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リーディング・ハイ

怖くて哀しくて理不尽な遠野物語が、ずっと私の本棚に残っているわけ《リーディング・ハイ》


人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Sono Mamada Den (リーディング・ライティング講座)

 

 

岩手県遠野市。柳田国男の「遠野物語」の舞台を自転車に乗り、走り回ったのは東北新幹線が盛岡まで開通して間もない夏のこと。

 

厩と居住部とが隣接する曲り家のご主人から「どちらからですか」と尋ねられ「東京です」と答えると、「あぁ、それは、それは遠くからありがとうございます」と丁寧に頭を下げられた。遠野の人の話す言葉は、東北弁の中でも優雅に、そして温かく聞こえる。岩手の言葉には京ことばが流れ込んでいると聞いた気がするが、さもありなん、と思う。

 

特に目立った観光資源があるわけでもない土地なのに、ごく簡単な地図を片手に一日中自転車をこぎ続けたのは、あの土地の磁場に惹かれたからかしら。盆地の中の田んぼ。町のあちこちを流れる小川。点在する観光用河童のマスコット。山の方まで行こうと思ったのだがさすがに駅前で借りたママチャリで山道を上るのには無理があって、転げ落ちた。あれはあれで、面白かったな。もう一度行ってみたいと思いつつ、果たせずにいる。

 

ところが、この町での異聞を拾い集めた遠野物語には、怖い話、寂しい話、哀しい話、残酷な話、理不尽な話があれこれ詰まっている。

 

そこに描かれた遠野は、あの夏、私がチャリで走り回ったような健康的なエリアでも、日本むかし話的な鄙びた村やのどかな里でもない。よくまぁ、こんな狭い地域に、これだけの怪しい話が集まったものだ、と思うほど、異様なエピソードが次から次と起きる怪しのフィールドなのだ。

 

これだけの数の不思議な話が語り継がれて、その中には語られた時代に関係者が生きていたという記述も散見される遠野というのは、いったいどんな里だったのだろう。大のおとなが途方もない話を大真面目に収集者に語ってきかせるというのは、遠野物語が発行された1910年という時代を考慮に入れても異様なことに思える。

 

現実に私が体験した遠野市とは違う、異次元の遠野郷があるのだと確信せざるを得ないほど「遠野物語」の空気感は怖くて、寂しくて、哀しい。

 

怖くて、いい年をしたおじさんでも、夜一人で開くにはちょっと勇気がいる。

 

実は、私は怖いものがキライなのだ。稲川淳二がテレビに現れただけでチャンネルを変えるくらいだ。夏だから怖い話とか、ほんとに冗談でないぞ、と思う。涼しくなるとか、バカなこと言っている場合ではないよ。落語好きでもあるのだが、怪談噺だけは避けて通っている。

 

なのに本棚の「遠野物語」を長いこと処分しないばかりか、昼間にテレビをつけて、空間をにぎやかにしてから、結構な回数読み返して、いくつもの話が頭に焼き付いてしまっている。

 

高校の時、これを素材に読書感想文を書いて高校時代を通じてただ一度表彰されたこともあった。「遠野郷に思いを馳せて」とかいうタイトル。何を書いたのかは記憶にないが、その頃から読んでいたのだ。もう40年近くのつきあい。

 

怖い本なのに。怖い本は、本棚にあるだけで、怖い気を出すからキライなのに。まだつきあっているってどういうことだろう。

 

実は、この本。うちの本棚から「面白いぞー」と叫んでいるのだ。

 

遠野物語、九の段。夜の峠を歩いていると、谷底から

 

「面白いぞー」

 

と呼ばわる声がして、一同色を失い逃げたのだという。九の段で語られるのは、ただこれだけのこと。

 

これ、あれこれと面白いのだ。

 

呼ばわる人・モノが魔物、モノノケで、峠を行く人々を脅かしたり、危害を加えたりしようとするなら「面白いぞー」とは叫ばないだろう。よりにもよってなぜ「面白いぞー」と真夜中に呼ばわるのだ。

 

谷底の呼ばわった人・モノよ。いったい何が面白かったのだ。おじさんは気になって、気になって仕方がないぞー。

 

そして峠を行く人々よ、せっかく「面白いぞー」と呼ばれたのに、どうして「一同ことごとく色を失い、遁げ走りたり」なのだ。

 

なぜ、誰か一人くらい「何が面白いんだー」と呼び返さなかったのだ。遠野物語には、他のモノノケに無謀にも立ち向かって、悲惨な目にあった者の記録がいくらも載っているというのに。

 

私が峠を行く一行の中にいたら、やっぱりびっくりして、楳図かずお先生の描くギザギザの「ギャー」みたいな声をあげ、浮足立ってわれ先に一目散に走りだしたのだろうけれども、「面白いぞー」がツボにはまって、ヒステリックに笑いながら逃げたのではないかと思うのだ。

 

喜怒哀楽、いろんな感情の中で「面白い」「笑える」に最高の価値があると思っている私にとって、「面白いぞー」は、薄月夜の境木峠で聞いても、きっと笑ってしまうくらいのインパクトがあるのだ。

 

次に遠野に行くことがあったら、訪ねてみよう。境木峠。

 

怖くて、哀しくて、理不尽で私の本棚にはあまりいない種なんだけど、面白いぞーと呼びかける遠野物語。怖がりの私にとっては、収められたすべての物語がこの一語を中心に綴られている。だから長いこと、うちにいてもらっているのだ。

 

面白いぞー。
 

 

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2016-08-08 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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