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私に必要だった穴《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:久保明日香(プロフェッショナル・ゼミ)

ヘアスプレー、カセットコンロ用ボンベ、噴煙式の殺虫剤……。こららをゴミに出す際、私の住む自治体では缶に穴を開けてから廃棄に出さなければいけない。その一手間が面倒で、ゴミ箱に溜め込んでいたのだが、いよいよいっぱいになってきた。そこで重い腰を上げ、大量の缶が入ったごみ袋と共にベランダに出た。一つ一つ、道具を使って穴を開けながら
「ガス抜きって缶に限った話じゃないんだよな」と私は過去を振り返っていた。

「ガス抜き、できてる? 話だったらいつでも聞くからね。なんてったって久保ちゃんの倍は生きてるから。それに、経験は豊富だからね」
私にはこのように定期的に声をかけてくれる上司がいる。彼女は波乱万丈な人生を送っており、学生時代の挫折、結婚、離婚……と話を聞くだけで一ネタも二ネタも書けそうなほどだ。彼女の言う“ガス抜き”とは日頃の不満や愚痴を聞くこと。必要であればアドバイスもくれるのである。そんな器の大きい彼女は得意先の担当営業からも慕われており、社内だけでなく社外のガス抜きまで行っている。

2年ほど前のある日の昼休み、私は彼女に恋愛相談に乗ってもらっていた。

当時、私には付き合って3年になる彼氏がいた。結婚を視野に入れ付き合ったのだが彼の方からは一切そんな素振りが感じられず、私はどんどん年を取るばかり。「女の子は若いほうが価値がある」という一般的概念に怯え、悩みを打ち明けていた。

「なるほどねー。でもね、結婚したら大変なこともあるし、今の自由な時間にできること、やってたほうがいいよ? 新しいことを始めたら気分転換になるかもしれないし。何か興味があることとかやってみたいこととか、無いの?」
興味があること……か。考えを巡らせていると上司の耳のきらっと光ピアスが目に入った。
「あー、学生の頃からずっと、ピアスあけてみたかったです」
「いいじゃない、ピアス! 開けたら?」
「でも今更な感じしません? もう20代後半ですよ?」
「何言ってんの! 私なんてピアス開けたの、40過ぎてからよ? 全然遅くないって。それにもし、開けなきゃよかったって思ったら、最悪穴を塞げばいいでしょ。お洒落に幅が出て魅力もアップするかもよ」

そしてその週末、私は皮膚科の前にいた。

元々、ピアスに憧れがあった。初めて同年代の人がピアスをしているのを目にしたのは中学校の頃だった。いわゆる“派手なグループ”に分類されているちょっぴり不良じみた女の子たち。彼女たちは学校に来るだけなのに化粧をし、アクサリーを付け、制服を着崩して登校してきていた。先生に何度注意をされても毎日同じ格好で登校してくるその様には感心してしまうほどだった。そしてその自由奔放さをどこか羨ましく思う自分がいた。というのも私は超がつくほど地味な生徒だったからである。
金太郎を彷彿とさせるおかっぱの黒髪に学校指定の白のソックス。スカートの丈はひざ下で校則をきっちりと守っていた。授業中は分厚い分厚いレンズの眼鏡をかけており、絵に描いたような地味度合いだった。だが一応私も女子。お洒落をしたい! という思いもあった。だけど私には勇気が足りなかった。一歩踏み出してイメチェンをし、学校に来ることで目立ってしまうのも嫌だった。私にできないことを毎日平気でやってのける彼女たちはのびのびと生きているように見えたし、とてもかっこよかった。

高校生になってコンタクトデビューをし、少し制服を着崩してみた。小さいことに見えるかもしれないけれど私にとっては大きな一歩だった。幸い、風紀に関して口うるさく言わない高校だったので怒られることもなかった。少し変わった清々しい気分で高校生活を過ごすこと1ヶ月。部活動とクラスが同じことから仲良くなったユカがある日突然、ピアスを開けてきた。

