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プロフェッショナル・ゼミ

トンネルの先に待っていた新たな夢~やわらかな鬼の手に触れた翌日の出来事《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミプロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:木村保絵(プロフェッショナル・ゼミ)

「明日から、どうやって生きていくんだろう」
6畳も無い狭い部屋の中、一人呆然と天井を見上げた。
LEDライトの真っ直ぐ過ぎる光が、眩しく、思わず目を瞑った。
頭が痛い。息も苦しい。肩が重い。
落ち着いたと思うと、また体の奥底から、激流が襲う。
泣きじゃくり、声を押し殺して叫び、泣き疲れては、ただ一点を見つめる。
全ての感情を吐き出し、私はゆっくりと密やかに、覚悟を決めた。

「あ、この棚にありますよ」
作家さんの名前を告げると、彼女は透き通るよう細く白い手で、棚の前まで導いてくれた。
何冊か並んでいるその中で、ある一つの題名が目に止まった。

「これって……」思わず手を伸ばした。
「ご存知なんですか?」彼女の声は想像よりも高くやわらかい。
「あ、はい。地元でロケをした映画の原作だと思います」

どうしてだろう。
記憶を辿ろうとするが、一向に前に進まない。

『キッチン』『星に願いを』『海猫』『つむじ風食堂の夜』『海炭市叙景』『そこのみにて光り輝く』『世界から猫が消えたなら』
それからえーと……

あの街が舞台になった作品はほとんど観ていたつもりだった。
だけど、どう思い出そうとしても、この作品は観ていない。
ヒット作のはずだし、名前も知っている。
思い出そうとするものの、どうして見ていなかったのか、その答えは全く浮かんでこない。
まぁ、理由なんていいか。

「これにします」
淡い色の髪が似合う彼女にその本を渡し、黒いカバーで包んでもらった。

夜の池袋駅のホームは、いつだって重い空気が充満している。
溜息をつこうと一息吸った瞬間、
「うっ」
酒の臭いに体が拒否反応を示す。

「間もなく電車が参ります。白線まで下がってお待ちください」

「すみません、すみません」
到着した電車に乗り込み、隙間を縫って自分の居場所を確保する。
現実から目を背けるように、先程購入したばかりの黒い一冊をゴソゴソと取り出した。

ページをめくった、その瞬間だった。
ふわっとおでこにかかる前髪が揺れた気がした。
窓の外では、寄せては返す波に太陽の光が当たり、キラキラと反射している。
潮の香りがしてくる。

ページをめくる度に、自分がどこにいるのかわからなくなる。
その世界観に引き込まれ、胸がドキドキした。
現実の私より、その作品の中に入り込んだ私の方が、確実に生きていた。
文字を目で追うだけなのに、五感は刺激され、体の中を血が巡り、生きようとする気持ちが生まれてくる。

胸が高鳴った。
数日後、私は、この人に会うんだ。
この物語を生み出したその人に、会うことができるんだ。
こんな美しい文章を綴る人が実在することを、この目で確かめられるんだ。
止まっていたはずの時計が、動き出した気がした。

その数日後、私はまた池袋に来ていた。
『映画化される小説の創り方』と題された講座を受講する為だった。
おかしな話だ。
小説家も目指していない。映画作りも考えていない。
そんな私がどうしてこの講座を受けたいと思ったのかは、わからない。
ただ、「何かしら気付きや発見があるだろう」そんな風に思っていただけだった。

狭い空間に人が密集し、室内の気温はどんどん上昇していた。
ノートや資料で顔を仰ぐその面々は、作家志望や出版、映画業界の関係者ばかりだった。
「あー、久しぶり!」
「こんばんはー」
顔馴染み同士が挨拶をするその姿に、私は肩身を狭くしていた。

