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1990年のバスケットボール


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
 
記事:中島宏(ライティングゼミ平日コース)
 
「お父さんの出た高校を第1志望にした」
中学3年の息子が進路相談のあった日の夜にそう言ってきたとき、何が嬉しかったかというと、息子が自分の高校を目指してくれるということよりも、卒業式以来20数年行っていない高校にもう一度行けるかも知れないということだった。
「それはいい!」
早速、母校のホームページを探して親が参加出来る学校説明会の日程を調べだした。息子と妻はちょっと呆れている。卒業して四半世紀。一度も訪れたことのない母校。こんな時にでも行っておかないと、おそらくもう二度と訪れる機会はない気がする。どうしてもあの場所にもう一度行ってみたい。
 
ぼくが高校生だったのは1987年から1990年。ちょうど年号が昭和から平成に代わった時期で、世はバブル経済真っ盛りの頃だ。
また、その時期は空前のバンドブームといわれる時期でもあった。
高校に入学した1987年はボウイが解散した年でもあり、ブルーハーツやユニコーンがデビューした年でもある。ロック小僧のバイブル雑誌「ロッキングオンジャパン」も創刊され、「バンドやろうぜ」、「イカすバンド天国(通称イカ天)」、そんな雑誌やテレビ番組に囲まれた高校生たちは、自分たちにも出来そうな等身大のバンドというものに夢中になっていた。その頃どこの高校にも、その学校の氷室京介や甲本ヒロトや奥田民生がいたはずだ。
 
ぼくも例に漏れず高校時代はバンドに夢中になった。軽音楽部に入って、楽器を買い、バンドを組み、スタジオに入って練習すると、それだけでずいぶん大人になったような気がした。親や先生よりも、好きなバンドやミュージシャン、バンド仲間たちが世界の中心だった。
1987年、「未来は僕らの手の中」とブルーハーツは歌っていた。そんな歌を聞きながら、まだ何者でもなかったぼくたちは、未来は何者にでもなれると信じていた。なんとなく社会全体が浮かれているバブルの時期に、ただでさえ浮かれ気分の高校生。毎日が夢中で楽しくて、本当に未来は明るいと思っていた。そんな時期。
今、振り返ってみると、その頃の自分がちょっと恥ずかしい反面、眩しくて愛おしくて仕方がない。誰だってそうであると思うが、高校時代というのは格別だ。
 
 
それから20数年たった晴れた秋の日。息子の学校説明会の日。ついに卒業式以来、高校を訪れる機会がやってきた。当たり前だけどその頃夢に見たロックスターにはなっていない。小さな会社を経営している普通の中年のおじさんだ。普通のおじさん、高校に還るの巻だ。
ちょっとした緊張感のようなものもある。高校生の自分に会いに行くような嬉しいような恥ずかしいような、そんな緊張感。
 
母校は丘の上にあって、校門を抜けると校舎までに長い坂道がある。その坂道を登っているだけで、気分はタイムスリップした。見た目が全く変わっていないのだ。
息子が言うには、「この高校は施設や校舎が古いから、そこはあまり人気がないんだよね」とのことらしい。なるほど。でも在校生たちにはそれは残念なことかもしれないが、卒業生には古いまま残っているっていうのはとても嬉しいことだ。自分が通っていた頃と見事に何も変わっていない風景。懐かしさで胸の奥が熱くなる。
 
体育館で1時間ほど、教師や生徒会による学校の説明があり、その後、数十人単位のグループに分かれて、在校生が学校の中を案内して回ってくれるという事になった。この時間を待ちに待っていた。これで懐かしい場所をくまなく回れる。
 
実は今回、ひとつ目的があった。
 
軽音楽部の練習部屋は学校の中でも一番奥の校舎、さらにその中でも一番端の視聴覚室だったのだが、その裏庭に卒業式の日にあるものを隠したのだ。
隠したものはバスケットボール。
 
その頃、視聴覚室での練習はバンドごとに時間が振り分けされていて、自分たちの練習時間を待つ間はいつもその裏庭で、バンドメンバーとバスケットをして時間を潰していた。
裏庭の隅には、もう使われていないような古い排水口の後があった。排水口後は古くて汚れた薄い鉄板で覆われていたのだが、それを開けるとちょうどバスケットボール1個を隠すぐらいの小さな穴になった。その穴にバスケットボールを毎日隠していたのだ。全然目立たない場所なので3年間、一度もそこに隠してあるバスケットボールが見つかることはなかった。
そして卒業式の日、バンドメンバーみんなで、そのバスケットボールにサインをして、その穴にそのまま置いてきたのだ。サインの他にも何か言葉も書いたような気がする。ちょっとしたタイムカプセル気取りで。
今回、20数年ぶりに高校に入れるとわかった時は、そのバスケットボールのことがまず一番に頭に浮かんだ。バスケットボールがまだそこにあるのか、ぜひともこの目で確かめてみたい。
 