「あれ? ピアス開けたの!?」
そう問いかけるとピースサインを突き出し、
「元々開けたいと思っていたので頑張って開けてみました! 皮膚科へ行って開けたので入学祝い使っちゃったけど、薬もらえたし、ついにピアスデビューです!」
と言いながら耳をこちらに向けてくる。ユカが1つ大人の階段を登った、そんな気がした。

しかし2~3日後、登校してきたユカは明らかに元気がなかった。何があったのか気になってユカのところまで行ってみると彼女の耳たぶが真っ赤に腫れて膿んでいた。
「ユカ! 耳、どうしたの。大丈夫?」
「ピアス、やめといたらよかった……」
ユカは面倒くさがりだった。皮膚科から毎日塗るようにと言って渡された薬を塗るのをさぼっていたら菌が入って膿んでしまったとのことだった。ピアスがあいているのは傍からみればお洒落に見える。だけど体に穴という傷をつけ、傷が塞がらないように固定するのは体にとってはよくないのかもしれないね、とユカと話をしていた。
すると隣から別の友人が会話に加わってきた。

「ピアス? 私これ、3つ中2つ、自分で開けたわよ。ピアッサーでカシャって」
話に加わってきたのは既に耳に3つ穴があいているマドカだった。
「弟が中学の時に、ピアスを開けたいけど自分で開けるのがこわいから手伝ってくれって言ってきて。私だってやったこと無いけど、母親に言ったら止められるだろうし、皮膚科に行くには保険証は母親が管理してるし。そこはもう姉として頑張るしかないかなって」

当時、弟もマドカもまだ中学生だったそうだ。だが2人でピアッサーを買いに行き、説明書を読んで氷を用意し穴をあけたそうだ。なんとまぁ度胸のある姉弟だなぁと感心した。

「痛いと思われがちだけど結局耳たぶって神経が他より通ってないから意外といけるなって印象だったよ、私は。一応安定するまでは毎日化膿止め塗ってたけど全然大丈夫だったけど……?」
しかしカシャンと穴を開ける瞬間は手で肉を突き刺したような感触が残ったそうだ。
「あれは、いい気分はしなかったなぁ……」
苦いものを口に含んだかのような顔のマドカを見て私とユカは少し怯えていた。

ピアスを開けてみたい。でも、こわい。自分がマドカのように平気なのか、ユカのように菌に悩まされるのかどちらに転ぶかがわからない。結局、高校生、大学生のときは決心ができず穴を開けるのを見送った。社会人になって覚悟を決めて開けよう思ったが就職した先は食品メーカー。更に配属された部署が直接食品に触れる部署だったのでピアスがNGだった。そうしてタイミングを逃し続け、20代後半まできてしまったのである。

でも、上司に背中を押された私は、今やりたいことをやろうと思った。

そう思って皮膚科の扉を開けた。
「あの、ピアスを開けたいんですけど」
「はい、ではこちらの問診票に記入をお願いします」
そう言って問診票を渡された。皮膚科に来るのは久しぶりだ。昔はよく皮膚がかぶれて炎症を起こし、皮膚科にはお世話になった。それ以来だろうか。その時は気が付かなかったが、待合室を見渡すと壁には“ピアスをあけるなら皮膚科で!”という年季の入ったポスターが貼っており、キラッと光るシルバーのピアスをした女の人がこちらを見ていた。

「久保さん、どうぞー」
処置室へ入るとまず初めに諸注意を受けた。
「最初の3ヶ月は皮膚科支給のピアスを付けてください。市販で売っているお洒落ピアスはできないので我慢してくださいね。その期間、人によっては膿んだり痛かったりすることがあるので違和感があったらすぐに皮膚科に来てください。あとは……万が一、穴が安定していない状態でピアスを髪や服にひっかけて耳たぶを真っ二つにしてしまうと二度と引っ付かない可能性がありますので注意してください」

