ときめきリミッター

あるいはこれは彼女へのラブレターなのかも知れない。《ときめきリミッター 第2話》


はじめに断っておくが、これはフィクションである。
フィクションといっても、それが全部なのか、あるいはほんの一部なのか、今のところ自分でもわからない。
ただ、こうして前置きすることによって、僕はこれから自由に告白することができるようになる。
たとえ、すべてが真実だとしてもだ。

想像してみてほしい。
『不思議の国のアリス』のように、日常に物語へと至る扉が開いていたとき、人は躊躇するに違いない。
物語の世界へ足を踏み入れたいという強い好奇心が背中を押す一方で、現実が頭をよぎって一歩を踏み出すのを止めようとする。

もはや隙間なく埋め尽くされたスケジュールの寸隙をついて、彼女とはじめて二人で会ったときに、こう言ったのを覚えている。

「たぶん、僕の周りでめまぐるしく起きることは、少し日常とはかけ離れていて、まるで物語の中に足を踏み入れたような錯覚を覚えると思います。天狼院とはそういうところです。そして、僕が惚れ込んだ人は、時を経ず、羽ばたくことになる。たとえば、これから一気に注目されることになり、もしかして想い描いていた自分以上の自分になれるかもしれない」

そして、僕はあまりに美しい、もはや清廉・清楚の「清」としか表現できないような、彼女のまなざしを改めて見つめながら、こう言ったのだった。

「その覚悟はできていますか?」

彼女は明らかに高揚しながらも、いちど戸惑ったような表情を見せた。そして、その刹那、無垢な幼女の笑顔をかいま見させながら、はい、とたしかに頷いた。

おかしな風に聞こえるかもしれないが、人は本能的に成功を厭う。
注目されるようになり、様々な話が舞い込んでくるようになると、それまでの平穏がずたずたに切り裂かれてしまう。
本来、人間は変化を嫌うもので、たとえば長年付き合ってきた面倒な持病が、それよりもいささか軽微な病へ交換されることを打診されたとしても、多くの人は今のままでいいと思う。そこには日常の変化があるからであり、変化するくらいならば慣れ親しんだ苦痛を人は選ぶ。
成功とは、変化の最たるもので、下手をすると二度と平穏は取り戻せないかもしれなくなる。

だから、僕はそうして覚悟を問う。しつこいほどに問う。

あまり、物事に対しての感受性が細やかではない人は、損得の合理的な判断のみで、これに対して性急に肯定の意思表示をする。目を輝かせながら、当たり前だとでも言うように、二つ返事で頷くのだ。

ところが、彼女は極めて繊細にして鋭敏な感受性の持ち主だった。
そして、驚くほど僕と似通う感性をしていた。

この前、彼女を食事に誘うことを決めたのも、彼女がこう言ったからだ。

「私、天狼院に来て、居心地がいいなって思ったんです。代官山の蔦屋にも行ったんですが、あそこにはそういう感覚がなくて、またこうして天狼院に来て、やっぱり、私の場所はここなんだって思ったんです」

彼女は、少しも媚びるふうもなく、そう言った。彼女の言動には、決して不純物が混じらない。たとえば、他の人ならば入れてしまいたくなるような、媚びや駆け引きを、一切混入させない。その純度の高さが「清らかさ」を感じさせるのかも知れない。

奇しくも、その前の日の夜に、僕は新しいスタッフたちにこう言っていた。

「君たちの仕事を一言でいえば、お客様にここは自分の場所なんだって思ってもらうことだ。僕はそういう意図を持って天狼院という場を作った」

もちろん、彼女はその場面にいたわけはない。しかも、それまで出たメディアではそれについて言及したこともなかった。
それは僕が天狼院という場に込めた、ある種のメタファーだった。
彼女の鋭敏なる感受性が、それを驚くほど正確に感知したことになる。

何も試しているわけではなかったが、彼女は、たとえば、僕が最近よく聴いているアーティストの曲を偶然に聴いて、話を中断させて「これ、本当にすごくいい」と言った。それは、そのCDに入っている20曲の中で、僕が最も好きな曲だった。

僕がとても気に入っている動画があって、それを参考に今度新しい映画を作ろうと思っていたのだが、それを何気なしに「観てみて」と彼女に見せると、終盤、彼女は目にいっぱいに涙を溜めていた。

僕がストーリー部分を担当した本があって、それは感動できるように作っていたのだけれども、前半の特に僕が力を入れて書いた部分を指して、彼女は「もうここで泣きそうになりました。私、映画や小説をみて泣くということはないんですけれど」と言った。

いったい、どういうことなんだろうと僕は思った。

感受性の「強さ」という面において、たとえばクリエイターの中に似たような「強度」を持つ人に出会うことはしばしばあった。けれども、「質」という面において、ここまで似通う人と出会ったのは初めてだった。

僕は、映画の監督や舞台の演出もやって、芸能人や舞台の女優なども身近に知っているけれども、それに比べても、彼女の美しさは際立っていた。何より「清らかさ」という点においては他の美しい人たちと比べようもなかった。佇まいや言動のすべてに「清」が自然と込められていた。

正直に告白してしまえば、彼女と次に会う約束をした一週間の間に、ふと時間が空くと彼女を想うこともあった。
なぜ、彼女はあれほどまでに清らかなのだろう。
あれほどまでに僕と似通った感受性を持っているのだろう。
なぜ、あれほどまでに美しいのだろうか。

