ふるさとグランプリ

その記事、ボクが書いたんです! と大声で叫びたい《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:塩 こーじ(ライティング・ゼミ)

 

ポストの前を大急ぎで離れようとした瞬間、庭先にいたおばさんから声をかけられた。

 

「ちょっとぉ~、チラシ入れないでくれる~?」

 

しまった、ブロック塀の陰に隠れていて気がつかなかったのだ。

 

きっとこの家の奥さんだろう。ずんぐりした体系のおばさんは、庭で水まきの途中だったのか片手に長いビニールホースを持っている。

 

「あのー、これチラシじゃないんですよ。「とくとくリビング情報」っていうフリーペーパーです。地域のイベントとか暮らしに役立つ記事もいっぱいのってますよ」

 

できることなら力をこめてそう訴えたかった。しかしおばさんはホースを片手ににぎりしめて、こわい顔で僕をにらみつけている。

 

水でも引っかけられたらたまらない。「分かりました」僕はおとなしく引き下がる。

 

「いま入れたやつもちゃんと持って帰ってよね」

 

おばさんに命じられるまま、僕はすごすごとポストの口に手を差し入れた。二つ折りにされた「とくとくリビング情報」を引っ張り出す。

 

なるほど、たしかに紙面の半分近くはリフォームやダイエット食品の広告で占められており、ちょっと見にははた迷惑なチラシでしかない。

 

でも、一面に載っている地元公民館主催の「ふれあいフェスティバル」の記事はこの僕が書いたものなのだ。ほんの800字ばかりの告知文だけど。

 

おばさんはうさんくさそうな顔のまま、僕の一挙一動を監視している。

 

「次からは入れませんので」そう言い残し、急いでチャリンコにまたがってペダルを踏み込む。

 

あわてて走り出し、前カゴに山と積んだフリーペーパーの重みでバランスを崩しかける。あやうくチャリンコごとひっくり返りそうになった。

 

 

 

「とくとくリビング情報」で記事を書かせてもらうようになってもう長い。

 

このフリーペーパーではライターだけでなく、各家庭への配布を担当するスタッフも常時募集している。

 

決められたエリア内のお宅を一軒一軒まわり、ポストに「とくとくリビング情報」を投かんする仕事だ。

 

取材したり原稿を書く以外は昼間わりとヒマなので、僕もこの配布スタッフをやってみようと思いたった。

 

はっきりいって定年退職して時間をもてあましてる人が片手間にやるような仕事だ。ギャラだって年寄りのおこづかい程度の額にしかならない。

 

ま、カネはあくまで二の次で、日ごろお世話になっている「とくとくリビング情報」さんに少しでも協力できれば、とカッコをつけたわけだが。

 

配布をおこなうことで読者ひとりひとりの顔が直接見える、これってジャーナリズムの基本だよなとか、ガラにもないことも考えたりして。

 

でもいざ始めてみると、単調で面白みのない作業にさっそく嫌気がさした。

 

「とくとくリビング情報」は週1回発行。僕の受け持つエリアはおよそ500軒。

 

代わりの人はいないので基本的には毎週休めない。

 

そして始めるまでは知らなかったが、配布じたいよりも大変な作業が、もうひとつあった。

 

 

 

毎週月曜の夕方、「とくとくリビング情報」社の人がワゴン車で家にやってくる。

 

「こんにちわー」と言いながらワゴン後部のスライドドアを開き、「とくとくリビング情報」本紙と、そのほかに折り込みチラシの束をふたつみっつ、玄関先にどさどさ置いていく。

 

ひとつの束の厚さはゆうに百科事典2,3冊分はあるだろう。

 

「あー今週はチラシが4種類か。ちょっと多いなー」

 

などとぼやきながら僕はチラシの束を横一列に並べ、1部ずつ順に「とくとくリビング情報」本紙へ挟みこんでいく。

 

そうなのだ、チラシみたいなフリーペーパーには、さらに本物の折り込みチラシがセットになっているのだ。

 

そのチラシを一部一部、手作業ではさみこむのは配布スタッフの仕事だった。

 

折り込み作業はおもに夜。ふた晩、三晩ぐらいは軽くこの地味な単純作業でツブれてしまう。それが終わると週の後半から配布作業。毎週そんな流れで過ぎていく。

 

どうせこんなチラシ同然のフリーペーパー、ほとんどの家は目も通さずに紐でくるんでチリ紙交換に出してしまうだろう。

 

