【そろそろ時効だし暴露してもいいかな】誰からも信頼されなかった指導者が、最高のチームを作り上げることができたたった一つの理由《海鈴のアイデアクリップ》
「お前らは、史上最低最悪のキャストセクションだ」
ああ、これで何もかも終わった、と思った。
きっと私は、この役職を解雇されるのだろうな。
だって仕方ないじゃん、経験がないんだし。もっと実力がある人がやればいいじゃないか。私がこんなことを言われる筋合いはない。
ぐつぐつ腹の中で煮えたぎる反論の思いを必死に抑えながら、一方で私は、この役職から解放されれば、もう何もこんなに苦しまなくていいんだとも思った。それができたら、どんなに楽になれるだろうと思った。
けれど結局、私は「断念する」という選択肢を選ばなかった。いや、選ばなかったのではない。「選べなかった」のだ。
そのころには、役者の演技・英語指導という役職の重みから抜け出すすべはもうどこにも残されていなかった。
***
四大学英語劇大会。一年に1度開催される、アジア最大の英語劇大会。
この大会がおこなわれるのは、たった一日だけ。その日に優勝することだけを夢見て、私は一年間のすべてを捧げた学生生活を送っていた。
ぜんぶで250人以上はいるであろう大所帯のサークルで一番上の学年になったとき、私は迷わず英語劇をやる道を選んだ。
理由は、簡単だった。下級生だったときに見た先輩が、一つのことを達成するためだけに一年間のすべてを捧げている姿が、とてつもなくカッコよかったからだ。
0から一つの作品を創り上げることができるのも、最高に楽しみだった。
舞台セット、小道具、照明や音響、さらには衣装までぜんぶ自分たちによる手作りなのだ。
頼りになるのは、一冊の台本だけ。
ただの紙の上にある物語が、自分たちの手によって現実になっていく行程ができたら、これ以上の達成感はないだろうと思った。大学生活で「これだけは成し遂げた!」と心から言える経験をしてみたかった私は、ほかのいろんなものが犠牲になるとしても、英語劇に一年を捧げていこうと誓った。
しかし、ふたを開けてみると、英語劇のセクションに残った私たちメンバーには圧倒的に足りないものがあった。
四大学英語劇大会の、役者経験者がいないのだ。
「役者の出来が、劇の出来の6,7割を占める」
そう言われるほど、劇における「役者」という役割は大きい。いくら舞台セットが劇団四季のような一流の出来栄えだったとしても、ステージに立つ役者がボロボロの演技をしようものなら、もはや見れたもんじゃない。
だから、役者の指導係には毎年必ず、下級生のときに舞台に立ったことのある人が就いていたのだ。
下級生だったとき照明をやっていた私からすれば、「役者」という生き物は別格の存在だった。ネイティブみたいに英語がペラペラで、体育会系みたいなハードな練習を毎日朝から晩までやっていて、容姿が良くて、自己表現が上手くて―――。
なかなか到底なれるもんじゃない。オールラウンダーでないと、その役割はつとまらない。だから、サークル全員250人の期待を背負い、その大会で役者として舞台に立つことは、ひとつの栄誉のようなものだった。誰もが、尊敬のまなざしを向けた。それが、「役者」という生き物だった。
結果として私は、その「役者」という生き物に英語を教える役職になった。
私たちの代には、残念ながら圧倒的に英語のできる人がいなかった。それは、私たちにとって大きな弱点だった。
当時、アメリカに留学していた私は、「いちばん英語指導ができるポジションに近いんじゃないか」「この組織全体にとって、プラスになるなら」そういう理由で、その係を二つ返事でオーケーした。
しかし、実際の役者指導は、なかなかうまくいったものではなかった。
もちろん発音は留学中から徹底的に勉強した。おかげで発音記号を見なくてもその単語がどういう発音なのか分かるようになったし、ひとつひとつの発音記号における舌の場所や動かし方など、細かい動きまでしっかりインプットした。
けれど問題はそういうことではなく、「役者経験のない私たちが、経験のある役者に教える」という構図自体に、私は最初から何か引け目のようなものを感じていた。
「私よりも何度も舞台経験のある役者たちに、一度もそれを経験したことのない人が指導をしなければならない」。始まってもいないのに、ただひたすらそれだけが怖くて、プレッシャーで、私は必死に勉強した。
実際に活動期間がはじまり、役者と一対一でコミュニケーションしながら教えるようになっても、私はいつもどこか焦っていて、不安で仕方がなかった。
「何年も外国で暮らしたことのある人が、たった10ヶ月しか留学していない人に英語を教えられるってどんな気持ちなんだろう?」
「役者経験がないくせに、エラそうに『こうした方がいい』などと指導するなんて、本当は心の中で不満を持たれてるんじゃないだろうか」
