勉強なんて、イヤだ! とキレる子どもに読ませたい《リーディング・ハイ》
記事:西部直樹(リーディング・ライティング講座)
「なんで、こんなこと覚えなくちゃならないのよ。沖縄の特産物は、沖縄に行ったらいくらでもわかるし、漢字なんか知らなくても死なないし、
ツルカメ算なんか、なんか、
もう、父! いままでの人生で使ったことあるの?」
夏休みの宿題を前に、小学六年生の娘はキレていた。
学校の宿題に加えて塾の宿題が山ほどある。
いまの小学生は、私の大学時代より勉強をしている。
六つ年上の兄は高専生で、受験もなく、遊び呆けている。
親も仕事以外では、読書会だ、落語だ、と池袋に出かけてばかりいる。
なぜ12歳のいたいけな少女が、朝からこんな将来役に立つかわからない(と、思われる)知識をため込まなくてはいけないのか。
わたし以外は遊んでいるのに!
理不尽だと、叫んでいるのだ。
教育者の端くれ、その片隅にいる者として、
親として、
娘の「なぜ!?」に答えなくていけないのだろうな。
なぜ、勉強をするのか、知識をため込まないといけないのか。
娘は、最近料理に興味を持ちはじめている。
パスタを作るとか、餃子を手作りしてみたいとか、時々母親に言っているのを耳にする。
そう、人生は料理のようなものなのだ。
この喩えはどうだろう。
「料理をするには、例えば、パスタを作るにしても、料理の手順を知らなくてはいけない、手順というのは、知識だ。
手順の中には、さらに各料理の行程の知識も必要だ。
パスタを茹でるには、何が必要なのか、何分茹でればいいのか、パスタの太さによって、固さの好みによって茹でる時間は変わってくる。
その組合せはどうするのか。
などなど
一つの料理を作るには、雑多な知識が必要になる。
ほら、高田郁の「みをつくし料理帖」シリーズの澪も、料理の知識を駆使して、様々な新しい料理を作り、難題を乗り越えていったじゃないか。
このように人生を生きて行くにも、知識は必要なんだよ」
娘は、すかさず反論をしてきた。
「料理に知識が必要なのは、そんなのは当然よ。
当たり前じゃない。
どんな料理を作るのか、わかっているから、どんな知識が必要なのか、わかるのよ。
でも、わたしの人生は料理なんかじゃない、どうなるなんか、いまからわからない。
父は、小学生の時に大人になったら、何になりたいと思っていたの?」
「それは……、ウルトラマン」かな……」
「ばっかみたい、ウルトラマンになれた?
なってないじゃない。
どうなるのか、わからないのに、
どう使えるかわからない知識をため込むのは、無駄なの!
だから、勉強は無駄なの」
まったく! かわゆくない娘だ。
そんなに勉強したくないのかなあ
「そう、人生は、将来はどうなるかわからない。
だから、いろいろな知識が必要なんだよ。
ほら、この間観た「オデッセイ」、原作は「火星の人」って言うんだけど、あれは、火星にひとりぼっち取り残されたけど、様々な知識を駆使して生き延びる、ってお話だ。
彼が、ただのぼんくらだったら、生き延びることはできただろうか。
出来ないね、
だから、知識は必要なんだよ」
「火星で生き延びるなんて、滅多にない、万が一もないことを引き合いに出さないでよ。
火星で生き延びるのに、沖縄の特産品は何か、なんて知識は必要ないよ。
ふんだ」
「火星で生き延びるのは、喩えだよ。わかるだろ」
「わたしは、動物のお医者さんになりたいの、だから、やっぱり沖縄の特産品は何か、っていうのは、知らなくてもいいの」
娘はふふん、と得意げだ。
「そうか、動物のお医者さんか、
動物のお医者さんになるには、どうしたらなれるのかな」
「そりゃあ、大学に行ってとか……」
「そうだね、大学行くには、どうするのかな」
「そりゃあ、勉強しないと……
「な、そうだろう、勉強しないといけない」
「でも、お医者さんになるためには、勉強が必要だけど、動物のお医者さんが沖縄の特産品を知っている必要はないよね」
娘は粘り腰である。
「そうだな、動物を診るのには、沖縄の特産品のことは知らなくてもいいかもしれない。
でも、お医者さんをやっていくには、必要かもしれない」
「なんでよ、動物のお医者さんなんだから、動物を相手にしていればいいんでしょ。犬が沖縄の特産品のことを訊ねてくるとは思えない。猫も、ハムスターも!」
「ああ、いくら賢い犬でも、猿でも沖縄の特産品は何か、という疑問は持たないだろうなあ」
「ほらね」
「でも、その犬や猫やハムスターは一人で来るか? 人が連れてくるだろう。その飼い主とは話をしなければならない、時には、世間話も、その人がたまたま沖縄出身だったら、特産品のことでも話が出来たら、面白いんじゃないかな。
おまえも、初めて会った人が足立区の銘菓「するが」のクリどら焼きが美味しいですね、といってきたら、ちょっとは嬉しいだろ」
「クリどら焼き、この間最後の一個を父が食べちゃったじゃない」
「あれは、済まなかった。もう、誰も食べないかと思って」
「だいたい、沖縄県の人は、142万人くらいしかいないから、え~と、1億2000万人の142万人だから、え~と、ざっくり100人に一人くらいしかいないのよ。たまたま東京で、沖縄県人に会う確率なんて、もっと少ない。
だから、いいの」
「ふうん、なかなかなもんだね。
いま言ったことは、沖縄県の人口、日本の人口、割り算とかを知らないといえなかったよね。
ところで、そんなことは、どうやって、知っていたんだ」
「それは、社会とか算数で勉強したからよ……」
「ふ~ん、勉強したんだ」
「ふん!
ところで、沖縄の特産品は何か知っているの?」
「え、それは、いま宿題でやっているんだろ」
「なんだあ、大人なのに知らないのか、ふん」
「それは『ちんすうこう』じゃなかったっけ?」
「え、残念! ああ、勉強しようっと。
こんな大人にならないために」
「まったく、どこでそんな言い方の知恵をつけたんだか」
「勉強したから、だよ……、ふん」
机に向かう娘の後ろ姿をみながら、
同じくらいの歳の娘の出てくる物語を思い出す。
江戸時代、零落した家から伝手を頼って、僅か八歳で大阪の呉服屋の女衆(下働きの女性)になった娘がいた。その娘の商売の才能を見込んだ番頭が、彼女に言うのだ。
「まずは知識をしっかりと身につけなはれ」
「知恵は、何もないところかは生まれしまへん。知識、いう蓄えがあってこそ、絞りだせるんが知恵だすのや」と。
せいぜい、蓄えを今のうちにしっかり作ってくれ。
知識の蓄えが出来たら、
わが娘と、物語の呉服屋の娘、どんな知恵を出せるようになるのだろう。
「あきない世傳 金と銀」一,二 高田郁 ハルキ文庫
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