『「ダメダメだった、言い寄ってきた男ベスト3をあげましょうか?」と、瞳を潤ませて言われたら』
記事:西部直樹さま(ライティング・ゼミ)
「それでさ、貴女はモテるでしょう」
友人は、ゆず梅酒ソーダ多め割で顔を赤くして、
妙齢で華麗な女性に問い質した。
有楽町の居酒屋で、友人を交え飲んでいた。
「モテないわよ。ロクなのがこないんだもの」
「ロクでもない、というのはこいつのことか」
と友人は、私の方を指さす。
「まあ、いや、いや、違うけど……。
ダメダメだった、言い寄ってきた男ベスト3をあげましょうか?」
「ホホウ、聞きたいねえ」
と私と友人の声が揃う。
彼女はジムビームのハイボールを掲げ、私たちを交互に見て、厳かに宣うのだった。
「第三位! 臭いの合わない男」
「臭い? なに?」
「遠目には普通に見えたんだけど、近寄ってきたら、どうにも、彼の臭いが嫌でね。だから、ダメだった」
「なんで? 独身男性はだいたい臭いよ」
「でも、臭ってもいい匂いだったらいいの、私の匂いと合わないと嫌じゃないですか?」
「はあ、それは、まあ、そういうことなんだ」私は、そっと脇の下を嗅いでみた。わからない。自分の匂いはわからない。
「第二位! ホモ疑惑男!」
「ホウ、なんでそうと疑惑を持ったの?」
「彼のメールとか、電話は全部、男のことだったんですよ。しかも、何となくラブラブな」
「バイはダメなの?」少し酔った友人が聞く。
「というか、ダメですね。
そして、栄えある第一位は……」
「気を持たせるねえ、第一位は?」
言い寄るというか、異性にはじめて声をかけたのは、大学生の時だった。
その日は雨が降っていた。
彼女はキャンパスの中の道を一人で歩いていた。
バス停に繋がる、少し長い道。
校舎の渡り廊下から、彼女を見つけた。
傘に隠れていても、彼女だとわかる。
今日を逃せば、長い夏休みがはじまる。
しばらく顔を見ることはなくなる。
躊躇いがちになる自分を叱咤して、傘も差さず、彼女の後を追った。
彼女のことは、大学の構内でよく見かけていた。
朝、休講掲示板(講義の休みを知らせる紙が貼ってあった)の前でたむろしていると、彼女もそこにいた。掲示板を見上げる姿が、可憐だった。
大学がはじまり、夏休みに入るまでの数ヶ月、毎日のように彼女を見かけていた。
掲示板の前には、多くの学生が行き来していたのに、彼女だけがいつも目に止まった。
しかし、彼女を見ているだけでは、何もはじまらない。
はじまりようもない。
だから、はじめてみることにした。
雨の中、彼女に追いつき、声を掛けた
「あの~、すいません! え~と、お茶しませんか?」
というようなことをしどろもどろになりながら、話したように思う。
彼女は、突然のことに驚き、戸惑い、下を向いて
「結構です」といって、ずんずんと歩いて行く。
私は、少し彼女を追って
「少しの時間でもいいから」と重ねていった。
「いいえ、結構です」と、彼女は傘を私の方に傾け、バス停に向かう。
雨の中、私は佇んでいた。
何となくうまくいくのではないか、
うまくいってしまった後はどうしよう、どこでお茶しようか、などと妄想を膨らませていた。
が、現実は厳しい。
あっさりと終わってしまった。
雨と共に流れてしまった、我が妄想。
私は肩を落とし、道をひきかえすのだった。
おおよそものごとは、一回やっただけでは成功しない。
ということをその時学んだ、と思う。
それから三十有余年を経て、私は人前でこんなことを言っている。
だから、たった一回習っただけで、出来るようになるわけがないのです。
初めてゴルフクラブを握って、ボールを打って、マスターズで優勝できるわけがありません。
知り、学び、素直に学んだことを実践し、続けて、はじめて身につくものなのです。
これは、私がセミナーの冒頭にいつも述べていることだ。
ビジネスプレゼンテーションとかディベートなどのビジネスのベーシックスキルの講師をしている。スキル、技術、ノウハウは、一朝一夕には身に付かない。
残念なことに、魔法はない。数時間のセミナーで完璧にできるようにはならない。
継続し、持続し、トライし続けた人だけが、成果という果実をえるのだ。
妙齢で佳麗な女性は、ハイボールのグラスを空けて、吐き出すように言った。
「第一位は、言い寄ってこない男!」
「なんだ、それ、言い寄ってこないんだったら、ダメな言い寄ってきた男にならないじゃん」
「言い寄ってこない、自分でいわないで、自分の周りに相談して、それで何となく、というのが一番嫌なの」
と彼女は顔をしかめる。
「ねえ、ならさ、こいつは第何位なの」南高梅酒ソーダ多め割を片手に、友人は問い詰める。
「彼は、ちゃんと普通に言ってきたし、匂いはないし、普通だし、結婚しているから面倒なことしそうにないし……」
妙齢で華麗な女性は、つまらなそうにジムビームのハイボールのお代わりを頼む。
妙齢で華麗な女性を初めてみたのは、あるイベントでのことだった。
素人の参加者たちで、玄人に対抗するようなものを作ろうという企画だった。
そこで、彼女は的確な発言をし、そして少しずれた受け止め方をしていた。
長い髪、小作りな顔、高い鼻梁が知性的だった。
周りの男性たちは、彼女をただ見ているだけだった。
そこで、私が
「君、面白いね」と声かけたのだ。
学生時代からこれまで、数多くの失敗と、ごく僅かのささやかな成功を繰り返してきた。
続けていけば、ある程度のところまでは行く。
しかも、一度身に付いた技術は、一朝一夕には剥がれ落ちない。
そして、技術というものは身に付けば身に付けるほど、自然と出来るようになる。
まるで、呼吸をするように。あるいは瞬きをするように。
意識しなくてもできてしまうのだ。
声を掛ける技術も、同じだ。
数をこなせば、ある程度、臆面もなく声を掛けることが出来るようになる。
そして、ある程度、成功を収められるようになるのだ。
ただ、人に声をかけ親しくなる技とビジネススキルとでは、いささかの違いがある。
成功の回数だ。
ビジネススキルは、常に成功、水準以上ができるようになることを目指す。
しかし、親しくなるのは、特に異性とは、ある時点で終わりにしなければならない。
素敵な出会いをして、結婚できれば、もうあがりなのだ。
その後も成功し、水準以上の実績を残すのは、これはいささか困ったことになる。
「なんだあ、つまんないなあ、もっとなんかないのか」
黒糖梅酒ソーダ多め割を飲みながら、友人は妙齢で佳麗な女性に絡み出す。
「それは、ふふ、これか……」
ジンジャーエールを飲み干し、私が友人に言いかけたとき、
彼女の肘が、私の脇腹に当たった。
酔いの回った彼女は、素知らぬ顔で言うのだった。
「あるわけないじゃん! あ、カナディアンのハイボールお願いします」
学生時代の自分に会えるなら、言いたい。
そして、今、素敵な人を前にして、思い悩んでいる人たちにも。
挫けても、続けよと。
《終わり》
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