語学学習を通してあなたの魅力、引き出しませんか?
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:中村まい (10月開講ライティングゼミ平日コース)
私がアフマドさん(仮名)に会ったのは、1年前のことだ。東京からドバイに引っ越し、現地で見つけた日本語教師の仕事にようやく慣れてきたころのことだった。日本から遠く離れた中東の都市ドバイで日本語を学ぶ人は少数派だ。そんな少数派も、アニメのセリフを真似して少し話せたらいいという人から、日本に引っ越す予定だから日本語を勉強しなくてはまずいという人まで、様々である。そんな個性あふれる生徒さんの一人であるアフマドさんは、彫りの深い顔つきの、いかにもアラブ人らしい風貌の持ち主で、いつもカンドゥーラと言われる白いワンピース状の民族衣装に身を包んでいる。宿題はやってこないし、よく授業をすっぽかすし、あまり勤勉とはいえない生徒さんだ。たとえテキストを忘れようとも恐縮する雰囲気は全くなく、いつも鋭い眼光を放ちながら堂々と教室に来る。大柄で愛想笑いをしないアフマドさんを前に、新米教師の私は最初少し緊張していた。でも、日本とビジネスがしたい、そのために日本語や文化について知りたい、という情熱を持ち、一生懸命覚えたての日本語を駆使して思いを伝えようとしてくれる彼に次第に好感を持つようになっていった。
そんなある日、アフマドさんは、アラブ人の家族について、日本語で説明しようとしていた。アラブ人は、遊牧民生活をしていた時代、部族単位で生活をするのが一般的だったこともあり、血縁の結びつきを大事にするそうだ。そういったことを習いたての日本語で説明するのは決して容易ではない。発音、文法、語彙、いろいろな要素をアラビア語バージョンから日本語バージョンに置き換えなければならない。アラビア語の発音は、主に口先を使って音を出す日本語と違い、喉の奥から力強く出す音が多い。アフマドさんも、アラビア語式発声が残るので、授業中もつばが飛ぶ。文法も全然違う。もちろん語彙はすべてが新しい。彼が言いたい日本語の語彙を私が探し、「こういうことかな?」「でもちょっと違う。ほんとに言いこととは違うと思う」とやり取りが続く。新米日本語教師の私は、授業中に形になるのだろうかと焦りながら、なんとか文の形になるように、言葉を探し、発音を修正していく。アフマドさんは、いら立ちのためか貧乏ゆすりをしながら、でも、忍耐強く練習をしていた。
授業も終わろうか、というころだった。「アラブでは、かぞくのきずながつよいので、こまったときにたすけあいます」と、ゆっくりだが、なめらかな日本語が聞こえた。喉の奥底から響く声でアイウエオを言うのにさえ難航していたアフマドさんは、いつの間にか、アクセントの少ない、口先からでる穏やかな声で、そう伝えている。もうつばは飛んでこない。表情まで別人のように柔和になっている。まるで、アフマドさんに、新たな人格が現れたようだった。「すごく上手ですね!」とほめると、照れながら「自分が言いたいことが納得いく形で表現できてとても嬉しい。きずな、というのはなんとも美しい言葉だね」と英語で言い残し、満足した様子でアフマドさんは帰っていった。
私がアフマドさんに見た新たな人格は、なんだったのだろう。普段の彼の雰囲気とは違うけれど、まぎれもない彼自身だ。アクセントが少なく、穏やかな音声をもつ日本語を通して、彼自身がもともと持っていた側面が表現されたのではないだろうか。言語には、それぞれ違う魅力がある。力強いアラビア語、やわらかな日本語。もちろんアラビア語だって、優しく響かせることはできるし、日本語だって力強い響きを持たせることはできる。でも、それぞれの言語が持つ力を借りるからこそ増幅して引き出せる個性というものがあるのではないだろうか。私は英語を使うが、相手が年上だから「~さん」というべきとか、先生ならば「~先生」としなくては、などとあれこれ考えず、たいてい相手を you と呼ぶ。そのためか、英語で話すとき、より相手と対等に向かいあっているように感じる。そう思うと、言語を教える仕事は、美容師のようだ。彼らが、パーマ、カラーリング、トリートメント……と、いろいろなテクニックを使ってお客さんの魅力を引き出すように、私たちも、新たな単語、文法表現、発音といったテクニックを生徒さんに伝えながら、彼らの自己表現するのを手伝うのだ。普段の生活に行き詰まり感を感じたとき、語学学校という美容室に行ってみるのもいいかもしれない。私自身、夫の駐在に帯同してドバイに引っ越したばかりで友人も仕事もなく心もとない時期に、アラビア語を習いに行った。腹からしっかりと息を出し、力強くアラビア語の言葉を発する度に、勇気をもらえるような、自信を通り戻せるようなそんな気持ちになったのを覚えている。
そういえば、アフマドさんは最近授業にやってこない。また彼の新たな魅力を引き出せないか、担当美容師はあれこれ思案しているというのに。
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