「やっぱり、本気の人じゃなきゃだめだったのかな。私、場違いかも」
場内の高揚感に反して、私は息苦しさに、下を向くことしかできなかった。

「ではそろそろ始めまーす」
その声に顔を上げ、ノートを開き、ペンを持った。
何かを持ち帰ろう。明日に活かそう。そう思っていた。
でも結局2時間の講座の間、私はメモを取らなかった。
気付けば、ペンを机に置いていた。
それは、内容があまりにも面白すぎたからだ。
小説が作られる裏側、そこから映像化されていく秘密。
多くの人の元へ作品を届ける為の熱意と戦略。
美しい物語を生み出す原点と背景。
その全てに夢中になった。

あの本を読んだ時と同じ感動と興奮を、今度は耳から感じていた。
目の前で語られていく一言一言が、私を突き動かしていく。
耳から体内へ入り込んだ言葉が、この鼓動を鳴らしている。
彼の言葉を聞いているだけで、私は生きていける気がした。
世の中を、人間を、そして何より自分自身を信じている。
そんな彼の言葉から伝わってくる力強さに、圧倒されていた。

「サイン会を行いますので、ご希望の方はこちらかお並び下さい」
目尻が爽やかな青年が、やわらかな声で場内の人達を促していた。

「どうしよう」
私は、一瞬戸惑った。
正直、彼の名前は、この講座の案内で初めて知った。
有名な作品はたくさんあるのに、読んだのは講座の2日前に慌てて購入したその1冊だけだ。
あの1冊にどんなに感動していたとしても、
彼の前に立てば、私の薄っぺらさは見透かされてしまう気がした。
何も知らないのに、サインをもらうなんて、失礼じゃないかな。
いつものウジウジと不安が襲ってくる。
悩んでいる内に、頬を赤くし、高揚している人達でどんどん列は長くなっていく。

「やる後悔よりやらない後悔」
いつも自分に言い聞かせる呪文を、また心の中で唱えた。
そうだ、きっと黙って帰ったら後悔するかもしれない。
後悔は嫌だ。それだけは、嫌だ。
そう思い、列の後ろに並ぶ。
「でも、さすがに無言じゃだめだよな……」
順番が来た時に、どんな風に話しかけたらいいか、必死に考えていた。
「ずっとファンでした」は嘘でしかない。
「あの作品が大好きで」読んだのは2日前だけど。

「どうぞ」
順番はあっという間にやってきた。
「こんばんは」
こたつの中に座っている彼は、私を見上げ、優しく微笑んでくれた。
そのやわらかい眼差しに、先程までの小さな悩みは一瞬で吹き飛んだ。

「あ、あの……私、函館出身なんです」

思わずそう言いながら、持っていた本を差し出した。

「ん? あぁ、じゃあこの本の」
そう言いながら彼は、サラサラと名前を書いていく。

「あ、はい。あの、まだ映画は観てなくて、いや、あの、これから観るんですけど、
でも小説がすごく面白くて、感動して……で、あの……。
えーと、あ、また来てください! ぜひまた、函館の作品を、創って下さい」
しどろもどろになりながら、何かを伝えたいという思いだけをぶつけていった。

彼はまた目尻に皺を刻みながら優しく微笑み、スッと手を差し出してくれた。

あ! と思い、背筋を正し、私も手を伸ばした。
私の右手が、彼の両手にスッポリと包まれたその瞬間だった。

「!!!!??????」

私は、言葉を失った。
目の前に、突然深い深い緑の森が広がっていく。
足元からは生まれたばかりの土のあたたかい香りがしてくる。
風が頬をやわらかく撫でていき、枝葉が心地良くざわめいている。
背の高い木々のその先の小さな小さな隙間からは、太陽の光が差し込んでいる。
スッとまっすぐに、一直線に、白く眩しい光が。

