リーディング・ハイ

お父さん、成功者の味見をしてみたら、想像以上に刺激的で、病みつきになりそうです。東京で暮らす娘より。《リーディング・ハイ》


きむらさん 

記事:おはな(リーディング&ライティング講座)

 

人生の中で、「本当に美味しい味」を知っておくのは大切なことだ、と父はわたしたち家族を、人生の節目に高級料理店に連れていってくれた。

頻繁に贅沢をすることはできない。

だけど、その味を知っているといないでは、その後の生き方が大きくちがう、と。

 

たしかにそうだ。ただでさえ海産物が美味しいわたしの故郷で、ひとり数万円のカウンターのお寿司。そのたった一口に、職人さんの何時間分の仕込みと、何年分の努力の結果が込められていたんだろう。わたしの想像の最大限の「美味しい」をはるかに超えたところに、まだまだ「美味しい」は広がっていた。わたしの知っている世界はなんて狭かったんだ。あの日から人生は大きく変わった。

 

あれから数年たち、わたしは故郷を離れ、東京でひとり小さなアパートの部屋で暮らしている。

 

お父さん、東京はすごい街です。こないだ、美味しいものの味見の仕方をちょっとだけ教えてもらったら、刺激が強すぎて。私の人生は、変わってしまいそうです。

この味見、とんでもないことになりそうです。

 

 

 

「商いの神さまに後押しされる生き方」という一冊の本。

超優良企業といわれている関西の菓子卸・小売業を営む会長の、経営の秘密が書かれている。関西では非常に有名なお店らしいが、北国で育ったわたしは、この本を通じてはじめて出会った。

 

たまたまブログのはしご読みをしていた時に、この本の一節を見かけた。

 

「良い結果を得るために行うのは努力、努力することに苦労を感じる必要はない」

 

なんてこった!

 

ものすごくシンプルなこのフレーズに、わたしのこころは一瞬フリーズし、その反動で鼓動は激しく鳴り出し、興奮がおさまらなかった。

 

普段のわたしは、やるべきことが溜まってくると、「なんでこんなことしなきゃいけないの!」ってグチばかりが出てくる。でもそれは、良い結果を得るためのプロセスにすぎなかったんだ。だったら、不満に思わずに、嬉しいことが近づいていると、楽しんでてよかったんだ。

 

映画は、いきなりクライマックスだけ見てもおもしろくない。

長い前フリ、あの「ねー、どうなるのー」「早く早くー」「ねーねーねー」の時間があってこそ、最後のシーンに感動できる。

 

つまり、努力と良い結果とは、ぜーんぶひとまとまりで、ワンセット。

そう考えると、我慢しなきゃ、頑張らなきゃとムキになっていたことも、ワクワクに変わる気がする。

 

これはすごい! と読み進めていく内に、わたしのこころは思わぬ方向へとカーブしていった。

 

あれ? これって「経営者とはこうあるべき」的な本だな。

わたし経営者じゃないしな。

まぁ、いいや。今の会社の経営者にあてはめて考えてみるか。

 

これはできてない。これは三角かな。これなんて絶対やらない。はい、だめー!

うわー、これじゃあ会社がうまくいくわけないよ。あー、もう全然だめ。

ぜーんぶ社長のせいだよ。わたしもあの人も、みんながんばってるのに。

いいなー、この人の会社で働きたいよー。

 

次から次へと不満があふれ、だんだん腹が立ち、しまいには転職願望までうまれてくる。

 

「あーあ、こんな神さまみたいな経営者がいるなんて、うらやましい。

どうせ、現実は現実だよ。」

これが、最初に読んだ感想だった。

 

だけど、なんとなくしっくりこない。

たしかに、社員教育や在庫管理、決済や経営に関することも多く書かれているが、基本的には、ひとりの人間として大切なことが書かれている。

中小企業の一社員のわたしも、ひとりの人間であることに、変わりはない。

 

自分はどうなんだろう。経営者がするべきことをできるように、何か助けているだろうか。

むしろ、文句を言ったり、嫌だなって顔をしたり、ジャマばっかりしているんじゃないだろうか。そもそも、わたしは何かに責任を持っているだろうか。

自分の仕事に対して、経営者ほどの責任と覚悟を持って取り組んでいるだろうか。

 

そしてふと浮かんでくる。

 

わたしは、わたしの人生の責任者だ。あまりにも当たり前すぎて、意識していなかったな。

 

そこで、今度は本の中の「経営者」を「わたし」に置き換えて読んでみた。

最初は変な気分だった。やっぱり無理があるよ。わたしは一社員であって、経営者の考えなんて知らないよ。

 

それでも「経営者」を「わたし」と読み続けていくと、だんだんと今まで気づかなかった世界が広がってくる。

そうか。責任をとる! って覚悟を決めると、ここまで見えてくるんだ。

だとしたらやっぱり、わたしは自分の人生や仕事に、そこまで責任と覚悟をもっていただろうか。

 

そして最後に、一撃を食らわされる。

 

「初心に帰るな」

 

初心に帰りなさいとはよく聞くが、それではだめだという。

初心は忘れることなく、貫き通せというのだ。

 

初心。あれ、そもそも、わたしに「初心」ってあったかな。

 

社会人になりたてのころは……、ちがうでもそれは学生のころから続いていて……

そもそも「人としての初心」って、なんだろう。

いつから、人とのつながりの中で、じぶんはこうしていく! って意思を持ったのかな。

 

