読み終えてしまった…… いつまでも読んでいたかった物語《リーディング・ハイ》
記事:西部直樹(リーディング・ライティング講座)
「星が少ないな」
長い物語を読み終えた夜、自宅の屋上に佇んだ。
夜空を見上げると、わずかな数の星の瞬きが見えた。
東京の夜空は、地上の光で明るく、星は暗い。
秋の空には、アンドロメダ星雲が見える頃なのだが、
いや、アンドロメダまでは、行かなかったな。
しかとは見えない天の川の方を振り仰ぐ。
イゼルローン回廊は、どのあたりだろう、と想いがめぐる。
星空を観るようになったのは、一冊の本を読んだ頃からだった。
小学校2年生の時にはじめてSFを読んだ。
「宇宙アトム戦争」という本だ。
エドモント・ハミルトンの「スターキング」の児童向け版である。
2000世紀の時間と銀河中央という、時空を超えた戦い、そして恋(?)に胸を躍らせた。
それからSF、特に宇宙もの、スペースオペラと称される物語が好きになってしまった。
何㎞もある巨大な宇宙船とか、
得体の知れない地球外生物とか、
ワープ航法とか、
タキオン通信とか、
1パーセク(約3.2光年)なんかひとっ飛び! だとか、
光速で移動する時に生じるウラシマ効果、とその悲劇とか。
光の速さが、ずいぶんゆっくりと思える、その壮大さに
心が惹かれた。
スペースオペラたちのガジェット(小道具)は、どれも魅力的だ。
しかし、わたしが惹きつけられるのは、物語だった。
時空を超えて出会う二人
種族を超えた友情とか、
宇宙の覇権をかけた争いとか、とか。
例えば「三國志」のような、
星々の興亡を描いた、アシモフの「銀河帝国の興亡」とか、
眉村卓の「司政官」シリーズとか、
なのに、
銀河系を舞台とした、一大興亡史を描いたあるシリーズは、読まずにきてしまった。
宇宙、壮大、興亡史、
わたしの趣味趣向にぴったりの本なのに、なぜか、読んでいなかった。
1980年代に発表されたこの物語は、
今もなお、人気が高い。
本好きの集まりで、このシリーズのことが話題に出ると、わたし以外はほとんどが読んでいる、なんてこともあった。
やれやれ。
今年、世間に遅れること30余年、あるところで、たまたま揃い(全10冊)で手に入れることができた。
まあ、手に入ったことだし、まずは、そろりと一巻を読みはじめた。
読みはじめたとたんに、困ったことになった。
そして、揃いで手に入れたことにホッとした。
困ったことに、読みはじめたら止まらないのだ。
銀河の二大勢力の興亡史、魅力的な登場人物、壮大で息を呑む展開、
止まらないのだ。
毎日、鞄の中には今読んでいる本と次の巻を入れていた。
このまま、読み終えてしまうのが、恐ろしくなって、無理に違う本を読むことすらした。
それほどにのめり込んでしまったのだ。
そして、このシリーズの人気の高さ、人口に膾炙していることを実感することが多々あった。
まだシリーズの前半の巻を読んでいる時のことだ。
その時、わたしは中高生のディベート大会の審判をすることになった。
全国大会なので、全国から多くのディベートの審判もやってくる。
その審判控え室で、審判をしない空き時間に、この本を読んでいたら、
知人が声をかけてきた。
「あ、ですね。彼はどこまで行きました?」と。
登場人物の名をあげて、彼はどこまで行っているのか、と尋ねてくるのだ。
「いやあ、あれは、それは」
ディベート大会の論題(ディベートのテーマ)は、「日本は国民投票制度を導入すべし」というものだった。
審判控え室では、審判たちは終えたばかりのディベートの試合を振り返り、国民投票制度について、話し合っている。
その中で、わたしと知人は銀河の遙か遠い彼方のことを話していた。
終盤のある巻、物語の転換点となる巻を読み終えたとき、この巻を読み終えたとSNSにあげると、
「ああ、~~ですね」とコメントがついた。
誰もが読み、共通体験となるほどのシリーズだったのだ。
なんてこった、30余年も未読だったとは、もったいない事をした。
語り合う機会を30余年失っていたのだ。
しかし、でも、こうして読めた。
それは、読まないより、たぶん何倍も、何千倍も幸せなことなのだ。
そして、物語は終わりを迎えた。
物語を読み終えてしまった……。
「読み終わった」ではなくて
「読み終えてしまった」である。
終わった、という単純な過去形ではなく
終えてしまった、という完了と哀惜の言葉がふさわしい物語だった。
終えたら、そのことを話したい。
近くに人がいなかったので、SNSの書き込みを読んでみた。
ネット上にある書誌(?)サイト、そこに書き込まれたさまざまな人の感想、その出だしの多くは、
「読み終えてしまった……」だった。
心通じる人たちがここにいると、思った。
小説は終わってしまったが、
彼らの物語は終わっていない、はずだ。
登場人物たちの人生はまだまだ続く。
ある者は老いてゆくだろう、
ある者は不慮の死を遂げるかもしれない。
ある者たちは、結ばれるだろう。
ある者たちは、別れていくのだろう。
ただ、わたしはそれを知る機会がないというだけのことだ。
遙か銀河の彼方、時間の向こうに彼らの物語は続いているのだろう。
読み終え、哀惜の気持ちを抱えて、その向こうに続く物語を想いながら、夜空を見上げたのだ。
さて、わたしが読んだ本は
「銀河英雄伝説」 田中芳樹 徳間文庫版 全十巻
他、文中で触れた本
「スターキング」 エドモント・ハミルトン 創元推理文庫
「銀河帝国の興亡」 アイザック・アシモフ 創元推理文庫
「司政官 全短編」 眉村卓 創元推理文庫など
………
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