「僕、北海道大好きなんです」

彼の声に、ハッと我に返った。
「だから、また書きますよ」

そう言ってまた微笑んで、彼は私の右手を包んでいた両手を、元いた場所へと戻していった。

「ありがとうございます。楽しみにしています」
そう言って頭を下げ、店を後にした。

やわらかい。
そう、彼の手は、あまりにも、やわらかかった。
彼の手が私の右手をそっと包んだ瞬間、
互いの皮膚と皮膚の境界線はじんわりと溶けて、馴染むように消えていった。
あまりのやわらかさに、何かに触れているという感覚すら、失ってしまうほどだった。
頭の中にある悩みや嫌な気持ちは一瞬で消え去り、
彼が創り出す世界の内側に、スッと入り込んでいける気がした。

「小説を書くことは、命を削ること」
その言葉に胸が痛くなった。
悩み苦しみ、鬼のような形相で作品を生み出していく姿を想像したからだ。
だけど、一つずつの言葉を紡いで作品を作り上げていく彼のその手は、
想像を絶するほどに、やわらかかった。
人々の傷や涙もすべて包んで忘れさせてくれる、そんな、神の手のように感じた。

翌日。私は私はその衝撃を忘れない内に、彼の書いた小説を元にした映画を観ることにした。
彼が紡いだ美しいその言葉を、人間が演じた場合、どのような世界を創り出すのか。
それを、確かめたかった。

画面には、懐かしい故郷の風景が広がっていた。
胸がすくような広く濃い青空。
波に反射する光に、心が洗われる気がする。
文字として見ていたセリフ一つ一つが、演技によって命を吹き込まれていた。

2時間が過ぎ、画面にはエンドロールが流れている。
美しく静かなメロディが耳に入ってくる。
やがて全てのキャストやスタッフの名前が流れ、画面は黒くなり、静止する。

「洗濯しなきゃ」
私はテーブルに両手をついて、立ち上がった。
まだ梅雨も明けていない。
一人暮らしとは言え、毎日洗濯機を回さないと、この季節はやり過ごすことができない。
蓋を開けると、柔軟剤の香りが鼻をかすめた。
「えっと、洗剤を……」
手を伸ばそうと思い、洗濯機の縁に左手をかけると、反動で右手がダラリと落ちた。
必死で立とうとしても、右手の重さに、耐えることができない。
そのまま右手が床に着き、同時に腰が落ちていく。
左手が洗濯機に当たり、「ガン」と大きな音を立てる。
両手が床を触り、頭が下を向いたその瞬間、恐ろしい程の激流が全身を襲った。
重くて濃い悲しみが、次々と溢れ出してくる。
私は声を殺してむせび泣き、床に伏せた。
息が苦しくなり、声が漏れた瞬間、嗚咽が止まらない。
心臓が痛い。胸が苦しい。頭が痛い。息ができない。
言葉にならない感情が、声に乗って溢れ出てくる。
自制しようと僅かに反発しようとする理性を、激流が飲み込んで行く。
ただ泣くしかなかった。
次々と生まれ出て来る痛みを伴うその感情を、ただ涙と声と一緒に吐き出すしかなかった。
床に蹲り、私はただ泣き続けた。

