リーディング・ハイ

もうすぐ社会人の私が、彼女に貢いで破滅するダメ男を師と仰ぐ理由《リーディング・ハイ》


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いやはや。

 

びびりました。

 

もう笑っちゃうくらい、びびりましたよ。

 

ここまで言うなら、納得せざるを得ません。

反論の余地、なし。

 

へえ、そのとおりっすね、兄さん。すんませんでした。

 

 

みなさんだったらどうしますか?

 

幼いころからいい友達で、ライバルだったあいつ。大人になっても、この関係は続いていくと思ってた。

 

そんなとき急に、あいつは偶然入ったクラブのホステスに入れ込み始めて、有り金すべて彼女に貢ぎ始めた。

 

今まで遊びらしい遊びをしてこなかった奴だから心配しているが、一向に彼は正気を取り戻す気配がない。順調に行けば、彼には社会的地位が半ば約束されているようなものなのに、何をトチ狂った真似をしているのだろう。

 

何度も「お前は頭に血が上っているだけだ。非常識な真似はよして、理性をちゃんと取り戻せ。あんな女のために、お前の幸福な人生を台無しにすることはないじゃないか」と説得しているのに聞く耳を持たない。それどころか、こんなふうに返事をされたとしたら。

 

 

「きみは美徳による幸福ということを言ったが、いったい、それには苦痛も障害も不安もないと主張する気かい?

(中略)きみがそんなにちやほやする幸福にも、無数の苦痛がまざっているわけなんだ。

 

(中略)それらの不幸とて、結局は望み通りの幸福な境地に導くことになるのだから、その不幸自体の中に喜びが見いだされるのだとすれば、ぼくの場合、これも全く似たような心境なのだから、どうしてきみはそれを矛盾だの、非常識だのと言うのだろう?

 

ぼくはマノンを愛している。

僕は無数の艱難を越えて、彼女のそばで幸福に、平穏に暮らすことを目がけている。

僕の歩いている道は険しいが、自分の目的に達するという希望があるので、その道にはいつも春風がただよっている。

僕は1分間でも彼女と一緒に暮らしたら、そのためにどんなつらい思いをしても、十分すぎるほど報われたと思うだろう。

だから、きみの見方からしても、ぼくの見方からしても、結局、すべては同じじゃないか」

 

 

フランス恋愛文学という、普段あまりなじみのない分野に偶然触れることになったのは、宝塚で舞台化した作品を観に行くことになったからでした。

 

今年の1月に、東京宝塚劇場で月組が上演していたんですけども、個人的に月組は好きな組の一つでして。(NOBUNAGAも観に行くぜ!!)

 

だから、舞台のあらすじを見て、すっごくがっかりしました。

 

一言でいうと、こんな感じだったからです。

 

「貴族の息子が女に惚れこんで詐欺賭博におぼれ、身を持ち崩す話」

 

……うっわー……。

まさきさん(月組のトップスター様)、こんなダメ男の役やるの。

わざわざ宝塚の劇場まで行って、ダメ男を鑑賞するわけ?!

ていうか、こんなしょーもない話聞かされてどう反応したらいいんだ(笑)。

 

 

でも、月組は大好きなので、もはやジェンヌさんに会いたいがために劇場に足を運んでいるようなものなので、チケットをとって観に行くことにしました。

そして、せっかく普段触れない分野の小説が原作だから、原作「マノン・レスコー」も読んでみることにしたんです。

 

 

 

主人公デグリューが惚れたマノンという女は、もうこいつはきれいでかわいいだけのとんでもない女でして。

 

いくら金があっても足りないんです。

どれだけ大金があっても一瞬で消せる魔法の持ち主なのです。

 

遊べる金がなくなって、デグリューのほうもしばらく金の工面がつかないようだとみると、す~ぐ金持ちのジジイと寝たりして金を巻き上げてくる。

 

デグリューはそれが嫌で嫌で、自分1人のものにしておかないと気がすまないから、まともに稼いでるんじゃダメだと思って、賭博や詐欺、はたまた人殺しもしてしまいます。

 

……ね、もうどうしようもないでしょう(笑)。

 

デグリューは貴族の息子で、あくまで育ちのいい優しい青年なんです。偶然マノンに出会ってしまったことで、彼は家族も社会的地位も捨てて、何の見返りもよこしそうにないマノンに奉仕するという道を選んでしまった。

 

彼はまだ20歳で、今まで女性との色恋沙汰に喜んで身を投じるようなタイプでもなかったから、いろんな人が彼を止めにやってきます。

「そんな女にうつつを抜かして感情的になっていては、いつか絶対に後悔する日がくる。理性に従って生きるべきだ」と。

 

 

個人的にも、ごくまっとうな助言だと思います。

だってマノンは、きれいなだけのクズですよ。

こんな女に尽くしたって相応の見返りなんか帰ってくるはずもないし、デグリューはこんな女に会わなければ平穏で安定した将来が待っていたんだから、いつまでも感情的になってないで、さっさとマノンを捨てるべきなんですよ。