在校生の女子高生2人に案内されて、各種教室、ロッカールーム、渡り廊下、プール、柔道場などを順番に回っていく。ほんとうに時間が止まっているかのように昔と全く変わっていない。こんなに古いまま温存されているということは、あのバスケットボールもそのまま残っているんじゃないだろうか。期待値がぐんぐん上がってくる。
 
そして、ついに一番奥の校舎まで来た。視聴覚室だ。
「ここは映画上映などをする部屋なのですが、普段は軽音楽部の練習部屋になっています」
案内担当の女子高生が説明する。この教室も何も変わっていない。懐かしさで胸が締め付けられそうになる。
そして窓から、裏庭を覗いてみる。いつもバスケットボールをしていた場所だ。今は誰もいない。その裏庭の隅に小さな木の茂みがあって、その茂みの向こうにボールを隠した排水口後があるはずだ。じっとその茂みの向こうを見つめる。そのあたりも何も変わっていない。バスケットボールはまだそこにあるとしか思えなくなってきた。
 
「それでは次は、図書室にご案内します」
視聴覚室から図書室へと案内の列が移動していく。
一緒にいた息子に「ちょっとだけ、あっち行ってくる」と裏庭を指差して小走りで裏庭に移動する。不審に思われ案内役の生徒や他の父兄に止められるかも知れないと一瞬思ったが、幸いにも列を抜けたぼくに気づく人は誰もいない。
 
木の茂みに入る。その当時より更に錆びた鉄板に覆われた排水口後があった。これも20数年前と何も変わらない。昔のままだ。胸がドキドキしてきた。ついにタイムカプセルを掘り当てるのだ。
しゃがんで、鉄板の蓋を横にずらず。錆びた蓋はとても軽く、簡単に横にずらずことが出来た。鉄板の向こうに、その当時を思い出す小さな穴が現れた。期待に溢れ、中を覗いてみる。しかし、中には何もなかった。からっぽだ。穴の底に落ち葉が数枚あるだけだった。
 
それは正式なタイムカプセルではない。そのバスケットボールはぼくらが勝手に置いてきたものだ。いくら使っていない排水口だからと言って、勝手にそこにものを隠すなんて、どちらかというとあまり褒められたことではないだろう。だからバスケットボールがそこになくても、誰にも文句は言えない。当然のことだ。
でも、意外なのだが、ぼくはボールがないことがわかっても全然、がっかりはしなかった。確かに蓋を開ける前は「あってくれ!」と思ったのも事実。でもその次の瞬間、ボールがないことがわかっても、悲しくも寂しくもなかったのだ。
「やっぱりないか、同然だよな」と少し微笑むほどに、さっぱりとした爽やかな気分がしたぐらいだ。
 
この自分の中に起こったさっぱりした爽やかな気持ちは少し意外だった。
小走りで、図書室に向かおうとしている案内の列に戻りながら、この爽やかな気持ちがどこから来るのかを考えてみた。
たぶんこういうことだ。
過去は過去なのだ。高校時代の思い出は貴重で愛おしい。最高の時期だ。忘れがたい美しい思い出だ。それは間違いない。でも、それでいい。それだけでいい。何か形が残ってなくてもいいのだ。実際、この場所に今日、訪れただけで匂いや空気、それに音を堪能できた。それだけで満足だ。
 
それより、大事なのは今も昔も変わらず未来だろう。人生の中間地点とも言える40歳半ばに差し掛かり、もしかしたら未来よりも過去の時間の総量の方が増えてきたかも知れない。そうなるとどうしても未来を夢見ることよりも過去を振り返りがちだ。今日、ここを訪れたのもその気持の現れだろう。でも、まだまだ早い。人生は未来を夢見ることでしか進んでいかないのだ。
「未来は僕らの手の中」ブルーハーツはいつだって間違っていない。過去は手放していくべきだ。手の中にあるのは現在と未来だけでいい。卒業式に隠したバスケットボールが影も形もなかったことは、そのことを再確認させてくれた。
 
「お前、本当にこの高校に入るのか?」
列に戻って、キョロキョロ周りを眺めながら歩く息子に尋ねる。
「うん、すごい自由な学校らしいから、やっぱりここにする」
「確かに、自由な校風なのは間違いないな。それはお父さんが断言する」
笑ってそう答える。息子にはここで学び、そして未来を手にしてほしい。
29歳年の離れた母校の後輩となる息子に負けずに、自分もまだまだ未来を夢見続けないといけないな。数年ぶりに訪れた母校の校舎の空を見上げて、そう思った。
どこからかバスケットボールをドリブルする音が聞こえるような気がした。
 
 
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2017-12-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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