僕は、ぬいぐるみと飲み明かしたい と思うんだ《リーディング・ハイ》
記事：西部直樹（リーディング・ライティング講座）
――なんか暇そうだね。
……暇じゃないよ。忙しいの。今は休憩中！ 休憩を邪魔しないで。
――暇ならさ、本を読みなさいよ。課題もあるんだろう。ぴったりの本があるんだ。
……忙しいのになあ、なに？
――心温まるというか、癒されるというか、とても素敵な物語たちなんだ。
……たちって、複数形？
――まあ、それはおいおい。
……早めにね。それで、どうして癒されるの？
――それは、一人のぬいぐるみをめぐる話なんだ
……ぬいぐるみは一人っていわないの。それは、「くまのコールテンくん」みたいな、お話？
――いいんだ、そのぬいぐるみは一人なんだ。
そのぬいぐるみがいろいろと人を癒すんだな。
……まあ、ぬいぐるみはそれだけ癒されるけど……
――いや、そのぬいぐるみは喋るんだ。
……なに、それ、おもちゃの話？
――そうじゃなくて、ぬいぐるみが動いて、お話をするんだよ。
……なに、それ、ホラー？
――ホラーじゃない、心温まる話だな。ぬいぐるみは、おじさんなんだ。
……なに、それ、おじさんのぬいぐるみなの？ 変なの！
――いや、そうじゃなくて、ぬいぐるみが中年のおじさんの声をしているんだよ。
……くまのぬいぐるみみたいな？ それって、変態じゃん！
――って、あの映画を観たのか？ あれはR指定だろう！
……っテ、テレビの予告で、決まっているでしょ。
――それで、くまじゃないんだ、ブタなんだな。
……ブタ？ ブタがどうするの？ 大きさは？
――バレーボールくらいの大きさ、色はピンクなんだ。
……ピンクのブタがおじさんなの？ どういうこと？
――ピンクのブタのぬいぐるみが、おじさんで、いろいろなことをするんだ
……どんなこと？
――最初は、ベビーシッターだったな。
……ぬいぐるみのベビーシッター？ って、できるの？
――若い夫婦が、仕事とか色々あってベビーシッターを雇うんだ。
いつもの女性シッターがこれなくなって、代わりにやってきたのが、このぶたぶたさんなんだ。
……ぶたぶたって、そのぬいぐるみの名前？
――山崎ぶたぶたっていう名前なんだ。
……ふうん、名字まであるんだ。生意気なもんね。で、ベビーシッターはどうなったの？
――夫婦のところに、ベビーシッターがやってくるんだけど、ベルが鳴ってドアを開けても、誰もいない。なんだかなあ、と思っていると、下から声がするんだ。おじさんの声が、ぬいぐるみが喋っているんだな。
それはビックリするけど、なかなかこのぬいぐるみは、ぬいぐるみだけあって子ども扱いがうまいんだな。
……ふ～ん。それで
――子どもが懐いちゃって、でも、ピンチヒッターだったから、次からは来なくなるんだ。そこで、このぶたぶたの秘密が……。まあ、その子は、会えなくなって寂しく思うんだな。
ちょっとしんみりもするけど、小さなぶたのぬいぐるみが、どこかの街を歩いている姿を思うと、なんかいいんだな。
……なに遠く見てるの？
――おっと、まあ、この本はそんな、いろいろな仕事をするんだな、ぶたぶたさんは。
タクシーの運転手だったり、料理人だったり。
ぶたぶたさんのまわりの人の視点から、物語は語られるんだ。
よっぱらいのぬいぐるみを目撃したひととかね。
ぶたぶたさんは、お酒がどうも好きなようでね。
……ぬいぐるみがどうやってお酒飲むの？ 飲んだのはどこに行くのよ！
――それは……秘密です。読んでみなよ。
今は、何を読んでいるの？
……井上靖の「蒼き狼」
――おお、いいねえ。課題図書か何か？
……お父さんの本棚にあったのを適当に持ってきただけよ。
――それなら、ぶたぶたも適当に持っていって読めばいいのに
全部で二〇冊以上あるからな。
そして、どこから読んでもいいんだ。
緩く繋がっているけど、一冊一冊、別の物語でもあるんだ。
ぶたぶたさんのチャーハンはおいしいらしいぞ。
ぶたぶたさんのやっている本屋さんにいってみたいな。
……ふ～ん、そこまでいうなら、読んでもいいかな。
――それでね、ぶたぶたさん、おじさんだから、結婚しているんだ。
もちろん、人間の女の人と。子どももいるんだよ。
……え、なにそれ、あのくまのぬいぐるみの映画の先取りじゃん！
――やっぱりみたのか、あの映画
……え～と、一冊借りるね。さてと、宿題もやらなくちゃ。
――父 57歳 ぶたぶたファン
……娘 12歳 愛読書は「若おかみは小学生」シリーズ
○紹介した本は 矢崎在美 「ぶたぶた」
会話の中に出てきた本
「くまのコールテンくん」 ドン=フリーマン 偕成社
「蒼き狼」 井上靖 新潮文庫
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