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鳥の名前を知ることは《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:青木文子(プロフェッショナル・ゼミ)

「だって、スズメしかいないよ~」
「カラスはいるけど、ほかに鳥なんているの?」
そう口々に言う5人の子どもたち。20年前、東京のとあるフリースクール。1年生たった1クラスでの始まりで、最初に入ってきたのは小学1年生の子どもたち。

私はそのフリースクールのスタッフをしていた。フリースクールは多摩川の近くで、私はよく多摩川の河原を散歩していた。河原というのは、よく見てみると、とても表情が豊かな場所だ。春にはヤブの草木からプチプチと黄緑色の新芽が出ている。秋には、葉っぱが赤や黄色に紅葉した背の低い茂みが並んでいる。

そのフリースクールで、私はそのクラスの担当ではなかったが、よく覗きに行ったり、時には授業をしたりして、子どもたちと仲良くなって行った。そしてある時、どんなきっかけだったかは忘れたけれど、子どもたちと鳥の話をした。その時に子どもたちが返してきた言葉が冒頭の言葉だ。

「だって、スズメしかいないよ~」
「カラスはいるけど、ほかに鳥なんているの?」

子どもたちの言葉を聞いて思った。
「そうか、見えていないんだ」
子どもたちの目には確かに周りの鳥はそれだけしか映っていなかったのだろう。

多くの大人も同じぐらいの感覚かもしれない。でも実は私達の身近に鳥はたくさんいる。どのくらい沢山いるかと言えば、例えば鳥が多くなる冬の時期。多摩川の河原を歩いてみると歩く時間帯にもよるが、鳥は何種類ぐらいみられるか。おそらく軽く20種類の鳥を見ることができるのだ。姿を見せない鳴き声だけの鳥を入れたら30種類はいくだろう。

私は鳥が好きだった。好きが講じて高校時代から鳥を見始めて、大学時代は生物同好会というサークルに入り、鳥班班長をしていた。大学時代は埼玉の狭山丘陵の鳥の調査を毎週手伝っていた。

「鳥を見るってさ、楽しいんだよ。一緒に散歩しながら見に行かない?」
私は子どもたちに提案をしてみた。
子どもたちは「え~鳥なんているのぉ?」と言いながらも、一緒に散歩がてら鳥を定期的に観に行くようになった。

私は鳥調査のバイトもしていたので、鳥をみる、見つけるのはそんなに難しいことではなかった。「チッ」とか「ツッ」と一声でも鳴いてくれれば、どの種類の鳥が、どのあたりにいるかはだいたいわかった。鳥の位置がわかると、準備をする。三脚を方からおろして、セットする。鳥をみる長いレンズの望遠鏡のような単眼鏡をその三脚をつける。単眼鏡を動かして、その視野の中に鳥を入れる。すると、待ちかねたように子どもたち「ぶんちゃん、みせてよ!」と代わる代わる覗き込んで歓声をあげる。そんな散歩をするようになったのだった。

多摩川には沢山の鳥がいた。冬の河原のヤブでみつけたルリビタキ。なんとか単眼鏡の視野に入れて、子どもたちが覗き込む。「すごい!めっちゃきれい!」「か~わいい~」「あ、ほら、こっちみたよこっち」
いつも同じところにとまるジョウビタキ。黒の頭と鮮やかなオレンジ色が綺麗だ。「あ、今日もいた!」「きっとぼくたちをまっていたんだじゃない?」
空高く大きく円を描くトビ。「うぁ~、かっこいい!」「おれ、とび好きだ~」

正直、鳥を見に行くことに反対しているスタッフもいた。理由はこうだ。そのフリースクールでは子どもたちの感性を大切にしている。それなのに鳥の名前という、知識を教えることはどうなのか、と言われたりした。「ぶんちゃんは(私はぶんちゃんと呼ばれていた)、知識偏向なんじゃないの」というスタッフもいた。

その時は反論はしなかった。でも心のどこかで、違う、知識を伝えているんじゃない、もっと大事なことが子どもたちの中で動き出している、そんな風に感じていた。

しばらく散歩を続けていく内に、子どもたちが鳥のことを話題にするようになってきた。
朝、顔を合わすと「うちの近くでヒヨドリをみたんだよ。ヒーヨヒーヨって波みたいに飛んでいったよ!」と嬉しそうに報告してきてくれたりする。
「カラスってさ、ぶんちゃんのいってた、くちばしの太いのと細いのがいるじゃない。ボクの家の近くのカラスをじっと見ていたら、くちばしが細かったよ」と観察したことを伝えてくれる。
「ジョウビタキってすきだな~、あのオレンジ色が大好き」そんな風に言う子もいた。

その子どもたちが鳥の話をする目の輝きをみていると、その子どもたちの世界に、いくつもの鳥たちがイキイキと息づきはじめていることが伝わってきた。少し前までは、鳥ってスズメかカラスしか、いないと思っていた子どもたちなのに。

鳥の名前、物の名前を知ることは知識を学ぶことだろう。例えば学校で歴史上の人物を暗記すること、植物の名前を覚えること。それは知識だ。でも、こうともいえないだろうがか。そのものの名前を知ることで、その名前を得たものはその人の世界の中ではじめて「存在」し始めるのだ、と。

「はじめに言葉ありき」という文で聖書ははじまる。言葉があって、そのものが存在する。この文章を借りて言えば、名前とは言葉だ。名前があってそのものが存在する。その鳥の名前を知らない人にはその鳥は存在しない。子どもたちの目の中に、カラスとスズメしか映らなかったように。でも、子どもたちが鳥の名前を知った時に、その子どもたちの中にその鳥たちが存在し始めた。

名前を知ること。しかも、それを自分の身体を通して感じた感動と共に得ること。そのことはその人の世界をひとつ鮮やかにし、ひとつ豊かにしていくことなのかもしれない。あの時の子どもたちはもう20歳を越えた。どこかでまたかつてみた鳥をみることがあるだろうか。どこかでその鳥の名を聴くことがあるだろうか。「あぁ、その名前ってどこかで聞いたことがある。どこだったかな。思い出せないけれど、なんか懐かしいな」

あのとき、その鳥の名を知ることで、その子の世界はひとつ豊かさを増したのだ。名前を知るということは、それがその人の世界の中に存在し始めるということ。名前を知るということは、世界の豊かさがひとつ、その人の前にその扉をあけたと言うことだと言えないだろうか。そして一度存在したものは、その人一部になって、その人の世界を豊かにし続けてくれるのだ。

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2018-04-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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