驚いただけで消えたことをすぐに受け入れるんだ? それに、フェルナンドとかいう女はどういう神経してんだ。神様、彼女と一緒に消えたシーツだけは返してくださいだと? 大丈夫かこいつ? 一体全体何なんだよ。全く分からない! WhyだよWhy!

俺は頭を抱え込んで考え続けた。しかし、何も分からなかった。結局、レメディオスの家族のように、彼女が消えてしまったという事実をただ受けいれるしかなかった。

本を閉じ「こ、これがマジックリアズム……面白いじゃねえか!」と威勢良く言ってみる。駄目だ。俺の心の傷が癒えるのにはとうぶん、いや、百年はかかりそうである。

 

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