自由を奪われたとしても、誰も私を支配できない《リーディング・ハイ》
記事:鳥居美紀 (リーディング&ライティング講座)
目を閉じて想像してみる。
夏の晴れた日に外で冷えたビールを飲む。ミニスカートに7センチヒールを合わせて背筋を伸ばして歩く。好きなミュージシャンの野外ライブを楽しむ。愛する人と手をつないで夕暮れを散歩する。初めての本屋に入ってのんびり好きな本を選ぶ。女子会仲間でケーキを食べながら大声で笑う。
大好きなことで溢れている、いつもの愛しい自由な生活。
しかしある日突然、それらが禁止される。お酒や化粧はNG。外に出るときは、髪や身体のほとんどを大きなヴェールで隠し、未婚の私は保護者と一緒でなければ外出できなくなる。好きな男性と二人きりで会えなくなる。音楽や本を自由に楽しむことができなくなる。外では大声で笑えなくなる。
そうなった時、今までの楽しみの、自由の多くが失われてしまった時。絶望が心を支配する。
まるで、手足を拘束され、監禁された奴隷だ。
『テヘランでロリータを読む』(アーザル・ナフィーシー著)は、イスラーム革命後のイラン・テヘランで暮らす女性英文学者の回顧録である。当時、革命によって、特に多くの女性が厳しい監視社会の犠牲となった。著者も大学を追われるが、自宅で密かに女生徒だけを集め、週に一度の読書会を開くようになる。
部屋の中で女性たちは、公の場で強いられている黒いヴェールを脱ぎ捨て、鮮やかな青や黄色のシャツに豊かな黒髪をなびかせ、深紅のネイルを見せてくつろぐ。大声で笑い、怒り、議論する。彼女たちが読む本は、禁止された西洋文学。ナボコフ『ロリータ』、フィッツジェラルド『華麗なるギャツビー』、オースティン『高慢と偏見』。
レイ・ブラッドベリ『華氏451度』から有川浩『図書館戦争』シリーズまで、本を読む自由を奪われた人々を扱うフィクションは多い。しかしこの回顧録の中で、人々は本を読む楽しみ以外に、自らのアイデンティティまでも奪われている。”事実は小説より奇なり”という言葉が頭に浮かび、胸が痛む。
と同時に、驚きと疑いを隠せない自分にも気付く。著者の描く、フィクションを読むことから生まれる無限のパワーに対してである。著者も女生徒たちも、週1回の読書会で束の間の心の自由を取り戻し、暗黒の時代を生き続ける心の拠り所としている。逮捕され処刑された著者の教え子の女生徒が、刑務所でヘミングウェイやジェイムズの授業を思い出し、過酷な収容生活で笑いを取り戻す記述もあった。たかが、物語を読んだだけなのに。
そう、ただのフィクション、所詮、誰かの想像による作り話なのだ。しかも、ロリータもギャツビーもオースティンも、イデオロギーや政治的な題材を扱った作品や作家では決してない。「非革命的作家」の創り出すフィクションでさえ、革命で虐げられた人々を救っている。フィクションを読むということが、時には生きるか死ぬかを左右する、底知れぬパワーを本当に持っているのだろうか。平和な世界に住む私には想像できない。
著者は、自身の言葉でまたは彼女が愛する作家の言葉を引用し、何度も私に語りかける。フィクションの世界で人は共感し、想像力を取り戻す。目の前の現実の世界を切り離し、想像力で自分だけの世界を築き上げ、その世界に集中することもできる。そうすることで、あなたは現実には否定されている自由を、自分自身の中では守ることができる。人間の最大の自由は「思考の独立」だ、と。
共感すること、想像すること。その限りないパワー。
もう一度、目を閉じて想像してみる。
自由が空気のように当たり前の日本で暮らす私が、20年前のテヘランに生きる、同じ書物を愛する女性たちの限られた自由を想う。でも今度は、恐怖という闇に差し込む一筋の自由の光に焦点を合わす。闇が大きく深いほど差し込む光は煌めき、見るものを勇気づける。私の想像の世界で女たちは、読書に精神の自由を求め、監視社会で生きる現実を忘れる。なんとなく物語を楽しんでいる私より、ずっと強い力をフィクションの世界から得ている。その力とは、そう、どのような限界でも乗り越えることができるパワーだと解る。そしてそのパワーは私の中にも秘められている。今度は希望が心に満ちてくる。
どんな世界に生きても、どんなに厳しく囚われ、身体を拘束されたとしても、私の心の中で私はいつでも自由だ。誰にも支配させることはできない。
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