耳たぶ真っ二つの可能性? 想像以上の痛い話に怯える私を見て
「大丈夫。たまにしかそんな人いないから。じゃあ隣の部屋へ移動してください」と言ってくれたのだが私の緊張と不安は拭いきれないままだった。

「鏡を見て、ピアスを開けたい箇所にマジックで黒い点を打ってください。そこめがけて刺しますからね。ポイントは、鏡で見た時に左右対称になっていることかな。左右で耳たぶの大きさが違うので見た感じ綺麗になるようにしてくださいね」
看護師さんが優しく説明をしてくれる。慎重に自分で耳たぶに“アタリ”を付ける。

付け終わって待つこと数分。部屋に先生が入ってきた。
「はい、じゃあいきますよ~」
手にはベージュ色のホッチキスくらいの大きさの器具を持っている。その器具をそっと耳に当て先生が器具を握った。

ガシャン、という音が静かな処置室に響いた。
耳たぶが次第にじーんとしてくる。少し熱を持っているが痛くはなかった。
「じゃあ反対もいきますよ」
私はもう片方の耳を差し出した。
「はい、終わりです。今、機械でガシャンってやったのと同時にもうピアスがはまっていますので。あとは毎日の手入れの仕方をお伝えするので看護師さんの指示に従ってくださいね」
渡された鏡を見ると両耳にキラリと光るピアスが入っていた。思っていたよりあっけなかった。

代金を支払い皮膚科を出たその瞬間、強い風がひゅうっと私の前を通り抜けていった。

ちょっとすっきりしたかも。

両耳に穴を開けた、ただそれだけなのに私の中で溜まっていた濁った気が耳たぶの穴から出ていったようだった。というのもピアスを開けたその後、運気が巡り始めたのである。

ピアスを開けた一週間後、友人に誘われてスポーツジムの体験に参加することになった。上司の「新しいこと始めてみたら?」という言葉も頭のどこかにあったのかもしれない。いざ参加してみると友人よりも私の方がはまってしまい、入会手続きを済ませた。そのジムに通い続けることで体も引き締まり、代謝もよくなって以前に比べて風邪を引くことがなくなった。

そしてもう一つ。プロポーズを受けた。
相手は例の3年付き合っている彼氏。穴を開け、新しい趣味、体を鍛えるということにも巡り合い、自分のやりたいことをやろうと思った矢先、プロポーズを受けたのだ。もちろん、即OKをし、その日から指輪を買いに行ったり、彼の両親に挨拶へ行ったり、式場見学へ行ったりと今までに経験したことのない新しいことを経験することになった。

2つの穴から新しい風が私へと流れ込んできたのである。偶然なのかもしれない。でも、「ほら、ピアス開けてよかったでしょ?」と上司に言われるとすべてはこの穴のおかげなのかもしれない、そんな風に思ってしまう。今後の人生だって、仕事をして家に帰ってご飯をつくる……そういった短調な日々が待っている可能性だってある。だからもし、そんな日が来てしまったらもう一つ、どこかに穴を開けてみてもいいかもしれない。

そんなことを思いながら缶に穴を開け続けているとベランダがガラッと音を立てて開いた。

「何してるの? ストレス? ご……めん?」
と例の彼が怯えた顔をのぞかせる。私たちは半年前に結婚式を終え、小さな1DKのマンションに暮らしていた。
「違う違う。缶のガス抜きしてただけだよ。あ、そうだ。数年後、いや、数十年後に私の体に穴が増えていったら、怯えるんじゃなくて、穴だらけじゃんって笑い飛ばしてね」
そう言うと、彼はどういうことだろうと眉間にしわを寄せていた。

できればもうこれ以上穴を増やしたくはないけれど、また躓いたときは穴を開けて、人生の流れを変えればいい。そしていつか、この“リアルガス抜き”のネタばらしを彼にしなければいけないな、そんなことを思った。
***

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2018-05-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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