イギリス人の同僚にお菓子をあげたら「ピザ味ってナニ?」と聞かれ、返答に困ったときの話《リーディング・ハイ》
記事:かわかみ(リーディング&ライティング講座)
「ピザ味ってナニ?」
差し入れにすすめたスナック菓子を前にこう問われ、一瞬、意味がわからなかった。
言葉の主は、同じ職場に勤めるイギリス人スタッフ。
日本生活8年目のベテランで日本語ペラペラ。メールも普通に漢字仮名交じり文で送ってくるし、日本食も大好き。お刺身も梅干しも納豆も「美味しい」。
好物は「鯖寿司、高野豆腐、照り焼き(肉でも魚でも。とにかく「○○の照り焼き」はぜんぶ好き)」で、「今日のおやつ」と奈良漬けを食べていたりする筋金入りだ。
そんな彼に問われ、ハッとした。
確かに「ピザ味」って謎だ。
何となく、トマトとチーズをベースにした味付けを「ピザ味」だと解釈していたけれど、いろんなピザがある。考えれば考えるほど「ピザ味」を定義できなくなる。
この「ピザ味モンダイ」を切り口に、普段食べているものを見回してみると、「日本食」って不思議なモノだらけなのだ。
例えば「豚カツ」に代表される「カツ」。元々はフランス料理の「コートレット(cotelette)」で、それが「カツレツ」になり「カツ」になり、卵でとじられ丼に盛られ、味噌ベースの出汁で煮込まれ、果てはカレーにドボンしていたりする。「コートレット」から見ればもぅワケがワカラナイ。
「パンケーキ」なんかもそう。元はもっと食事っぽいものだったはずが、日本では甘さやデコレーションが追求されてデザートに。今や「日式パンケーキ」として“逆輸出”されていたりする。
このテの話題を突き詰め出すと「ナポリにナポリタンは無い」あたりを筆頭に、カレーって? ラーメンって? パスタって? そもそも「ソース」ってなんなんだ?? と節操の無さが浮き彫りになる。
それが悪い、とは思っていない。むしろ感心している。
日本の食って、海外の文化を柔軟に受け止めて、さらにアレンジを加え、独自に進化させた、超クリエイティブなものなんだよ、と胸を張りたいくらいだ。
でも逆に、私たちが「日本食」だと信じているものが、海外でカタチを変えて登場すると、とたんに狭量になってしまうことも少なくない。
海外の“日本料理店”に「ピザの天ぷら」なんてトンデモメニューがあったとか、餃子を頼んだらラビオリが出てきたとか、目くじらを立てる人に出会ったこともあるし、今やすっかり市民権を得た感のある「アボカド巻き」でさえ、まだ抵抗を感じるという人も少なくないよう。
でも、そもそもこの時の「ピザ」や「餃子」は何なんだ? という突っ込みも含めて、あまりカリカリするのは、ちょっと寂しい。
そんなことを考えていた時、飛び込んできたニュースがこれ。
『農林水産省が納豆の国際規格化を提案』
何でも、海外で見かける「粘らな」かったり「赤」かったりする「納豆もどき」を排除し、日本の納豆のブランドを守るために、コーデックス委員会という食品国際機関に世界標準作りを求める、と言う。
納豆??
