働く独身女性、同じ職場の社員の奥様と飲んでカルチャーショック
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記事:ヨシオカ ユーコ(ライティング・ゼミ特講)
「女子と……飲みたい」
そうぼやいた私が当時勤めていたのは、男性ばかりの地方の小さな事業所だった。非常勤の事務補助スタッフは女性だったが、正社員の女性は私1人だけ。そのため、社員だけが参加する飲み会では、私はいつも紅一点。飲める酒の量は男性に引けを取らなかったが、男だらけのむさ苦しい飲み会が続くことには、私はちょっとうんざりしていた。
そんな私のぼやきを聞きつけたベテラン非常勤の女性が、私に言った。
「……ヨシオカさん、飲みましょう! 女子で!」
男だらけの環境で過ごすうちに、どんどん化粧っ気を無くしていた私を案じてくれたのだろうか。ベテランさんは、あれよあれよという間に女性だけの飲み会をセットしてくれた。メンバーは、私や非常勤スタッフ、そして事業所の男性社員の奥様たち。
奥様たちは同じ社宅に住んでおり、たまに遠くから見かけることはあったが、きちんとお話をするのはこの飲み会が初めてだった。奥様たちは幸いにもとても気さくな方ばかりで、話題はやっぱり旦那さんのことだ。
「旦那、この前ベロッベロに酔って帰ってきたんですけど、皆さんに迷惑かけてません!?」
「うちの旦那なんて、酔っ払いすぎて所長さんにこの前部屋まで送ってもらったんですよ!所長さんに失礼を、本当に申し訳ないです!」
なぜうちの男性社員は、嫁を困らせる酒の失敗ばかりするのか。
とはいえ、飲み会の多い職場で、社員たちが酔っ払う姿に慣れっこになっている私には、奥様の心配は全く気にする必要のないことだった。
「他の人に迷惑をかけるような、悪い酔い方はしてませんから大丈夫ですよ」
「所長は気にするどころか、楽しんでいたぐらいです」
と、できる限りのフォローを入れた。
やがて話は、旦那さんの帰りが遅い話になった。繁忙期は、私を含めて社員の大半が、夜遅くまで残業をする日が続く。奥様たちの旦那さんは特に忙しい部署にいて、彼らは夕飯時にいったん社宅(職場から社宅まで徒歩5分)に帰宅して、奥様やお子さんと夕食を摂った後、また20時頃に再度出勤して夜遅くまで仕事をする、という生活をしていた。ワークライフバランスが両立できているのかいないのか、よくわからない。
とはいえ残業は、私たち社員たちにとっては日常茶飯事。
でも、奥様たちは違った。
「どうしてあんなに、毎日遅いんでしょうか」
「私、昔言ったことがあるんです。忙しい部署に行くかもって話になった時、もうそんなに働かなくていいよ、出世とかいいから無理しないでって」
奥様たちは、夫の帰りが毎日遅いことを怒るのではなく、心から心配していた。
独身社員の私には、まるで異世界の人間の発言に思えた。
これぞカルチャーショック、というべき衝撃が私の中に走った。
私たち社員にとっては、残業も、ベロベロになるまで飲んでしまう飲み会も、みんな当たり前のことだ。
毎日夜遅くまで働くのは、身も心もへとへとでつらい。仕事の飲み会だって、気を遣うことも多くて疲れる。
けれども、仕事だから仕方ない。それだけだ。
でも、奥様たちにとっては違う。
残業も、ベロベロになるまでの飲み会も、奥様たちには当たり前じゃない。
毎日夜遅くまで働いて、身体を壊してしまわないだろうか。ベロベロになるまで飲んで、他人に迷惑をかけて、周りからの信頼を失っていないだろうか。
いくら仕事だからとはいえ、心配になってしまう。
なぜなら、奥様たちにとって旦那さんは、ひとりの家族だからだ。「某社の社員」である前に、大切な「ひとりの人間」だからだ。
そして帰りの遅い夫のことを咎めもせず、毎日ご飯を作って待っている。あの、ワークライフバランスが両立できているやらいないやらの、夕飯時の一時帰宅の時間に。
働く人間の姿が、奥様たちにはそんな風に見えていることが驚きだった。
独身の私には、ありえない見え方だったからだ。
独り暮らしももう10年以上。朝、誰に起こされることもなく、1人スマホのアラームで目を覚ます。出勤し、「某社の社員」として黙々と働いているうちに、気づけば外は真っ暗。そして1人分の夕飯の入ったコンビニ袋を手に提げ、誰もいない部屋にとぼとぼ帰る。
そんな私の日々に、私のことを「某社の社員」ではなく、「ひとりの人間」として見てくれる他人は、いない。あの、奥様たちのような人は。
働く私は、朝から晩まで「某社の社員」ではあっても、誰かにとっての「ひとりの人間」じゃない。
そんな自分に気づいた時、仕事に忙殺されるあまりおざなりになっていた「ひとりの人間」としての私は、泣きたいような気持ちになっていた。でも、飲み会の場で急に泣くわけにもいかない。代わりに、
「皆さんみたいな優しい奥さんがいるから、旦那さんはあんなに忙しくても頑張れるんですね……!」
と、奥様たちの存在に素直に感激することしかできなかった。
奥様たちは主婦で、自らお給料を稼ぐような労働はしていない。だが、彼女たちの家族を思い遣る優しさは、旦那さんのような働く人のことを、しっかりと支えている。
そんな立派な存在がいることに、私のような働く独身はなかなか気づきにくい。だからこそ、奥様たちがあの飲み会で私に与えたショックを、私は忘れたくない。
「ひとりの人間」として自分を思い遣ってくれる人がいること。「某社の社員」から、大切な「ひとりの人間」に、自分を引き戻してくれる人がいること。それが、どんなに尊いことかを。
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