どのくらいの時間が経っただろう。
酸素が足りずに頭は重くなり、視界はぼんやりとしている。
フラフラとテーブルの前に戻って座り、コップに入っていた水を飲み干した。

何気なく視界に入ったその本を手に取り、おもむろに最後のページを開いた。

ドキッ

また息が止まるかと思った。
慌ててiPhoneを手に取り、検索ページを開き、震える指で文字を打ち込んだ。

そして、出てきた結果に、驚愕する反面、「あぁ」とただただ納得していた。

“『Little DJ~小さな恋の物語』
2007年に発刊された鬼塚忠の小説、及びこれを原作とした映画“

あぁ、そうか。そうだったのか。
「2007年」
今から9年前。
それは、二度と忘れることのない、人生の分岐点となった年だった。

私が、夢を諦めた年。世の中に対する希望をすべて捨てた年。
大切な友人が、傷つけられ、命を落とした年。
明るく白く輝いていた世界が、真っ黒に染められた年だった。

それ以来、私は作品の中で誰かが死ぬ作品を避けるようになった。
病気や事故で主人公が死んでしまう作品を「感動必至」「超号泣」などと持て囃す様子を、蔑んだ目で見ていた。
「そんなの偽物の涙だ。客寄せの為に人を殺すなんて最低だ」と、心の中で罵った。
その内に、誰かが死にそうな小説や映画を雰囲気で察知して遠ざけることは、日常の行動へと化して行った。
きっとそのためだろう。
白血病の少年が病院内のラジオDJになるというその物語を、私は当たり前の様に、無意識の内に、避けていた。
そして、それがあまりにも当たり前のことになっていた為、この本を初めて手に取った時、どうしてこの作品を読んだことがなかったの、それすらわからなくなっていたのだ。

「そうだったのか」
そう思った瞬間、また目の前が滲み出し、涙が溢れてきた。
ついさっき吐き出しきったと思ったはずの悲しみが、また激流となって溢れ出してくる。
とうに「いい大人」と言われる年齢に達しているのに、小さな女の子がそうしていたように、
大粒の涙をボタボタと落としながら、鼻水が垂れることも厭わず、ただただ泣いていた。

「明日から、どうやって生きていくんだろう」

6畳も無い狭い部屋の中、一人呆然と天井を見上げた。
LEDライトの真っ直ぐ過ぎる光が、眩しく、思わず目を瞑った。
頭が痛い。息も苦しい。肩が重い。
落ち着いたと思うと、また体の奥底から、激流が襲う。
泣きじゃくり、声を押し殺して叫び、泣き疲れてはただ一点を見つめる。

「書きたい」

そう思った。
なぜだかわからない。

「書きたい」
その四文字が浮かんでくる。

「え?!」
自分でも驚き、訳がわからなくなる。

これまで生きてきて、私にとって「書く」という行為は、一人でするものだった。
日常の中で、他人に言えない悩みや苦しみ、声に出せない怒りや悲しみ。
心の中では抑えきれない感情を、文字に変えて書き連ねていく。
だから、もしも誰かにそのノートを見られれば、恥ずかしすぎて死んでしまう。
誰かに読んでもらえる文章なんてない。
小説家やライターになれる人は、才能があって、昔から書き続けて訓練もしている人だ。
私には、無理だ。
必死で自分を抑えようとする。

すると、
「今やらなきゃだめなの。今やらなきゃ。それが今、僕が生きているってことだから」
劇中の主人公のセリフが、聞こえてくる。
死を目前にしながらも、必死で生きようとする少年の声が。
生きる証として、マイクを通して自分の言葉を発信したいと叫ぶ彼の声が。

あぁ、そうか。
これまでの9年間打ち続けた点が、線になった瞬間だった。

「ちゃんと生きなきゃ」
それは、友人が亡くなってから9年間、ずっと思い続けてきたことだった。
私よりも心優しくて、勤勉で、可愛くて、誰からも愛される彼女が、死んでしまった。
彼女よりも私が生きるべき理由なんて、どこにもない。
それなのに、私が、彼女ではなく私が生きている。
だとしたら、せめて、ちゃんと生きなきゃ。
後悔ないように、無駄にしないように、ちゃんと生きなきゃいけない。
そう、自分に言い聞かせていた。
悲しい事件が二度と起こらない様、あたたかくてやさしい世界を作っていかなきゃいけない。
そのために、これからの人生を捧げなきゃいけない。
ちゃんと生きなきゃ、ちゃんと生きなきゃ。
この9年間。自分にそう生き続けてきた。

だけど。
「もったいないね」
そう言われる度に、胸が張り裂けるような思いがした。
「その学歴と経験があれば、もっといいところで働けるのに」
何気なく言われたその一言が、私を崖から突き落とす。

