メディアグランプリ

煙になった父


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記事:千葉美紀(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「来るときは馬に乗って早く、帰るときは牛に乗ってゆっくりね」
こどもの頃、親戚の誰かが教えてくれた。お盆になると、キュウリとナスを使って、馬と牛を作った。ご先祖様がキュウリの馬に乗って家に帰り、あの世に戻る時は、ナスの牛に乗っていくという。作り方は簡単だ。それぞれの野菜に、つまようじを4本さして、足にする。バランスを取りながら、倒れないように気を付けて。父が亡くなったのは、20年以上前のことだ。それからは、お盆に祖父母の家で作っていた馬と牛を、自宅で作るようになった。
 
当時の記憶はもうはっきりしていない。私は中学生だった。父は亡くなる数年前から、入退院を繰り返していた。仕事で不在がちだった父だが、自宅で休んでいる時間が増えた。病気療養のためだが、父にとっては、退屈な時間だったようだ。家にあった本や漫画を読みつくした。ドラゴンボールのコミックも、父が5冊、10冊とまとめ買いして集めていた。
 
一番驚いた暇つぶしは、ぬいぐるみを集めての、学校ごっこだ。家には、父がパチンコをして獲ってきたぬいぐるみがたくさんあった。こどもの頃、わたしがそんな遊びをしていたのかもしれない。学校から帰ってくると、父がぬいぐるみに成り代わって書いた絵やテスト答案が置いてあった。犬さんは100点で、ねこちゃんは70点……。意外と面白い遊びだとは思うけど。インターネットやスマートフォンがない時代。仕事人間だった父は、どんな気持ちで過ごしていたのだろう
 
家で仕事の電話をしている時は、怒った口調が多かった。自分で動けないもどかしさ、だろうか。最後の入院の時には、起き上がるのも大変な状態だった。それでも、仕事関係の人がお見舞いに来た時は、むくっと起き上がり、自分は大丈夫だと見せようとしていた。
 
家でも、入院中でも、父の愚痴は聞いたことがなかった。一度だけ、「もうだめかな?」と言ったことがある。ガンで病名を知らされていなかった父は、自分のこれからが不安だったのだと思う。「だめかな?」で、娘の反応をうかがっているように思えた。その時、自分がどう答えたのか、覚えていない。何も言えなかったように思う。私自身も、父のその先を知らなかった。どう答えてあげるのが正解だったんだろう。
 
亡くなる前の数か月間は、親戚、友人など、たくさんの人が父に会いに来た。母が、もう会えなくなるかもしれないと、知らせていたからだ。そんな状況でも、私は父が死んでしまうとは、思っていなかった。受験や学校のこと、自分の身の回りのことで精いっぱいで、実感できなかった。父は入院したまま、意識のある時間がだんだんと減り、3月のある日に息を引き取った。
 
父が亡くなって、青森県に住む祖父が訪ねてきた。父の父だ。祖母は、体の調子が悪くて来れなかった。祖父は、小柄で無口な人だった。
「今、煙になって、青森に帰ってるんじゃない?」
火葬が終わるのを待つ間、そんなことを話していた。祖父は頷いて、ぼそっと、
「高速に乗れば、早いな」
と言った。洒落だったのだろうか。父が煙になって、高速道路に乗って、実家へ帰るだなんて。とても良い考えだと思った。
 
父は煙になって、灰と骨が残った。お坊さんが、のどぼとけは、拝んで手を合わせているような形だと教えてくれた。みんなで、大事に骨を拾った。家族の一人が亡くなった。もう会えないし、話もできない。私が感じたのは、父が単身赴任になった時のような寂しさだった。ただの現実逃避かもしれない。ここにはいないけれど、遠いどこかにはいる、という感覚。幽霊が怖いと思っていたが、その頃から怖くなくなっていた。
 
今年、ついに父の生きた年齢を超えてしまう。これまでは、残される側だけだったが、先に死んでしまう側のことも考えるようになった。父の心は知るよしもないが、道の途中で亡くなる口惜しさは、想像できる。私も今はまだ死ねない。子供達がどんな大人になるか知りたいし、どんな人と結婚するのか興味がある。子供より孫が可愛いっていうけど、ほんとかな。知りたいこと、教えていこと、やってみたいことが、たくさんあるんだ。
 
人の寿命は分からないから、毎日を大切に。死ぬ前に、もう思い残すことはない、なんて言えたらいいけど。難しそう。
「最後に大好きなお肉を食べたかったけど、楽しい人生だったから、まあいっか」
このくらい言えれば、良い感じかな。
 
今年もキュウリの馬とナスの牛をつくろう。お急ぎのご先祖様は、高速道路へどうぞ。

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2018-08-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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