だんだんと思い出をたどるうちに、わたし自身の記憶は薄れていく。

そこで今度は友人たちの、まだ幼いこどものことを想像しはじめる。

 

あれ、そういえば、どの子もみんな、わたしたちが笑うことを永遠にやり続けていたな。

 

そうか。小さい子はみんな、ママやまわりの大人が笑うことを、喜んでやるんだ。

自分が好きなひとたちが、喜んでくれるのがうれしい、って思ってるみたいだったなー。

 

ひとが、ひととして生まれてきてもつ「初心」は、

目の前にいる人を喜ばせる! って、ただその純粋なきもちだけなのかな。

 

わたしはまたフリーズした。

……目の前の人を喜ばせたいなんて、いつから思っていないだろう。

 

東京に暮らしていると、常に目の前に誰かがいる。

目の前すぎて焦点が定まらないし、プライベートゾーンなんて存在しない。

頼むからいなくなってくれ、と思うほどに常に誰かがいる。

1日に何十人も何百人も目の前に現れる。

 

なのに、そのたったひとりのことすら、喜ばせたいなんて、微塵も思っていなかった。

 

満員電車の中、隙間ができても詰めずに自分の陣地を守り続けるおばさん。

しつこくしつこくティッシュを渡してくるお兄さん。

何もしてないのに、わたしが悪いという目で見てくる愛想の悪いコンビニのお姉さん。

 

その人たちを笑わせたい、喜ばせたいなんて、思うわけがなかった。

 

「そっか。じゃぁ初心に帰ってがんばればいいんだ!」なんて思えない。

目の前の人を常に喜ばせる生き方なんて、今更しようとすら、思えない。

 

1才の子ができることを、30過ぎたわたしは、ひっくり返ってもできそうにない。

 

もちろん、母を喜ばせたい、お父さんやお兄ちゃんに喜んでほしい、友達に喜んでもらいたい、困っている人に何かをして喜んでもらいたい……限定的な誰かを喜ばせたいというきもちは持っている。

だけど、目の前にいる人。たまたまいた人なんて、正直、どうでもよいと思っていた。

 

でも、もし「目の前の人を喜ばせたい、幸せにしたい」という初心を貫き通している経営者がいるとしたら、見ている世界は、どんなんなんだろう。

 

このおばさん、これだけイライラしてるってことは、家庭や職場で居場所がないのかな。

だとしたら、改善すべきは職場環境か、もしくはストレス解消に効くサービスの提供か。

あのティッシュ配りのお兄さんのしつこさは桁違いだな。人懐っこいし、あの商品の営業担当にしたら、案外うまくやるかもな。いや、意外とコツコツ技術系もいけるかもしれない。

このバイトの子は、仕事中に愛想笑いもできないなんて、相当疲れてるな。

何か学生の話を聞いてあげるような仕組みが必要なのか、その親もきっと疲れているんだろうな。あれ、うちのアルバイトの契約ってどうなっていたかな。社員もパートもバイトも、みんなが仕事を楽しむにはどうしたらいいかな。

 

わたしがただイライラしている間に、経営者はそんなことを想像しているんだろうか。

そして、日々観察を積み重ねて、事業に活かし、展開していくんだろうか。

もしも、もしもそうだとしたら、あまりにも見ていた世界の広さが違いすぎる。

わたしは、毎日何を見ていたんだろう。

 

初心を忘れ、思い出しても帰れないのが凡人で、

当たり前のように日々の生活で貫き通しているのが成功者、なんだろうか。

 

とんでもないものを味わってしまった。

この衝撃の味は、一度知ってしまったら忘れることはできない。

庶民のわたしの口にはあわなかったーと、なかったことにしようか。

それとも、この味をいつも楽しめる人になろう! と、生き方を変えるべきなのか。

 

忘れてしまいたいと思うのに、なんだか胸がザワザワして、頭から離れない。

 

ありがたいことに、この本人には、著者である会長さん、つまり成功し続ける経営者が大切にしてきた5つのことが書かれている。

どれもシンプルで、職業に関係なく、人として大切なことであり、当たり前のこと。

いや、わたしにとっては、当たり前だと知っているのに、できていないことだ。

 

わたしには無理! と思ったはずなのに、思わず1週間早起きしてしまった。

すると、1時間早く会社に向かっても、街には変わらず多くの人が歩いている。

この人は何をしている人なんだろう。どんな世界を見ているんだろう。

何の本を読んでいるんだろう。

 

気になって仕方がない。

 

たった1冊読んだだけで、見える世界がぐんと変わってきた。

あれもしたい。これもしてみたい。

あの本も、その本も読んでみたい。

世の中の成功している人、みーんなの味見をしてみたい。

ちょっとずつスパイスを分けてもらって、棚にずらっと並べて料理をしたら、どんなに楽しいだろう。

 

お父さん。東京には面白いことを教えてくれる人がいっぱいいて、人生に刺激を与えてくれる本がたくさんあります。今ならきっと、そちらに帰っても違う生き方ができるかもしれません。でも、味見の手が止まる気配がないので、そちらにはしばらく帰れそうにありません。

 
「商いの神さまに後押しされる生き方」神吉武司 2015年 元就出版社
 

注・1回目と2回目を読む間に、池田貴将氏が教える読書術1DAYセミナー

記事を書く前に、池田貴将氏の読書術ゼミ第1回に参加しています。
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2016-06-13 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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