リーディング・ハイ

もしあなたがどこかに「生きづらさ」を感じているのなら、流れるプールで漂う感覚を大切にしてください《リーディング・ハイ》


pool

 

記事:菊地功祐(リーディング&ライティング講座)

 

 

「この人には勝てない……」

 

彼女を一目見て、直感的に思った。

哲学的な感性、鋭い少女性、過剰なまでに激しい怒りなどが彼女の作る映像には溢れていた。

 

「本物の天才だ」

そう思った。

 

 

大学生だった頃、私は自主映画作りに熱中していた。

授業をサボっては脚本を書き、カメラを持って走り回っていたのだ。

 

当時は監督として、役者やスタッフの協力のもと、自分の頭の中にある映像を形にしていくのが楽しくて仕方がなかったのだと思う。

 

私は映画を作っては、何度か映画祭に応募してみたりした。

 

 

しかし、結果はどれも落選。

 

審査員の見る目がない!

なんで自分が作った映画が正当な評価されないんだ!

と私は心のそこで思っていた。

 

 

自分はすごい映画監督だと思い込んでいた。

大義名分のもと、自分の殻に閉じこもっていたのだ。

 

なぜ、世の中は自分の才能を正当に評価してくれないのだ……

当時の自分は生きづらさを感じながら、もがいていたと思う。

 

 

そんなある日、知り合いに連れられ、学生映画団体で最も大きい自主映画祭の

ミーティングを訪れた。

 

来年の学生映画祭に向け、映画の募集要項を確認するためのミーティングだった。

 

 

 

その時、会議室の隅っこに彼女はいた。

 

 

前年度の映画祭で特別賞をもらった彼女は、自主的な上映会の宣伝のために

ミーティングを訪れたという。

 

スクリーンに彼女が作った40分間の映画の予告編が流れる。

 

 

 

 

 

……呆然とした。

 

すごい……

 

 

 

 

感性が鋭すぎる。

映像のセンスといい、カット割りのリズム、音楽と合わさった映像美。

 

 

 

どれも凄すぎる。

本当にこれが処女作なのか……

 

 

 

自分が作った映画を思い出すと情けなくなった。

彼女の映画に比べたら、自分の映画なんて……

 

 

居ても立っても居られず、私は彼女に話しかけてみた。

 

 

彼女は大学では哲学を専攻していたという。

本気で哲学者になろうとしていたらしい。

 

しかし、大学3年の時に、言葉だけではどうしても伝わらないものがあることに気付き、映像ならその感情を表現できるのではないか? と思い立ったという。

 

彼女の大学には自主映画サークルがなかった。

 

 

ならば、自分で作ればいい!
そう思って彼女は、自主映画サークルを自ら立ち上げ、

映画を一緒につくってくれる仲間を集めていった。

 

その時初めて撮った処女作が、自分がいま見た、この映画だったのだ。

 

彼女は一見、そこらへんにいる、普通の女の子のような風貌だ。

しかし、ごく普通の女の子のように見えて、腹の中ではとんでもないものを抱えていることに気付き、私は身震いした。

 

 

 

この人には勝てない。

 

 

そう思った。

私はその時初めて、本物の天才というものを見たのだ。

 

 

その日から私は、映画作りになおさら熱中していった。

毎日のように浴びるように映画を見続けた。

 

彼女のような映画を作りたい!

彼女のように人々を呆然とさせるような映画を作りたい!

 

彼女の脚本の構造や作風を真似た映画も作ってみた。

 

60分くらいの映画になったと思う。

彼女が作った映画をイメージして、4ヶ月以上かけて作った。

 

しかし、出来上がった映画はとてもじゃないが、

人に見せられるものではなかった……

 

 

上映会で自分のその映画を上映してみると、客席にいた人、

ほぼ全員が寝ていた。

 

 

 

恥ずかしかった。

 

 

自分は何か人と違った感性を持っている。

人と違った独特の世界観を持っていると思っていた。

 

私は自分の世界に溺れていたのだ。

 

そんな自分に気付き、情けなくなった。

 

彼女の映画をイメージして、型を真似ていっても、彼女には勝てなかった。

 

 

自分は人とは違うんだ! という気持ちを拭いきれず、就活の時期が来て、周囲と同じように就活をした。

 

結局、何者にもなれなかった。

自分は特別ではなかった。

 

どこか生きづらさを抱えながら、日々を過ごしていたと思う。

 

 

 

 

そんなある日、いつものように本屋をうろついていると、

とある本が目にはいった。

 

アートディレクターの森本千絵さんが書いた本だった。

 

なぜかはわからないが、直感的に、

その本を私は、読まなければならない気がしたのだ。

 

 

森本さんのことは昔から知っていた。

ミスチルのCDジャケットなどを手がけたことで有名な売れっ子の

アートディレクターだ。

 

 

 

この本を今、読まなければいけない。

 

 

 

何かに導かれるかのように、私はその本を手に取った。

 

 

 

電車の中でその本を読み始める。

ページをめくっていく。

 

その時私は、新宿から京王線の各駅電車に乗っていた。

 

一駅一駅、電車はゆっくり停車していく。

 

 

私はページをめくる手が止まらなかった。

心が洗われていくような感覚だった。

 

 

周囲の雑音が全く気にならないほど本に集中していた。

 

 

 

 

 

私が言って欲しかったのは、この言葉だったんだ。

このことを言って欲しかったんだ。

 

 

 

あんなに生きづらさを感じていたのに、

もっと早くこの本に出会っていれば……

 

私は涙目になっていた。

 

 

気づいたら電車は、終電の高尾山口駅に着いていた。

 

時間を忘れて、電車の中で読みふけってしまったのだ。

 

 

 

もっとこの本に早く出会えていれば。

 

 

 

ものを作るうえで、あるいは人生において。

 

流れるプールで漂うように、心を空っぽにすることを大切にしてください

と森本千絵さんは言う。

 

 

 

私は、ふつうの人とは違うクリエイティブな人の型を必死になって勉強して、

こうしたらこうなれるというものを探っていたと思う。

 

しかし、型を勉強しても、誰かの真似ごとでしかないのだ。

 

 

プールで漂うように心を空っぽにして、その空っぽになった心から生まれてきたものがオリジナルなものなのだ。

 

 

 

 

必死に他人の真似をしなくていい。

そんなことをこの本は教えてくれたと思う。

 

 

広告のアートディレクターである森本さんは、いつも会議では心を空っぽにして、クライアントの熱意や思いを全身に受け止める。

合気道のように相手の力を使いこなすのだ。

自分自身は空っぽでなければならないらしい。

 

 

 

 

水の中で漂うような感覚。

身を任せ、流れに逆らわない感覚。

 

それがものを作るうえでも、人生においても大切なことなのかもしれない。

 

 

 

大学一年の頃に出会った彼女は、4年後……

 

 

小松菜奈主演で商業映画の監督デビューを飾った。

若干27歳の若手映画監督だ。彗星のように現れた天才と称されている。

 

 

 

 

才能がない自分は到底、彼女には勝てるわけがない。

しかし、彼女の後を追わなくてもいいのだ。

 

自分らしくいればいいのだ。

 

 

型を真似ても、他人の真似事でしかない。

 

この本はそのことを私に気づかせてくれた。

 

 

 

「アイデアが生まれる、一歩手前の大事な話」  森本千絵著 サンマーク出版

 

 

 

 
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2016-12-19 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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