ぶっちゃけると先輩も後輩も同期も、私たちの力量に満足していなかった。「あいつらで本当に大丈夫なのか?」「あいつらに役者任せて、本当に優勝できんのか?」という声を何度も聞いた。けど、そんなこと自分が一番分かっていた。だからこそ誰よりも努力しなければならないことも。
外野からそんなこと言うなら自分がやればいいじゃん、とも何度も思った。けど、これは自分が選んだ道だから。「やりたい!」って言ったのは、自分だ。
なんとかして、この実力の差を埋めよう。そう思って、後輩の役者たちよりいかに準備をしてくるか、いかに適切なアドバイスをあたえてあげられるか考えた。
「こういう練習を取り入れたら、新鮮に思ってもらえるかも」「この視点でアドバイスをしたら、きっと今までにない新しいものになるハズだ」
こんなに頑張ってるんだもの、ぜったいに後輩たちは私たちを認めてくれるはずだ。そう信じて、ひたすら練習を続けた。
認められなきゃ、認められなきゃ、認められなきゃ、ミトメラレナキャ―――。
けれど、状況は一向によくならなかった。相変わらず、周りには心から実力を認めてもらっていないような気がしたまま、何か月も過ぎていった。いくら押しても押してもまったく手応えがなかった。
もういっぱいいっぱいだった。授業がなければ朝は8時から練習して、帰宅するのはほぼ毎日深夜の1時とか2時、という生活だった。実力がないから、常に常に努力していなければいけない。だから授業もろくに聞けず、24時間焦燥感を感じながら、どんどん私は苦しくなっていった。
「もうやめたい。けど、ここまで来たらもう今さら役職を降りられない。どうやったって上手くいかない。もう、何もかもどうでもいい」
そう思っていたときだ。
ふいに現れたOBさんが、私たちに指導のノウハウを伝えてくれたのだ。
日付も変わろうかというのに、私たちの悩みが解決するまで一緒にいてくれた。
役者の中に、答えはあるということ。
練習は、一緒につくりあげていくものだということ。
何より、これだけ役者のことを常に考えて続けている人はほかにいないのだから、それだけですごいことだということ。
それを聞いてようやく、私は気づいたのだ。
ああ、わたしは、後輩の役者に認めてもらいたい一心で練習をしていたんだ、と。
「指導者」というのは後輩より優位に立っていなければならないものだと、ずっと勘違いしていたのだ。
そうじゃない。
私がやるべきことは、役者の中にある「どうしていきたいか」という想いを引き出し、それを元に、「一緒に」練習をつくっていくこと。
一気に目が覚めるような思いがした。
目の前にかかっていたモヤが、一気に晴れ渡っていくような気がした。
それからの練習は、なぜだか私自身、本当に楽しかった。後輩は前より考えていることを言ってくれるようになったし、どう思っているか正直に伝えてくれることで彼らに本当に必要な練習をすることができるようになった。
感覚値なのだけれど、少しずつ私たちのことを認めてくれているような実感を得ることができていた。
ヒアリングをすることが、こんなに大切だったなんて。
「認められたい」なんて思う必要は、もはや私にはなかった。
だって、立場に上も下もない。同じ「最高の作品をつくりたい」という想いのもとに、余計なプライドなんて必要ないもの。
舞台に立つ彼らには、天性のセンスがある。
誰よりも彼らを見てきた私だからこそ、それだけは誰よりも自信があった。ぜったい、彼らならやってくれる。
だから、あとは信じて、委ねよう。
***
今でも忘れない、11月24日。
後輩たちがステージ上で、はじける笑顔を浮かべながら堂々と表彰される一部始終を、私はずっとずっと覚えているだろう。
同じゴールに向かう仲間に、優れている、も劣っている、もない。実力がある、ない、も本当は関係ない。
相手が何をしたいのか。何を思っているのか。
その上で、いかにして全員で一つのものをつくっていくか。
それを知るなんてことは基本的なものなのに、どうしてこうも上の立場になってしまうと、忘れてしまうんだろう。
私はこれからも、何かしらのチームに所属していく。きっと、一生ずっと。
その時には、かならずこの一年を思い出す。
たしかに、辛いし苦しい思いもたくさんしたけど、あれだけの達成感と大切な仲間、そして指導とはどういうものなのかを体感した。
「同じ目的のもとに、優っているも劣っているもない。」
私より能力が高い人なんてザラにいて、そういう人に会った時は今でもつい比較してしまいそうになる。
けれど、少しずつ成長できている自分がいる。
そう思えるのは、このかけがえのない宝物のような経験があるからに違いない。
自分が分からなくなってブレてしまいそうなときは、かならずここに戻ってこよう。
そう思える経験があるのは、とても幸せなこと。
あの時関わってくれたすべての人に、感謝を込めて。
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