初女さんから教わったランディさんに教わったこと《リーディング・ハイ》
記事:おはな(リーディング&ライティング講座)
なんでこの本を選んだんだろう。
天狼院書店でリーディング&ライティング講座を受講し、毎週1冊本を読み、記事を書こうと決めた。
なのに、1冊目を読んだわたしの感想は、
「……」
言葉が、一文字も出てこない。
「ことばをこえてね」
田口ランディさんへ向けられた、初女さんのことばの重さと深さに溺れ、
気付けば、海底から静かに水面と思われる方向を見上げているだけ。
ことばをこえるどころか、ことばにたどり着くことすらできない。
無音。
暗闇の中で静寂に包まれ、自分がどこにいるかもわからない。
そこから動くこともできず、呼吸をしているのかも、わからない。
だけど不思議と怖くはない。
頭上にはうっすらと一筋の光をが見えている。
今年2月はじめ。
まだ東京も寒い頃、佐藤初女さんが亡くなったことを知った。
94歳だった。
ある時、自らの命を絶とうとしていたひとが、
初女さんのおむすびを食べ、生きる覚悟を決めた。
そんなエピソードで、彼女を知ったひとも多いかもしれない。
わたしも、そのひとりだ。
おむすびで? なんで? いいお米なの? 具がすごいの? 握り方?
当時のわたしは、そんな薄っぺらい、ぺらっぺらの考えしか思いつかなかった。
「へー、私も作りたい! どうやって作るの?」
作れるわけがない。
そんな浅はかな人間に、誰かを救える「おむすび」なんて作れるわけがない。
そんなことを知る由もなく、好奇心だけは旺盛なルンルン気分のわたしは、おむすびの作り方を知りたくて、何冊かの初女さんの本を読み、すぐにじぶんの愚かさに青ざめた。
初女さんのおむすびは、スキルなんかじゃない。
生き様だ。
丁寧に丁寧に、小さな石を毎日一つずつ積み上げて、その連続の上に今日がある。
真似をしようとして、すぐに出来るものではない。
なんでもすぐに「レシピ 簡単 激ウマ」と検索するようなわたしには、到底一生かかっても作れるようなものではない。
それでも、初女さんはどんなひとをも否定しない。
きっと、わたしみたいなひとにも、ダメな人と、烙印を押したりしない。
かと言って、同情したり、安易に受け入れたりもしない。
ただ、そこにいる。
ただ存在しているだけで、それが語りかけとなる。
一度だけ、遠くからお見かけしたことがある。
どうしてもご本人の声を聞いてみたくて、お話を聞いてみたくて、
飛行機に乗って、神奈川のよく知らないどこかのホールの講演会に向かった。
初女さんのいるところには、初女さんの時が流れている。
ステージの上だろうと、人影だろうと、
東京の近くだろうと、青森だろうと、初女さんがいるところには、
空間そのものが初女さんを歓迎しているかのように、初女さんの時間が流れ出す。
物静かで、興奮したりせず、ことば一つ一つを、からだじゅうに渡してから発する。
文字に起こしたら、おそらく用紙1枚も埋まらないだろう。
だけど本を1冊読み終えたような、映画をひと作品見終えたような、そんな感動と気づきで満たされる。不思議な時間だった。
東京に暮らすようになって、きっとまたお話を聞きに行こうと思っていた。
青森に近いわたしのふるさとより、不思議と東京のほうがお会いできるチャンスは多い。
そう思っていたのに、二度目が叶うことはなかった。
初女さんは文字通り、雲の上の人に、なってしまった。
だけど。
なぜだろう。
不思議なことに、以前よりずっとずっと、初女さんの存在を近くに感じる。
いや、決して霊感が、とか、いやだなー寒気がするなーとか、
そんな話ではない。
一冊の本が、磁石のように、わたしに初女さんをぐっと引寄せてくれた。
作家の田口ランディさんが書いた「いのちのエール 初女おかあさんから娘たちへ」だ。
気持ちの良い、さわやかなみどり色の表紙。おもわず手にとった。
本当は、なんというか、大きな声じゃ言えないが、
ただトイレに寄りたくて入った、都会の巨大な本屋さん。
トイレへの矢印を探していると、視界の中にこのみどり色が、飛び込んできた。
「え、初女さんのあたらしい本?」
2015年10月。まだ初女さんが天国に行く前に出版されていた。
さいしょのページ。
はじめに、を読んで、すぐに買おうと決めた。
「初女さんってだれ?」って聞かれたら、このやりとりをしたい!
