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真冬なのに、裸足にサンダルだった先生の思い出


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記事:こひだまり(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「とくちゃんが、どうやら槍ヶ岳で雪崩にまきこまれて亡くなったらしい」
 
それは呑気な大学生生活を送っていた私に届いた突然の訃報だった。
 
“とくちゃん”とは、私が中高時代に出会った先生だ。
思春期だった私にとって、とくちゃんの存在は特別に光っていた。
 
物理が苦手だったのにも関わらず、とくちゃんが受け持っているからという理由だけで物理を選択した。
それは、もっと彼の言葉を聞いてみたかったからだと思う
 
 
とくちゃんは、私が住んでいた地域の山岳隊員で、噂では世界で1番高いチョモランマ山にも登頂したことがある登山家だということだった。
 
私が、とくちゃんのことを最初に尊敬したのは、先生が登山のために学校を休んだからだ。
休むといっても、数日じゃない。
 
休んだ期間は、およそ3ヶ月だったと思う。
 
当時の私にとって学校というものは、休むと言えば、病気だとか思いがけない怪我で入院だとか、のっぴきならない事情で休むものだと思っていた。
 
しかも、これまで出会った先生たちが学校を休む姿を、私はほとんど見たことがなかった。
 
それなのに、とくちゃんは3ヶ月も休むという。
しかも山登りのためだ。
理由は病気じゃない。そんなことできるんだ! という新鮮な驚きがあった。
 
休む理由は世界で2番目に高いK2という山に登って、登山客が落としたゴミを拾う活動をするためだった。
やりたい事をまっすぐ貫くところもカッコいいなと思ったし、大人もやりたいことを諦めなくていいという事実は、私の中で希望になった。
 
物理の授業で、先生は教科の話以外に、必ずちょっとした小話を語ってくれた。
私にとっては、その小話こそが授業だった。
 
とくちゃんは、子どもの頃からどもる癖があり、学校で随分いじめられたらしい。
つらい気持ちの時は、いつも山に登った。すると、いつも気持ちが落ち着き孤独じゃないと感じられたのだという。
だから山が好きになって、山に恩返ししたいと活動をしているとのことだった。
 
私はそのころ思春期のまっただなかで、友だちとのコミュニケーションにつまずく事も多かった。
だからこそ、とくちゃんの苦しい経験から立ち上がった話に、勇気づけられた。
 
 
今でもよく思い出すのは、真冬でも裸足にサンダルのとくちゃんの足元だ。
 
「なぜ、先生は裸足にサンダルなんですか?」と聞くと、山登りのための訓練のためだという。
 
先生の足は、決してきれいではないけど、少し黒ずんでいて、力強く、どっしりと強く大地を踏む足だった。私の頼りない足とはずいぶんと違うなとおもい、まじまじと見つめた。
 
チョモランマの登頂時の写真を見せてくれたこともあった。
 
隊員たちは、強い紫外線にさらされて真っ黒に日焼けしていたが、凍傷などもあるのかどことなく赤黒かった。しかも気圧が極端に低いせいで顔がパンパンに腫れあがっている。隊員全員が、少し焦げたアンパンマンのようにも見えた。
 
こんなふうになってしまうとは、8000m級の山に登るということはただごとじゃないなぁと思った。
真冬にサンダルを何とも思わないくらい登山は過酷なのだろう。
妙にリアリティがあった。
 
とくちゃんは雪崩についても、話をしたことがあった。
「山は雪崩が一番怖い。雪崩が来るときは、何かおかしいぞという予感が必ずあり、僕はそれを察知できるから、なんとか生きてこられた。でも感覚を研ぎ澄まさないと察知できないので、少しの油断も許されない」と話をしていた。
その話を聞いて、だから、とくちゃんは危険な山に登ってもきっとだいじょうぶなのだと、妙に安心したものだった。
 
けれど、日本の山で雪崩にまきこまれてしまったのは、一緒に登っていた奥さんをかばってのことだったと後に知った。
 
もしかすると、最愛の人を庇って感覚が狂ったのかもしれない。
優しい彼の人柄を思うと妙に納得がいくような気がしたのだ。
そして、とても幸いなことに奥さんは無事だった。
 
 
そんな、とくちゃんの影響なのか、私は山や自然が好きになったのだけど、寒い冬になると、今でもとくちゃんの真冬にサンダルの足を思い出す。
 
 
私にあたらしい世界を見せてくれて、大人というのも悪くないものだと思わせてくれた人だった。
 
きっと、とくちゃんの中で、山は一生をかけてもいいぐらい特別な場所だったのだろう。
そんな存在を持つことの素晴らしさも、また教えてくれた。
 
今、私はあの頃のとくちゃんと同じくらいの年齢になったが、あんなふうに真っ直ぐかっこよく生きられているだろうか。
 
とくちゃんは今でも、もう少し努力してみよう、もう少し限界までやってみよう、何かを信じ真っ直ぐに大切に思う気持ちは尊いものだ。
 
そう、今でも私を鼓舞してくれる存在だと思う。
 
とくちゃんは20年以上たった今でも、私の中で、ずっと裸足にサンダルのそのままなのだ。 
 
 
 
***

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2020-12-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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