祖父が亡くなったのをきっかけに、私はこの社会を築きたいと思う。《リーディング・ハイ》
記事:遠藤 誠(リーディング&ライティング講座)
突然のことだった。その日は確か、先輩の卒業制作の手伝いをするため大学にこもっていた。
いつも連絡はLINEで済ませている母から、珍しく電話があった。留守電が3つも溜まっていたので、急ぎの用か、この間話していた住民票の件か、などと思っていた。先輩に席を外す旨を伝え、廊下に出て電話をかける。普段は4コールほどしないと繋がらない母の電話だが、その日は1コール目で繋がった。
「どしたん、なんか用で?」
正月に帰省したばかりだったので、それほど懐かしさもなかった。普段と同じ声色で、母に尋ねる。しかし、電話の向こう側は普段と違っているらしい。
「……」
早口で捲し立てる話し方が特徴だった母が、今日はなかなか話し出さない。
「もしもし? 聞こえとる?」
「……うん。聞こえとるよ。今、家に居るん?」
「ううん、大学で先輩の手伝いしよるよ。で、なんかあったん?」
そう尋ねると、母は間をおいて答えた。
「…じいちゃんが、亡くなったよ。3日前の夜。先輩にはなんとか言うて、明日にはこっち帰ってきい」
祖父は一人暮らしであった。母が中学生くらいのころに祖母と離婚し、それ以来ずっと一人暮らしだった。
離婚したとはいえ母と祖父は交流があり、私にとっての”おじいちゃん”であることに変わりなかった。
祖父はどちらかといえば内気な人間なようで、こちらから会い行くことはあっても祖父から進んで会いに来ることはない。
家が近かったので、幼い頃は私の子守をしてもらうこともあったが、小学生高学年にもなるとそういったことも少なくなる。正月に我が家で一緒に食事をするのを除けば、祖父と会うことはほとんどなかった。
友人と呼べる人間は何人か居たようだが、彼らも祖父と同じ高齢者である。病気や寿命には抗えず、命日を迎えるのは珍しいことではなかった。
後から母に聞いたことだが、祖父の死は団地の管理人が発見した。新聞がポストに溜まっていたのを不審に思い、呼びかけても返事がないので中を確認したところ、すでに息を引き取っていたらしい。コタツに入り、唯一の趣味であった野球の実況中継を、ボロボロのトランジスタラジオで聞きながら、深い眠りについたのだった。
祖父は、独りぼっちだった。
葬儀は慎ましく、家族だけで行われた。遺影には、私が中学に上がるときに一緒に撮った写真が使われた。その写真が、祖父が写った中で一番新しい写真だったからだ。幾分若々しく、力強い表情だった。
それに比べ棺の中の祖父は、寂しそうな表情をしていた。
……それから数ヶ月が経ったある日、私はとある本屋にいた。レポート課題の資料を探すために、役立ちそうな本を探していた。しかし、1時間もすると集中力が切れてしまう。気分転換がてら、別の書架に足を運んだ。
適当に選んだ本を手に取り、ページをパラパラとめくって、書架に戻す。何回かそれを繰り返し、また別の書架へと移る。
数冊目を手に取ったその時、ある絵が飛び込んできた。
立方体のユニットが組み合わされた団地のような建物の中で、様々な人が生活を共にしている絵だった。 どの部屋も同じユニットで構成されつつも、宇宙基地のような無機質な空間ではない。むしろそれぞれの空間が個性をもち、様々な人間が集まり、生活を営んでいる。そして絵の中の住民は、もれなく全員が生き生きとしていた。
地域社会圏主義
その本には、新しい住宅・社会の在り方が記されていた。
現代の分譲マンションの専有部の割合が80%ほどであるのに対して、地域社会圏においてはわずか40%ほどである。残りの60%は共用部に充てられる。具体的には共用キッチン、都市広場など現在すでに実現しているもの、「生活コンビニ」「コミュニティビークル」といった新たな仕組みがそれにあたる。住民同士はそれらを通じて交流し、一緒に生活を送る。
つまり、誰も、独りぼっちにはならない。
地域社会圏主義が実現すれば、独りぼっちで生活を送る、いわゆる無縁社会の問題を解決できる。それだけでなく、エネルギー、交通、介護、福祉、地域経済など、現在日本が抱えている諸問題をまとめて解決することができる。この本は、地域社会圏の必要性、運営の仕組み、構法などを建築学・経済学・社会学など様々な面から考察している。ひょっとしたら、数年後にはこの本の内容がそのまま現実になっているかもしれない。
この本は、日本の未来への指南書の一つである。どんな風に生きたいか、どんな社会に住みたいか、この一冊が、それらを考えるきっかけになるだろう。
ちなみに、レポート課題の内容は「現在の日本の社会問題を踏まえ、50年後の日本のあるべき姿を建築的観点から論述せよ」というものであった。この本を手に取ったのはただの偶然だったのか、それとも祖父からのあるメッセージなのか……祖父の仏壇を拝む度に、この本を思い出す。
今回紹介した本
山本理顕/地域社会圏主義/LIXIL出版
「読/書部」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、スタッフのOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
また、直近の「リーディング&ライティング講座」に参加いただくことでも、投稿権が得られます。
【リーディング・ハイとは?】
上から目線の「書評」的な文章ではなく、いかにお客様に有益で、いかにその本がすばらしいかという論点で記事を書き連ねようとする、天狼院が提唱する新しい読書メディアです。