ランチタイムは、スキャンダルより10円罰金制度を
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記事:布施 京(ライティングゼミ・平日コース)
「僕の知り合い、奥さんにGPSアプリを携帯に内緒で入れられて、不倫がばれちゃったんですよ。携帯のカメラから、全部盗撮されてたらしいです」
同僚とのランチタイム。
この一言で、会話は一気に盛り上がった。
PCのカメラ部分に色柄付きのセロハンテープを付けている同僚が、「カメラで盗撮されるのを防ぐためだ」と話したことから、もう一人の同僚が、発した言葉だった。
「うちの親も不倫がバレてね」
とネタの提供に一役買おうと、20年ほど昔のことを思い出した。
父の不倫現場を押さえるべく、叔母と一緒に父を尾行したことがあったのだ。
父は、ホテルの最上階のラウンジで女性とおしゃれに飲んでいた。
会計をしている父に、
「これも支払ってね」
と、レシートを渡した時の父の驚いた表情は、「唖然」という言葉がぴったりだった。
そして、エレベーターで逃げようとした女性は、捕物帳のクライマックスのように、叔母に見事に取り押さえられた。
その後、お代官様に成敗された父は、家を出ることになった。
……と言っても、家から徒歩2分のマンションだった。
歳を取り、コンビニ弁当の毎日が辛かった父は、母にお願いして、仕事帰りに家に寄り、夕食を食べて帰ることもしばしばあった。母はまんざらでもなさそうだった。母は料理がとても上手だったのだ。
そんな生活が2年ほど続いたある日、父が家を売る、と言い出した。借金の返済ができなくなったからだという。
結局、母がコツコツ貯めたへそくりを使い果たし、庭を売り、なんとか家は売らずに済んだ。
私は、そのへそくりを持って、離婚したほうがいい、と何度も言った。それが、母のためだと思ったからだ。しかし、結局、母は、そうはしなかった。
そして、父が目論んでいたかどうかは定かではないが、父は家に戻ることになった。
マンション代なんて、支払う余裕がなかったからだ。
家に戻った父は、優しくなった。
「水!」「灰皿!」と単語でしか物を頼むことができなかった父が、胃が悪い母のために、庭に置いてあるアロエの植木鉢から、毎朝アロエを取って来て、棘を取るようになった。
この時期が、私が知っている両親にとって、一番穏やかな時期だったのではないかと思う。
父は、その5年後、病気になり、69歳で他界した。
母は、当たり前のように病院に付き添い、自宅での介護もした。
父の生前、母は「一緒のお墓には入りたくない」としばしば愚痴っていたが、お彼岸、お盆、命日には必ず墓参りに行き、草取りをしている。
きっと、母は、父が待っているお墓に入るに違いない。
結局、私は、同僚に父の不倫の話はしなかった。
「熟年離婚」をしてもおかしくない状況だったのに、父と母はしっかりと添い遂げた。
「父親の不倫」という、ただのスキャンダルのネタとして、扱われたくなかった。
なんだかんだと文句を言いながら、それでも、時を一緒に過ごす。
昭和の夫婦にとって、それは、一つの夫婦の形だったのかもしれない。
だけど、
もう少し長く、穏やかな二人の時間を過ごさせてあげたかった。
最近、「コロナ離婚」という言葉をよく耳にする。
私も夫と、くだらないことや、愛想のない冷たい言い方が理由で、そんな危機にあっさりと陥ることがある。
日本の離婚率は約35%で、約2分に1組離婚するらしい。
とはいえ、離婚するのも大変な労力を用いる。子どもがいれば尚更だ。
私は自分の両親と自分の夫婦の形しか知らない。
他の夫婦がどんなふうに過ごし、実際どんな喧嘩をしているのか、ドラマ以外見たことはない。
だけど、きっと、どの夫婦も、結婚前や付き合い出した当初は、相手を意識して、お互い気を遣って、過ごしていたのではないだろうか。離婚する労力を使う前に、ちょっとだけ、やさしい気持ちを思い出せたら、離婚率は下がっていくのではないか。
ここは、両親を教訓に、結婚10年目の夫と、穏やかな時間を増やしておきたい。
そう思い、夫に提案した。
「お互い、結婚前の恋人同士のときのように、やさしい口調や態度を取る。もし、できなかったら、罰金10円」
罰金は、テレビ台の下にある、息子が保育園の時に作った貯金箱へ入れる。
夫は渋々了承した。
たかが10円、されど10円。
安いから続けられるし、罰金だから意識する。
100円だったら、そもそも了承されなかっただろう。
実行して、4日目。貯金箱に10円を1枚入れた。
朝、夫が言った嫌味に対して、腹が立ち、食卓から勢いよく立ち上がり、食器をガンガンと流しに置いた。
「もし、恋人同士のときだったら、私は腹が立っただろうか?」
答えは、「NO」だ。きっと、そんな嫌味はさらっと流して、優しく微笑み、ゆっくりと立ち上がり、食器を丁寧に流しに置いたはずだ。そんなふうに考えていたら、私には嫌味に聞こえた夫の発言も、実は正論を言っていたことに気がついた。あまりの嫌味な言い方に正論には聞こえなかっただけだった。
私は、出勤した夫にLINEで謝った。夫の嫌味な言い方については、指摘しなかった。そして、10円を貯金箱に入れた。夫からの返信はなかった。
その2日後。朝起きると、貯金箱が居間の机の上に置いてあった。振ってみると、ジャラジャラと音がした。3枚は入っている音だ。
夫が自ら反省して入れたようだった。
「この人と結婚して間違いではなかった」
そう思えた瞬間だった。
夫との仲が継続して維持できたら、職場のランチタイムで話してみようか。
「これでコロナ離婚を乗り切りました」と。
不倫よりも、ずっと生産性のある話になると思うから。
***
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