わが家のジャイアンは鍋蓋使い
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記事:Mayumym(ライティング・ゼミ平日コース)
わが家のジャイアンこと愛する夫は、生きる教科書だ。
今朝も「花粉症の症状がきつくてイライラする」と先に公言してから、私や娘への口調がきつかった。実に丁寧でわかりやすい。まるで国語の教科書だ。
数年前までは、そんな「『あるがままの夫』はモラハラ夫である」と定義づけて、ひとり悶々と日々を過ごしていた。こちらまでイライラして、そのイライラを誰にもぶつけられずに我慢するか、誰かに当たってしまうという対処方法しか知らなかった。罪悪感もたまる、まさに負のスパイラルだ。
ただあるとき「わが家のジャイアンは、実にみごとな鍋蓋使いなのかもしれない」と気づいてからは、鬱々とした日々が「鍋蓋使いの生態観測」に変わり、何かと面白い。
「学校は何をやっているんだ!」という怒りの蓋で
暴れる子がいる学校へ通う娘への心配の思いを隠していたり、
「休みの日くらい何もしないで寝ていたい!」という怒りの蓋で
仕事で日々募る疲労やプレッシャーを隠していたり、
「学校行事には父親は顔を出さないものだ!」というプライドの蓋で
自身が育った昭和時代のメンツを保とうとしていたり、
急激に進む「国の働き方改革や女性活躍推進などの施策」への憤りの蓋で
変化に戸惑う同じ男性たちへの共感を隠していたり、
「自分のやり方に反対ばかりしてくる上司がいる!」という怒りの蓋で
「会社のためを思っての改革だと理解してほしい!」という切実な思いを隠していたり、
鍋に入っている感情が何であれ、とりあえず鍋蓋で隠すのだ。
身内からすると、とてもわかりづらくて面倒にも思えるが、ジャイアンなりに、蓋で隠すことで感情をいきなり出さないように配慮をしているのかもしれない。
まわりを見渡してみると、鍋蓋使いは意外といるものだ。
ガミガミうるさく家事を手伝えという妻は
実は「私も家事は嫌い。家族で一緒に外へ遊びに出かけたい」と言いたいのかもしれないし、
宿題を一緒にやってほしいというわが子は
日中離れている親に構ってほしい思いが隠れているかもしれない。
「めんどくさい」が口癖の女子高生は
「どうせ自分なんて何やっても大してできないし」という低い自己肯定感に思い悩んでいるのかもしれない。
友だちとすぐ喧嘩をしてしまうあの子は
ただ一緒に遊ぼうと誘いたいだけなのかもしれない。
彼についひねくれた言葉をかけてしまう彼女は
実はただの甘え下手なのかもしれない。
学校、家庭、職場、趣味の場、人が集まるところなら必ず、
自分自身も含めて、こうした多種多様な鍋蓋が存在している。
苦手なあの人も、今までは憎たらしいの一辺倒だったかもしれないが、
鍋蓋使いだと思って言動を見て、聞いて、感じてみると意外な姿が現れたりもする。個人的には、鍋蓋使い狩りをするよりも、鍋蓋使いの生態観察に惹かれるようだ。
ここでふと浮かぶのは、高倉健さんの「自分、不器用なので」のセリフだ。
たとえば明らかに「自分、鍋蓋使いなので」と全身で語っている人に出会ったら、鍋蓋使いなのは分かった、で、あなたは何を隠しているの? と、むしろその鍋蓋に隠された本心と向き合いたくなる。これには意外な副産物があり、受け手である自分の焦点を、話し手の鍋蓋から鍋の中身である本心に変えただけで、わが家のジャイアンとの会話も驚くほどかみ合ってきた。
「鍋の中身が美味しいうちに、いただこう」
そう決めてからというもの、火加減と共に鍋蓋を少しづつ外しながら、夫との会話という調理を楽しんでいる。時に焦がしたり、味付けに失敗して、二度と作るものかと頭にくることもあるが、今のところ火事にはならずに済んでいる。娘やお仕事関係の方など、違ったジャンルの料理にもチャレンジし始めているのが現状だ。
日頃、夕焼けなどきれいな空を見つけると思わず写真におさめるのだが、日本の街中では決まって電線が映り込む。そうした写真を見ると、消したり、写真の加工アプリなどで修正してしまおうかとも思うのだが、そうすると本来撮りたかったあのきれいな夕焼けは写真上無かったことになるか、微妙に変わってしまう。
電線のような鍋蓋も含めて、目の前に現れた夕焼けのごとき感情をまるっと受け止める、そんなとり方に今の私は惹かれるみたいだ。どんな夕焼けも、あっていいのだ。
わが家にジャイアンがいるおかげで、こんな気づきを得るとは思いもよらなかった。ドラえもんを見るたびに、なぜ周りに迷惑ばかりかけるジャイアンを降板させないのかと勝手に憤りを覚えていた数年前の私。鍋蓋使いの生態観測を続けた今となっては、ジャイアンが選手交代とならずに長年メンバーとして残っているのも、わかる気がする。ジャイアンの意地の悪さの先に秘められた意外な本心を見つけるのは、中毒性のある快感を覚えるのだ。次はどんな本心を見つけられるのかなと。
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