「もったいないね」
その言葉が、「ダメだね。ちゃんと生きていないね。人生無駄にしているね」
そう、聞こえてしまう。

「ちゃんと生きるって、何? どうしたらいいの? どうしたら、私はちゃんと生きられるの?」
そう考えて、何度も仕事を変えた。
彼女の死に絶望し、心が折れてしまった私は、長年の夢だった国際協力の現場に残ることを、諦めた。地元に帰り、国際交流や地域活性化、若者支援に携わる仕事、地元のラジオ局で地域の人達に情報を発信する仕事。何かを変えたい、そう思って、自分に出来ることを探し続けた。
だけど、いつだって不安と疑問を拭い去ることはできなかった。

「私は今本当に、ちゃんと生きているんだろうか」
一度も、自信を持つことができなかった。
これじゃだめだ。このままじゃだめだ。自分を責める時間が、長く続いた。
周囲の友人たちは、みんな立派に生きている。
悲しみを胸に秘めながらも、働いて収入を得て、自らの力で新しい道を切り開き、幸せな家庭までを築いている。
どうして私だけがちゃんとできないんだ。
仕事も恋愛も、すべてが中途半端で、何一つ達成できていない。
どうして、どうして私はちゃんと生きられないの。
焦りばかりが募り、前に進むことができない。

「書きたい。書けるようになりたい」
もう一度その声が聞こえた時、ようやく私は納得した。
そしてまた涙が溢れてきた。
それは、温かい涙だった。

「なんだ、私ちゃんと生きてたじゃん」
安堵の涙だった。

地域の人々と向き合うことも、外国の人と接することも、その経験を噛み砕いて伝えていくことも、マイクを通じて語りかけることも、
すべて「ちゃんと生きる」に通じていた。

誰かと出会い、経験し、目にしたこと、耳にしたこと、心が動いたこと。
それを言葉に変換し、誰かに伝える。
それは生きているからこそ、私だからこそ、できること。
不安になりながらも、自分なりの「ちゃんと生きる」をやってきていた。

そして、もう一つ、大切なことに気付いた。
私はこれまで彼女の死を乗り越えることのできない自分を責めていた。
周囲の友人はきっともっと私より悲しいはずなのに、ちゃんと前を向いて生きている。
どうして私だけが、ずっと同じところに留まって、前に進めないんだろう。そう悩み続けていた。
でも、それは違っていた。
私は、乗り越えられなかったのではなく、乗り越えたくなかったのだ。
ずっと悩み苦しみ続けることで、彼女の命の重さ、その死の悲惨さを証明しようとしていたのだろう。

「私達は、天使に出会った。
天使は、命の大切さを伝えるため、私達の元へと舞い降りた」

これは9年間、私が何度も何度もノートに書き続けた言葉だ。
彼女の死をなんとか受け止めようと、物語を書こうとした。
意味を見つけることが出来れば、自分の中で消化して、前を向けると思っていた。
でも、その物語は、そこから進むことはなかった。
今思えば、物語の書き方なんて、本もたくさん出ているし、インターネットでも検索できる。
本気で書こうと思えば、いつだって書くことはできた。
でも、私は書きたくなかった。
そんな物語なんて書いて、納得なんてしたくなかった。
物語を終わらせて、彼女の死を乗り越え、新しい一歩を踏み出すなんて、したくなかったのだ。

「誰もがあの時の延長線上で生きている」
小説の中の一文が、教えてくれた。
大切な人の死を受け止め、前に進もうとする周囲の人間の姿を描いた一文だった。

そうだ。同じところにしがみついて留まる必要なんてない。
悲しみを乗り越える必要もない。すべてを忘れて消し去る必要もない。
時には心の奥底にしまい込み、時にはひっそりと思い出して涙を流し、
そうやって延長線上にある、私の、私だけの人生を、生きていってもいいんだ。