そもそも、粘らなかったり赤かったりする「納豆」が存在することすら考えたことが無かっただけに、このニュースには驚いた。
これはもう、話題のこの本を読むしかない。
* * * * * * * * * *
『謎のアジア納豆 そして帰ってきた<日本納豆>』(高野秀行・著/新潮社)
「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それをおもしろおかしく書く」をモットーに、ミャンマーやブータン、ソマリアなど、時に「辺境」と呼ばれる土地を訪ね歩くノンフィクション作家・高野秀行さんによる新刊。
以前、どこかのインタビューで「ソマリアと納豆がライフワーク」と語っていたのを聞き、「納豆がライフワーク?」とずっと気になっていた。
さかのぼること14年前。ミャンマー北部・カチン州の民家で「白いご飯に生卵と納豆」という、「これぞニッポンの伝統食」みたいな料理に出会ったことから本書は始まる。
味も香りも「完璧なまでに日本の納豆と同じ」だったという。
納豆は日本だけのものではない――。
これだけでも十分驚きなのに、アジア各地を訪ね歩くと、ミャンマー、中国南部、ラオス、タイ、インド、ブータン、ネパールまで広範にわたって「納豆文化圏」が広がっている。
発酵の「タネ」も「藁」だとばっかり思っていたら、世界に目を向ければシダ、イチジク、ササ、ビワ……とさまざま。それぞれに香りが異なるが、いずれも確かに「納豆」。
その食べ方になると、さらに広がる。唐辛子味、にんにく味、生姜味、岩海苔……と味付けだけでも多彩。調理法も、煮る、焼く、蒸す、炒める、揚げる、ペースト状にする……。ペースト状にして整形して干した「せんべい納豆」もポピュラーで、これをさらに炒めたり煮たり、粉末にして調味料に使ったりもするとか。
たかが納豆――のはずが、目から鱗がボロボロ。さらに思いもしなかった、納豆ワールドに出会ってしまう。
こりゃ「納豆がライフワーク」になるわな、と深く納得。
極度の納豆ギライでなければ、納豆の多様性と包容力に「納豆スゴイ!!」となること請け合い。納豆に大興奮してしまうはずだ。
…で、読んだらぜったい、いろいろ試してみたくなる。自家製納豆にもトライしたい、と思ってしまうだろう。
かく言う私もやってみた。
まずは、お味噌汁に納豆を何粒か入れてみる。ふわりと納豆の香りが立ち、何だかホッとする。わずかに加わるトロみも美味しい。
焼き魚の大根おろしに納豆をプラス。大根おろしのサッパリ感はそのままに、納豆の旨味が加わり、いつもの焼き魚がワンランク上のご馳走になる。
何に加えても、どう調理しても、基本的に美味しい。
納豆ってスゴイ!!
同時に、著者が指摘している「日本の納豆は粘りが強すぎる」という意見にも納得。混ぜたり、炒めたり……となると、なかなか苦戦する。また、香りの強さが気になることもある。こうなると自家製納豆にトライしたいところだけど、さすがにちょっとハードルが高い。
そこで手軽な方法としてオススメしたいのが、名付けて「ダブル大豆納豆」。
少し柔らかめに炊いた大豆を粗みじんにして納豆と和える。豆の香りや味わいがさらに立ち、粘りも緩和される。
これだけでも十分なご馳走になるし、刻みキャベツと混ぜたり、レタス巻きなんかも美味しい。この「ダブル大豆」をベースに野菜をたっぷり加えた餃子なんか、絶品だ。
「ダブル大豆」にいろいろ和える。生姜、大根おろし、刻みタクアン、梅干し、しらす、鶏そぼろ、塩昆布、海苔、筍の水煮……。タッパーに詰めて、件のイギリス人スタッフをランチに誘った。
いくつか味見をし、彼はニッコリ笑って隣のスーパーへ。ご飯やお豆腐、アジフライなんかを買い込んできた。ダブル大豆ディップをたっぷり載せて……至福の時間。
特に気に入ってくれたのが、アオサ海苔を和えたもの。
日本食大好き!な彼だが、実は、海苔だけは少し苦手にしていた。独特の色合いと青臭さへの抵抗がぬぐいきれなかったようで、「食べられなくは無いんだけど…」と申し訳なさそうに除けるシーンを何度か見ていた。
それだけに「海苔って美味しいんだねぇ」と頬張る笑顔に、こっちまで嬉しくなった。
メインにも、おかずにも、調味料にもなれる。納豆ってスゴイねぇ。日本人なのに、ぜんぜん気付いてなかったよ……。
そう呟く私に彼は「ピザみたいなモノじゃない?」と問いかける。
「僕からしたら『ピザ味』をどんどん美味しく作っちゃう日本人もスゴイと思うよ」とニッコリ笑った。
その笑顔に「めくるめく納豆ライフはまだまだ続きそうだな。やっぱり、自家製納豆にトライしたいな……」なんて考えていたら、彼が思い出したように顔を上げる。
「冷やし中華の『中華』ってナニ? あと中華丼ってなんなの?」
中華丼……。
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