苦労して書いた僕の文も、きっと誰にも読まれていないのだ。そう思うと記事を書くにも力が入らなかった。

 

「仕方ない、弱小メディアだからな」……僕はいつからか、自分が仕事をしている媒体にすら誇りを失いかけていた。

 

 

 

フリーペーパー配布の仕事にもいいところはある。

 

究極の職住接近、通勤時間がかぎりなくゼロに近いところだ。なんせチャリで自宅を出たらもう仕事開始なのだから。

 

とはいえ隣り近所にこんな副業をしてることはあまり知られたくない。ただでさえ不要なチラシを配ってまわっていると思われ、白い目で見られがちなのだ。

 

ポストに入れたら逃げるようにその場をあとにする。はた目には各家(いえ)をまわってピンポンダッシュを繰り返している不審者だ。近所のウワサになってしまう。

 

それにしても30年以上ここに住んでいるけれど、こんなに路地一本一本まで足を踏み入れたことは今までなかった。

 

毎週のように配布でまわっていると、自分の知らなかった地元の素顔が浮かび上がってくる。

 

まず気がついたのは空き家の多さだ。

 

見た目はそれほど荒れていないので、ちょっと見には気づかない。だけどよく見ると、庭が雑草で埋もれていたり表札がはずしてあったりする。

 

まあそれぞれの家で事情はあるのだろう。子どもたちはみんな家を出てしまうし、残った老夫婦だってやがてはいなくなる。

 

にしても、地元の衰退ぶりをひしひしと肌で感じてしまう。

 

今まであったはずの家が急にとりこわされ、跡形もなくなっていることもある。あとには妙にすっきりとしたさら地だけが残っている。

 

それを見て初めて、あ、ここ誰も住んでなかったんだと気づかされたりする。

 

もしかしたら近所の家はぜんぶ無人で、誰もいないゴーストタウンに自分たちだけが知らずに暮らしているのかもしれない。ホラー小説みたいでちょっとこわい。

 

僕が都内に通勤している埼玉都民だったら、こういう地元の実情は知らずじまいだったろう。むしろ忙しさを理由に目を向けようとせずにいたかもしれない。

 

でもフリーペーパーの配布を始めて、まぎれもなく自分がこの土地で暮らしていることを実感した。当たり前のことをこんなに強く意識したのは、30年以上住んできて初めてだった。

 

 

 

そろそろ夕方も近くなるころ、配布をしていると、学校帰りの小学生たちとすれ違うことがある。元気な声が静まりかえった路地裏に響きわたる。

 

通りに面した台所の窓から夕飯の匂いが流れてくることもある。子どものころの感覚がよみがえってくる。あのころの自分と現在の自分とがひとつにつながった感じがする。

 

とある家の庭先で、人のよさそうなおじいさんが、何をするでもなくぼんやり植木を眺めている。

 

気づかれぬよう、ポストにそっとフリーペーパーを入れ、立ち去ろうとするが、運悪く目が合ってしまう。

 

しかたなく「とくとくリビング情報です。よろしくお願いします」と、ひとこと声をかける。

 

おじいさんは「ご苦労さん」と人のよさそうな笑みを浮かべた。

 

めったにないことだけど10人のうち1人ぐらいはこんな人がいるのだ。

 

こんなときは直接手渡しのほうがいい。僕はポストの口から「とくとくリビング情報」を抜いて、おじいさんに渡す。おじいさんは「楽しみにいつも読んでるよ」とにこにこしながら受け取ってくれた。

 

なんという奇特な方だ! 僕は感激して

 

「ここ、ここに出てる記事、これ僕が書いたんですっっ‼」

 

と、おじいさんの目の前に自分の記事を広げてみせ、その手を強く握りしめたくなってしまう。実際にはそんなことはしないけれど。

 

どうやらこのフリーペーパー、全部が全部、読みもしないで捨てられているわけではないらしい。少し心が軽くなる。

 

その場を立ち去ろうとして、おじいさんの名を知りたくなり、家の表札を探してみる。

 

門柱の表札ははずされていた。セメントがむきだしの四角いくぼみだけが残っていた。

 

あわてて塀の中をのぞきこむ。

 

いましがた言葉をかわしたおじいさんの姿はどこにもない。

 

並んでいる植木鉢はどれも空っぽだ。伸び放題の雑草の上に、僕が記事を書いたフリーペーパーが、風に吹かれたように舞い落ちていた。

 

 

***

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