「書こう」
そう思った。
何かはわからない。
何ができるのかも、わからない。
ただ、「書けるようになろう」そう決心をした。

生きている私が見た風景や経験を文字に起こしていくことで、生きた証を残していこう。
誰かの元へと届けられる文章を、価値を認めてもらえる文章を綴れるようになろう。
傷ついた人の心にそっと触れられる文章を、届けられるようになろう。
あの、鬼塚忠さんのやわらかな手が私の世界を変えてくれたように、
誰かの心を、そっとやわらかく包んでいける言葉を紡いでいきたい。
前を向けなくても、苦しい毎日が続いていたとしても、「この人の文章を読むと、その瞬間は心が軽くなる」そう思ってもらえるような、言葉を生み出していこう。

「書くことで生きていきたい」
プロになろう。文章を求められる、そんな人間になりたい。
今はまだ右も左もわからないけど、
いつか誰かの心の傷にそっとやわらかい手を当てられる、そんな言葉を綴れる作家になりたい。

大切な友人がいなくなってしまった世界で、初めて見つけた夢だった。
ちゃんと生きなくていい。
失敗して、転んでばっかりで、人に笑われてもいい。
ダメな自分でもいい。
全部、生きているから経験できることだ。
それを全部、やさしい言葉に変えていこう。
一度は諦めたこの世界を、もう一度希望溢れる場所だと信じてみよう。

そして、一生に一つだけでもいい。
いつか、私を闇の中から救ってくれた鬼塚さんの作品のように、私も誰かを救える作品を、作りたい。

そう決意し、あまりにも喉が乾いていたことに気付き、冷蔵庫へと向かった。
ふっと何気なく鏡を見て、思わず吹き出した。

「すっげー、ブス!」

まぶたはパンパンに腫れて赤みを帯びている。
マスカラは流れて目の周りは黒いし、鼻の噛みすぎで鼻の下はガビガビで真っ赤になっている。
「この顔の人が、誰かを感動させたいとか無理でしょ」
今度は一人、部屋の中で笑った。
ちゃんとしていない人間が、こんな顔の女が、
「ちゃんと生きなきゃ」って9年も気を張っていたんだ。そりゃ苦しいわ。無理な話だわ。
何がなんだかわからなくなって、ただ笑い転げた。
答えの見えない苦しみから解放され、私の感情は制御不能になっていた。

泣いて笑って疲れ果てたその時、私の心は決まっていた。
もう、趣味だなんて言わない。
私は、プロを目指す。
書くことで、食べていく。
書くことで、生きていく。
書くことで誰かの心に触れ、
書くことで、あたたかい世界を創っていく。

出来るかどうか、叶うかどうか、今はまだわからない。
だけど、達成できるまでやり続ける。
いつか必ず、実現する。
そうやって、生きていく。
それが、私が生きるという意味だ。
全ての感情を吐き出し、私はゆっくりと密やかに、覚悟を決めた。

生きていれば、楽しいことばかりじゃない。
もしかしたら、悩み、苦しんでいる時間のほうが、長いのかもしれない。
だけど、もしもそれがトンネルだとしたら、いつか必ず出口がやってくる。
私は9年間、闇の中を走り続けた。
出口なんてない。希望なんてない。
心の中でそう思いながらも、それでも、家族や友人に、そして「ちゃんと生きなきゃ」という焦りに背中を押され、なんとか前に進んでいたのだ。
ようやく光が見えてきた。
出口を抜けても、そこにはまた別の新しいトンネルが待っているのかもしれない。
それでも。
その時はまた、前に向かって走り続けよう。
前にさえ進んでいれば、必ず出口はやってくる。
一瞬でもいい。小さな点が、目に見える全てを包んでくれる光になるその瞬間の為に、
青空の下で思いっきり深呼吸をする為に、その日を信じて、今は走り続ける。

『Little DJ 小さな恋の物語』
その表紙に描かれた眩しい太陽と青空、光を反射して輝く波が、今、私の心を照らしている。

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミプロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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