それを「ときめき」と言っても、あるいはいいのかも知れない。

ただ、僕の場合、それが「ときめき」として心にしっかりと根ざすのを許さないほどに、仕事が忙しかった。自分の夢を実現させることに夢中になっていた。

僕らは「ときめき」についても話すことがあった。

「もしかして、”ときめき”って、こう原始人が火を熾すようなことなのかもしれない」

と、僕は火を熾す身振りをしながら彼女に言った。

「こうして熾きた種火が”ときめき”で、それはとても消えやすいもので消えないうちに大きな木に移し替えなければならないのかも」

今、僕は密かに物語を書いている。
今度の舞台の原作にしようと考えているもので、これまで書いてきたあらゆる作品の中でも、もっとも面白くなるだろうと確信しているものだった。
これを、彼女と作ろうと決めた。
人を殺す話だった。

「こんなのどうだろう」

と、僕が物語、彼女の反応をみながら構成を進めていく。
不思議なことに、こうして紡いでいくと物語は自ら魂を宿したように、加速してその「輪郭」を露わにし始めた。
瞬く間に、一日で物語は最初の「かたち」を持った。

「これ、全部、今、考えたことですか?」

と、彼女は目を丸くした。
驚いたのは、僕も一緒だった。これほどに早く精度が高く、物語がかたちづくられるとは思わなかった。

しかし、ふと、気づいた。

「でも、感受性が似通っている僕らだけで作ったものって、もしかして、他にはまったく受け入れられないかもね」

「そうかも」

と、彼女は笑った。

実は、この新しい作品には「彼女」を込めていた。
これまでの劇団天狼院や映画の登場人物は、出演者たちの特性を活かしたもので、数多くの「定点」があった。

けれども、今回の作品は彼女だけが唯一の定点だった。
彼女の物語だった。

彼女を物語に浸透させるべく、様々な話を聞いていく。
話を聞くに連れ、彼女の「清らかさ」の純度が増していくようだった。
それは、なにも、「清らかさ」を衒っているわけでも、演じているわけでもなかった。
そういった、一切の邪魔な意図がないゆえに「清らか」なのだ。

彼女は嘘をつかなかった。
嘘をつかない彼女の清らかさが、僕を一瞬、困惑させることになる。

「言っておいたほうがいいと思って」

と彼女が話したことに、僕は正直、衝撃を受けた。
「覚悟」を決めなければならないのは、僕の方だった。

想像してみてほしい。
『不思議の国のアリス』のように、日常に物語へと至る扉が開いていたとき、人は躊躇するに違いない。
物語の世界へ足を踏み入れたいという強い好奇心が背中を押す一方で、現実が頭をよぎって一歩を踏み出すのを止めようとする。

ところが、知らない間に、もうすでに物語の世界に入っていたとしたらどうだろうか。

足を踏み入れるという覚悟を決める前に、まるで物語の世界が知らない間に瞬間的に僕を飲み込んでいたのだとしたらどうだろう。

あたかも、僕は物語の中の住人だった。ストーリーはすでに始まっていたのだ。
おそらく、彼女に出会ったときに、この物語の世界に、僕は入り込んでしまったのだろうと思う。

咄嗟に、ジョセフ・キャンベルの「ヒーローズ・ジャーニー」のことを思った。
多くの物語の最大公約数を集めた方程式のようなものだ。
ジョージ・ルーカスはこの方程式に則って『スターウォーズ』シリーズを作ったという。

知らない間に第一幕の「出立」を終えていた僕が、第二幕の「イニシエーション」において出会ったのは、あるいは「誘惑者としての女性」なのかもしれない。

その一瞬に、そんなことを思った。

しかし、話を聞いた後も感じたことがあった。
彼女はやはりどこまでも「清らか」だった。
どこまでも純真無垢で、素直で、そして美しかった。

物語では、往々にしてヒロインは悪役に囚われる。
いつだって、どこでだってそうだ。
「助けてポパイ!」とオリーブはいつもブルートに捕まるし、映画『スパイダーマン』でキルスティン・ダンストが囚われたり、ゲームの『スーパマリオ』でピーチ姫がクッパに囚われたり、美しさゆえに、ヒロインは悪役に囚われてしまう。

もしかして、彼女はこれから、苦難を強いられる時期に差し掛かるかもしれないと、ほぼ直感的に思った。
そして、その状況から彼女を「清らか」なままに救い出せるのは、僕しかないと、至極冷静に思った。

そうして、僕は極めて静かに覚悟を決めた。
決めたと同時に、ある確信が湧き上がってきた。

改めて、彼女を見た。

これが「ヒーローズ・ジャーニー」であり、物語の中の世界だとすれば、第二幕において、主人公はもうひとつの出会いをすることになる。彼女は明らかに「誘惑者としての女性」ではなかった。
そうでなかったとすれば、残る可能性は一つしかない。
「女神との遭遇」だった。

僕は彼女の名前を呼んだ。

「僕が救い出すよ。僕にしかできない」

彼女は笑顔で頷いた。

「救世主かも」

ちがうな、と僕は思った。
そうではないのかも知れない。

彼女こそが、僕の救世主なのかも知れない。

はじめに断っておいたとおり、これはフィクションである。
フィクションといっても、それが全部なのか、あるいはほんの一部なのか、今のところ自分でもわからない。
ただ、こう前置きしたことによって、僕は自由に告白することができた。

あるいは、これは、彼女へのラブレターなのかも知れない。

『ときめきリミッター』第1話 僕が恋に落ちない理由

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2015-05-01 | Posted in ときめきリミッター, 記事

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