記憶にコピペして、そのまま使いたい! とワクワクしてしまった。
部屋に帰るとすぐに読み始めた。
あっという間に、最後のページまで。
「……」
ドーンというやわらかい衝撃を背中に感じたその瞬間、
ゆっくりゆっくり、海に落ちていく。
苦しくもない、怖くもない。
ただ、スローモーションのようにゆっくりと静かに、海の底まで沈んでいった。
知っていることばだし、わかっているはずのことばが並んでいるだけ。
それなのに、じぶんだけが、暗い海の底へと沈んでいく。
あおぞらが見たい。森のみどりに包まれたい。光を感じたい。
その一心で、繰り返し繰り返しページをめくった。
噛みしめるように、なんとか体内に消化できるように、
次のページをめくれば、きっと何かが変わると必死にめくっては戻ってを繰り返した。
電車の中でも、仕事の休憩中も、夜ご飯の後、ほっと一息ついたときも。
気付けばページををめくり、答えを探してしまう。
「ことばを、こえてね。」
もうそのページにくせがついてしまい、そのことばが追ってくる。
呪文のように、やまびこのように、頭の中で、ぐるぐるぐるぐる……。
1週間が過ぎたころだろうか。、
ふと気づくと、少しずつ見える景色が色味を帯びてきた。
あれ?わかる。なんだろう、この感覚。わたし今、ランディさんに共感できてる!
それからはまた最初からページをめくり進める。
最後まで読んだら、また最初から。
気になったら何度も読み返したり、突然ひらめいたページに飛んでみたり。
こういう意味だろうかと思いつくことを、ひたすらやってみた。
本にやさしく触れてみたり、
どかっと座ってしまいたいのをぐっとこらえて部屋を片付けたり、
やわらかい色の服をえらんでみたり。
そして、昨日残した大根の切れ端を、100圴で買ったおろしがねで、おろしたとき。
「?!」
全然ちがう。
昨日までと全然ちがう!
半分100円の大根を、プラスチックのおろしがねでおろしただけなのに。
昨日までは「早く終われ! 早く終われ!」と力任せにおろしていた。
それを、そっと触れながらやさしく動かしてみた。
ごりごりの固まりが残らない、不自然な白さのない透き通った大根おろしになった。
そう。ことばにすると、薄っぺらい。
「なんだこいつ。頭おかしいんじゃない」と言われるかもしれない。
だけど、これがわたしにとってはじめての、体感がことばをこえたであろう瞬間だった。
ちいさな一歩にも満たない、だけど確かにそれは、はじまりだった。
こころに余裕がないと、野菜になんてやさしくできるわけがない。
いそがしくて「時短」すればするほど、「デキる」と言われる時代に、
野菜にそっと触れている暇なんていない。
だけど、こころがけを忘れていることさえ忘れてしまったら、
人混みの中で誰かにぶつかっても、何も感じなくなってしまう。
満員電車で押し潰されれば、すぐうしろのアイツが元凶だと、イラッとしてしまう。
忙しい時に、どんどん仕事を回されると、なんでわたしだけ! と、発狂したくなる。
塩素たっぷりの水で洗われて、皮も身も関係なく効率的に剥がし落とされて、
ザクザク切り刻まれて、とにかく早く、お皿の上で見栄え良くしてればいい。
そんな風に野菜を扱ってしまうのは、わたしをそんな風に扱っているから。
だから、いっぱい食べたはずなのに満たされずに、甘いものにも手を伸ばす。
じぶんを大切にする方法がわからなければ、まずは野菜にやさしく接する。
それだけで、見える色が変わってくる。
大切なのは、こころの持ち方。
簡単なことのはずなのに、できていない。シンプルなことこそ、身につけるのは難しい。
「お野菜にも
目の前の人にも
そして自分にも。
優しく、そっとていねいにね。
女の人は
日々の暮らしが
姿になっていきます」
本屋さんでかけてもらった無機質なカバーを外して、はっとした。
「「できる できない」は問題じゃない。
大切なのは「する」かどうか。」
おもわず、もう一枚そっとめくってみた。
「あ」
都会のちいさな部屋の隅にも、「心の森」が生まれた。
ランディさんも、いまだに答えを探し続けているという。
「ことばをこえる」とは、どういうことなのか。
ランディさんが受け取った小石が、本を通してわたしにもまわってきた。
ヒントはただひとつ。行動し続けること。
毎日ひとつずつ、積み上げていく。
そうしてわたしもいつかきっと、一輪の花として、自分を世界に捧げてみたい。
そのためにも、読んで書いて、ことばを知る。
やろうと決めて、始める。
わたしをこえて、いつかことばをこえられるように。
「いのちのエール 初女おかあさんから娘たちへ」
田口ランディ 2015年 中央公論新社
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