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永遠の30歳


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山本三景(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
私は永遠に年をとらない。
彼女の瞳に映る私は30歳ぐらいでとまっている。
 
物心がつかないうちから彼女は私の近くにいた。
友達とも少し違う関係、いわゆる幼なじみというやつだ。
とはいっても幼稚園も別だし、小学校、中学校でも同じクラスになったことはない。
それでも、私の子ども時代を語るうえで彼女の存在はかかせない。
 
彼女と私の性格はまったく違う。
石橋を叩いて渡る私に対し、彼女は自分の思うままに突き進んでいく。
「豪快」「大胆」、そんな言葉がよく似合う。
それでいて几帳面で繊細な部分があることも知っている。
そしてクセも強い。
それもまた彼女の魅力だ。
 
子どもの頃の夏休みはいつも彼女と一緒だった。
彼女がいたから家族旅行に連れていってもらえなかった私でも、宿題の「夏休みの思い出」を描き上げることができた。
冬休みは決まってお正月に百人一首大会をする。
そして春になり、また夏が来る。
そんなふうにして私は彼女とともに子ども時代を過ごし、大人になっていった。
 
彼女から、ある告白をされたのは、社会人になって数年が経った頃だった。
彼女から会社帰りに飲みに誘われた。
会社帰りに繁華街で彼女と飲むのは珍しいことだった。
あまりに近すぎて会わない……気がつけば彼女とはしばらく会っていなかった。
まだ若い私たちは、お財布に優しい、安い居酒屋で飲むことにした。
そして彼女は普通の顔をして話し始めた。
突然の彼女の告白に、私の脳は驚き、心臓はドクドクと波打ち始めた。
 
彼女の目はもうすぐ見えなくなるらしい。
 
実は中学生ぐらいから、いずれ見えなくなると、眼医者さんから告げられていたと彼女は言う。
「もう、結構見えないんだよね」
動揺せずにはいられなかった。
中学生という多感な時期に彼女がそんな宣告をされていたなんて、私はまったく知らなかった。
「格好いい先輩がいるんだよね」
そんなことを言ってキャッキャと話しながら歩いた中学校までの道のりを思い出していた。
このとき、既に宣告されていたのかと思うと、胸がキュッとなった。
 
彼女の告白に、私はなんて答えていいかわからなかった。
「そうだったんだ。全然知らなかったよ。メニューはまだ見えるの?」
心の中は色んなものが渦巻いていたが、思いに反し、私の口から出る言葉は軽かった。
「視野は狭いけど、なんとかね」
ポテトフライをつまみながら彼女は言う。
彼女は勤めていた銀行を早々にやめ、足のマッサージのお店を開業したところだった。
仕事が彼女に合わなかったという理由もあったが、手に職をつけたい……そういう気持ちもあったのだと言う。
たぶん、もうタイムリミットが近いのだろう。
私に告白したのはそういう時期だったのだと思う。
彼女と一緒に歩く家への帰り道は、いつもと違っていた。
 
そして月日は流れ、私たちは30代に突入した。
 
彼女は結婚し、子どもも産んだ。
有言実行をする彼女らしく、
「ここに住む!」
と昔から思い描いた場所に家も建てた。
こうなりたいという理想を掲げたら、あとはそれを叶えるようにする。
それが彼女のスタンスだ。
こういうところが好きだ。
 
彼女の目が良くなることはなかった。
もう色を感じることもできなくなった。
 
「少し見える世界より、まったく見えない世界のほうがいいって聞いていたけど、自分がなるとその気持ちがよくわかる」
と彼女は言う。
少しでも見えたほうがいいのではないかと私は思ってしまう。
やはり、彼女のまわりにいる人たちも諦めきれず、「少しでも目がみえるようになるのなら!」と藁にでもすがる思いがあったらしい。
その気持ちは痛いほどわかる。
そんなまわりに彼女は言ってやったという。
 
「あなたたちはまだそんなところで立ち止まっているのか! 私はもう次のステージにいる!」
 
「言ってやったわ」そう言って彼女はニカッと笑った。
 
現在の彼女の隣には、可愛い子どもと「頼りないんだよね」と愚痴をこぼすが優しい旦那さん、そして頼もしい盲導犬がいる。
 
季節は春。
新しいことを始めるにはいい季節だ。
 
新しい世界に飛び込みたいのに不安で迷っている人もいるかと思う。
今いる場所にこだわり続けて動けない人もいるかと思う。
何かに別れを告げるとき、それは新たな始まりでもある。
少し興味があるかも……その気持ちは新たな世界の扉を開ける鍵なのではないだろうか。
鍵があるなら扉を開かないでどうする。
嫌いかもしれない、逃げ出したい……その気持ちの違和感すら、まだ見ぬ世界へ繋がる鍵となるのではないだろうかと私は思う。
 
実を言うと、「新しい世界へ飛び込みたいのに不安で迷っている人」というのは私なのだ。
モジモジしていると彼女の声がきこえてくる。
 
まだ、あなたは立ち止まっているのか。
私は次のステージで待っていると。
 
 
 
 
***
 
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