彼女は、一人で歩いていった……白バイガール《リーディング・ハイ》
記事:西部直樹(リーディング・ライティング講座)
「大丈夫か?」
わたしは浴室の扉に向かって声をかけた。
深夜のニュース番組がはじまる時刻だった。
「大丈夫、出たら寝るから」
娘の声が浴室で反響する。
ほんの少し前までは、
「チチ(我が家ではわたしのことをこう呼ぶ。外で親のことを言う時、「おとうさんが……」などといわなくて済むように、という配慮である)、一緒に入ろう」
と、一人で風呂に入るのは恐いのか、誘ってきたものだ。
わたしが入っていると「入るね」といって、一緒に湯船につかったりした。
が、いつからか、一緒に入ることはなくなった。
そして、娘は夜に一人で入る時は、
「チチ、いてね」と
浴室の外での待機を命じたりするのだった。
まだ、一人で入るのは恐かったのだ。
しかし、気がつくと娘は一人で入り、
「恐いからいて、チチ」などと言うこともなくなった。
娘の成長は、嬉しい。
そして、少し寂しい。
親は辛い。
娘の代わりに怖がることもできない。
一人で歩いていくことが、成長なんだ、とわかっていても、手をさしのべたくなる。
かつて、娘はさしのべた手にすがってきていた。
今は、手をさしのべても振り払われる。
寂しいけど、成長したんだなと、振り払われた手の痛みを噛みしめる。
見守るのは、寂しい、ということばかりでもない。
驚きと面白さもある。
少女から女性に変わる頃の女の子たちは、
一瞬で変わっていく。
変化の速さに、戸惑うばかりだ。
わたしは、とある高校で市民講師をしている。
ディベートを教えているのだ。
4月のはじめ、ディベートを説明すると
「先生、これ、ムズ!(難しいよ~~)」と言って、
休憩時間にあんパンを早弁していた女子生徒。
ゴールデンウィークの頃には、男性教員が目の前にいるのに、
暑い! といって、スカートの中に向かってノートで扇いでいた。
しかし、年末の頃になると
「先生、この授業面白いねえ」と言い、
休憩時間には「好きになるタイプと付き合うタイプが違うのは、どうして?」
と、問いかけてくる。
幼さの残る表情の向こうには、授業でみせるのとは違う顔がのぞいている。
その変化に、驚きつつ、いつまでも子供ではいられないのだな、と面白く思うのだ。
誰にでも、「新人」とか「新米」の頃はある。
最初からベテランはいない。
だから、自分が「新人」だったり「新米」と呼ばれていた頃を思い出して、なんとかと手をさしのべたくなる。
しかし、それではその「新人」とか「新米」は、育っていかない。
その身に余るような重いものに振り回されても、
新人に対して、意地悪をする人がいても
本人が対処していくしかない。
ベテランは、見本を見せることはできても、代わることはできない。
それは、どんな仕事でも同じだ。
ある日、そんなことをつらつらと考えながら、最寄りの駅まで歩いていた。
自宅から、最寄りの駅までの間には、交番がある。
少し大きめの交番で、いつも警察官が3~4人は駐在している。
ここ2~3年のことだが、交番にいつもひとりの女性警官がいるようになった。
男性警官に向かってでは話しづらいことも、女性警官なら話せる、ということなのか。
交番の近くに来ると、なにやら怒声が聞こえてきた。
何かに怒っている男性が、女性警官に食って掛かっているようだ。
女性警官は若い。まだ、経験はそれほどなさそうだ。
どうするのだろう、
わたしは交番の隣の公園で、スマホを読むふりをして、成り行きを見ることにした。
女性警官のうしろでベテランらしい年配の警官が見守っている。
彼女の対処の仕方を見ているようだ。
年配の男性警官が出ていけば、程なく納まりそうなのに、出ていかない。
腕を組んでみているだけだ。
女性警官は、手こずりながらも、怒声を放つ輩をなだめたようだ。
ベテラン警官は、女性警官になにやら話しかけている。
女性警官は、頭を下げ、そして笑っていた。
褒められたのか、アドバイスをもらったのだろうか。
ベテランは、成長を見守るのは、辛いことだろう。
違うと思っても、じっと黙ってみているのだから。
ただ、女性警官の笑顔が爽やかだった。
彼女は少し成長したのだろう。
野次馬の役割を終えて駅に向かう。
傍らの道を白バイが過ぎていった。
大型のバイクを鮮やかに乗りこなしている。
白バイに乗るのだから、当たり前なのだろうけど。
華奢な後ろ姿だ。もしかすると女性白バイ隊員なのかもしれない。
あの白バイに乗る警官でも同じだろうな。
女性は少ないようだけど、彼女たちにも新人の頃はあり、
ベテランに見守られ、一人前になっていたのだろう。
成長の物語は、心に染みる。
新米とか新人の頃のハラハラが、
ドキドキに代わり
最後はパチパチ(拍手)に変わっていく。
一緒に風呂に入っていた娘が、
一人でも入れるようになったみたいに、
男性の目を意識することのなかった女生徒が
恋に悩みはじめるように、
新人とか新米の、「新」がとれていく
その姿に
少し目が潤むのだ。
ふふと笑って、少し目頭を押さえる
そんな物語です。
・紹介したい本
白バイガール 佐藤青南 実業之日本社文庫
………
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