あぁ、痛てぇー! 心がマジ痛てぇ! と思った時に読んだらいいかもしれません。《リーディング・ハイ》
記事:市岡弥恵
「いてぇーっ、マジいてぇっ!」
私は、風呂場に居た。
左膝の怪我がジュクジュクしている。こんなに痛いのなら、風呂なんか入りたくない。しかし、大学生の女の子が風呂に入らないわけにいかない。
なんとか、左膝にお湯をかけないように、恐る恐るシャワーだけは浴びた。しかし、なんだか身体中が筋肉痛なのか、ムチ打ちなのか分からない痛みで、強張っていた。だから、どうしても湯船に浸かりたかったのだ。
ハンドタオルを、お湯で濡らす。
小さい頃は、こうしてよく風呂に入った。よく転んで怪我をしていた私。父親だったか母親だったかが教えてくれた。いきなりお湯につけるんじゃなくて、こうしてお湯に濡らしたタオルで先に傷口を覆ってから湯船に入ると、そんなに痛くないって。
ふぅっ。
よし、いくぞ。いくぞ、私。
気合を入れて、タオルを傷口に当てた。
「いてぇーっ、マジいてぇっ!」
くっそ、やっぱり痛いじゃないか。いてーよ、このやろー!!
じわっと、目尻に涙が滲む。ような気がする。
と思ったとたん、涙が溢れ出した。なんだよ、くそー。足が痛いだけだっつの。何が悲しいんだよー。
やっと痛みに慣れ、湯船に恐る恐る体を沈める。
足元から、じんわりと温かくなる。肩まで浸かるころには、「あぁ極楽極楽っ」と、ばぁちゃんみたいに呟いていた。さっきまで、泣いていたくせに。
私は、この日、無性にムシャクシャしていた。
学生時代ってなんであんなに、色んなことがあるんだろうというぐらい、色々あった。正直、何があって、あんなに苛立っていたのか覚えてない。
ただ、私は苛立っていたのだ。
とりあえず、スカッとしたかった私は、単車を持っている男友達に連絡をした。スカッと山道でも走ってもらって、この胸のグジュグジュをどうにかして欲しかったのだ。
「おしっ、これカブれ!」
「もっと可愛いメットないわけ?」
「うるせーてめぇ、連れてかねぇぞ」
へぇへぇ、仰せの通りに。
可愛くない女。ほんと。
まぁしかし、単車の免許もない私は、彼の言う通りにするしかない。
夏のくそ暑い中、国道をひた走り、山の中に入った。
山に入ったとたんに、急に気温が下がる。なんだか、幽霊でも出るんじゃないかと思えるぐらい、ゾクっとする。バイクの後ろに乗るって、結構ドライバーへの信頼がないと、乗れない。車と違ってシートベルトもなければ、体もむき出しだ。転んじまったら、死んでしまうかもしれない。
そんな覚悟を持って、バイクの後ろに乗っていたりする。
そんなことを知ってか知らずにか、この日私を山まで連れて行ってくれた男も、それなりに安全運転で山まで入ってくれた。もちろん、友人として私も信頼している。
しかし、いくら安全運転とはいえ、事故が起こる時は起きてしまうのだ。
突然、視界がグラリと左に傾いた。
ん? んん? あれー??
事故にあった時、走馬灯が見えたとか、全てがスローモーションだったという話をよく聞く。
私には、走馬灯は見えなかったが、確かにスローモーションだった。
視界が傾く中で、目の前に飛び散る石や、木の葉っぱがズームアップされる。男が左手をクラッチから離し、私の左側を庇うように腕を後ろに回したのも見えた。
地面が近づいてきた……。
ガシャーーーーー!!!!
あっ、スローモーションじゃなくなった。
なんだ、死なないのか。
突然の出来事を前に、思いの外冷静だった。
「おい! 大丈夫か?!」
男友達がすぐさま起き上がり、私を起き上がらせる。
「頭は?! どっか痛いところは?!」
「んー、大丈夫……足いたー」
「足?! うわっ血出てんな! 救急車!」
「いやいやいや、大丈夫、擦りむいただけ。つーか、あんた左腕やばくない?」
「ん? あっホントだ。 ん? うん、大丈夫、曲がる曲がる」
男友達は、左腕をグニグニ曲げたり、手のひらをグッパーしながら確認していた。
「やべぇ、カーブ抜けたところで石落ちててさ」
後ろを振り返ると、大きな石が山肌から落ちてきていた。その周りに、小石がゴロゴロ転がっている。
「すまん、避けきれんやった! ほんとに大丈夫か?!」
「ぷっ。ごめん、なんか、ボロボロやねっ、なんか笑えてきたっ」
「いや、笑い事じゃない。起きれるか? 病院行くぞ」
「あはははははははっ!!!!」
私は、自分も彼も、服が破けて血が出ている光景に、もう笑いが止まらなくなってしまった。
痛い。足はめちゃくちゃ痛い。それなのに、私は笑えてしまった。
なんだ、死なないんだ。
これぐらいじゃ、死ねないんだ。
あれ、私何に悩んでたんだっけ? あれ、生きてるならそれでいいか? あはっ、なんだ笑えるんじゃん。あぁ、良かった。
私は、泣きたくなると、この本を手にとるようにしている。
大人になるにつれ、人前で泣くことができなくなった。泣いてしまったら、負けのような気がして泣けないのだ。しかし、私が大学時代、こうして怪我をして泣いたように、時たま荒治療でも、無理やり泣くことは大事なんじゃないかと思っている。
浅田次郎の「天国までの百マイル」。
この本は痛い。
めちゃくちゃ痛い。
しかし、きっと痛みがあるから、涙が出るし、泣いたから明日笑えるんだ。そう思う。
きっとあなたも、この本を読むと、最後には笑いながら泣いて、そして読み終わった後には、ぬるま湯に浸かった時のような気分になる。
私みたいに、怪我する前に、ぜひこの本を。
………
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