彼の将来とマノンという女をてんびんにかけて、いっときの熱情だけでマノンを選ぶなんてことになってしまったら、デグリューの失うものはあまりにも大きすぎる。傍目から見たら、どう考えてもそういう結論にたどり着かざるを得ないんですな。バカモノなんですよ、彼は。どうしようもない女のために人生投げ出すようなアホなのです。

 

 

しかし、そこで出たのが、あの長い長い反論です。

 

彼を必死に説得していた友人チベルジュが、あとずさりをしてしまうほどの勢いで、デグリューはとうとうと述べたのでした。なぜ、理性的な判断を下すことばかりがよしとされるのかと。理性に従えど感情に従えど、そこには苦難が存在する。しかしその選択さえ間違っていなければ、その先には幸福が待っているということは同じではないのか、と。

 

そしてこれを読んでいた私も、右に同じくあとずさり。デグリューに対する認識が、180度転換した瞬間だったからです。

 

この人、めでたい。

いや、皮肉ではなく。

世界一幸せな人だ、彼は。

 

まあ、普通ではありませんよね。

大勢の人間に止められながらも、今の自分の状況を間違ってはいないと強く信じ、他人を納得させることまでやってのける人間って他にいるでしょうか?

自分のすべてを投げ打っても、それで見返りなんぞ期待できなくとも、自分の幸せはこれしかないと確信できる人がどれだけいるでしょうか。

 

普通だったら、そこに理性の声の制止が入ってくるものだと思います。

 

ましてや相手は本当に自分を愛してるかも知れない女だし、こっちはこっちである程度将来が約束されているわけですから。リスクが大きすぎますよね。

 

原作では「美徳による幸福」「悪徳による幸福」という二項対立になっていたところが、宝塚版では「理性」「感情」という二項対立に置き換わってわかりやすくなっていました。

 

感情的になるということは、実は想像するより簡単ではないと思うのです。

生きていくのは、きれいごとじゃないでしょ。金も地位も名誉も、あったほうが生きるのが楽でしょ。誰が空腹に耐えながら、余計な苦労を重ねながら生きていきたいものか。感情の声をすなおに聞いて苦労するよりかは、本当は理性に従って生きていくほうが楽なんだと思うんです。自分の意思は置いといて、とりあえず「まっとう」っぽいことをしていればまず、食いっぱぐれたりはしないだろうなと。

地に足をつけて生きることを批判するつもりは毛頭ないのですが、「舞姫」の結末みたいになっちゃうときだって、なきにしもあらずだと思います。理性に従った結果、エリスは発狂して、豊太郎のほうには「一点の彼を憎むこころ」が残ってしまったわけでしょ。

 

感情の声の正答率はおおかた低くて、一見、感情に従って行動することがすべて悪のように思ってしまうけども、別に何でもかんでも感情が間違っているわけではないし、逆にいつだって理性が正しいとは限らない。

 

この話は、「舞姫」のパラレルの話みたいだなあと思います。太田豊太郎が、エリスを捨てないという選択をした場合に分岐した話。

 

感情の声に従うのは、怖い。怖くない人はたぶんいないですよね。間違ってる可能性のほうが高いんだから。

それでも、デグリューはちゃんとやってのけたんです。理性の声と感情の声をしっかり聞き分けて、その上で感情の声に従うことにした。感情の声に従うことができるほどに彼はマノンのことを愛していて、その思いを過小評価するような真似を、絶対にしなかった。何が一番大事にするべきものなのかを、自分の目で見極めた。

 

もう天才ですよこいつは。超頭いい。バカモノとか言って、本当に悪かったです。こんなに聡明な人間は、そうそういるもんじゃない。

いくら周りの人間が、理性の声を聞かなかった彼を「破滅をたどった」とか言って嘲っても、そんなの関係ない。約束された平穏な将来を行く以上に、つれないマノンといるほうが彼にとっては幸せだったというだけの話なんだから。自分の大切なものを見誤らなかった彼は本当に幸せな男です。

 

 

 

宝塚版で、非常に印象的だったセリフがあります。

原作でのデグリューにあたる、主人公シャルルがマノンを抱きしめながら言うセリフ。

正確には覚えていないんですが……。

 

「この降りしきる雨のたった一滴のような、ちっぽけな人生を、私はお前への愛のために犠牲にしてしまった」

 

という感じのことを、トップスター龍真咲さまが言うわけですよ。うれしそうに。

 

いいじゃないか!

すばらしいじゃないか!!

そこまでしたって惜しくなかったんだろう!!!

もういっそ、うらやましいよ!!!!

 

 

恋愛小説というくくりではあります。でも、「幸せとは何なのか」ということが書いてある物語だと思います。

自分に、こんな人生の転機が訪れるだろうとはあまり思いませんが、でもどちらかを選択せざるを得ないという場面に陥ったときに彼の姿を思い出すことで、より自分に誠実な選択ができるようになるんじゃないかと思うのです。

 

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2016-06-06 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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