カメレオン
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記事:田中亮次(ライティング・ゼミ12月コース)
私はカメレオンだった。
その頃の私の周りは赤かった。自分を赤色に染めて、存在を隠そうとした。そんな自分が嫌いだった。
小学生の頃、オーディション番組から生まれたあるアイドルグループが一世を風靡していた。その中で私の好きだったメンバーは、年齢が一番上のやんちゃ感のあるお姉さんだった。歌も上手いわけではなく、ステージ上では常に後列だった。振り分けられている歌詞も少なかった。好きな理由は単純に顔だった。吊り目で猫っぽい顔が私の好みだったのだ。友人達と誰が好きかの話になった時、私は答えた。
「センターで歌っている子が好き、だって歌上手いやん」
自分が異色であると周りから思われないようにしていた。自分の’好き’を他人から評価されるのが怖かった。
そんな自分が嫌いだった。いつも他人のことを羨ましく思っていた。
私はカメレオンを軽蔑した。
私は周囲に影響されない自分の色を求めた。自分を染めようとするものを拒み、周りの色に染まっている者を蔑んだ。
中学時代、3つ上の兄の影響もあり、パンクロックが好きになった。周りに同じような音楽を聴いている同級生はおらず、自分だけの世界を持っている事に優越感に浸っていた。同じバンドを好む人が現れれば、よりマイナーな違うバンドを求めた。自分だけの世界を追い求めた結果、音楽なのか雑音なのかわからない音を聴いていた。友人に私の好きな音楽を聞かれたときはそっけなく答えた
「やめとき、どうせ理解できへんよ。」
友人のお薦めの音楽を鼻であしらい、友人からお薦めのバンドを聞かれると誰も知らないようなバンドを答えた。学校で音楽の話をする機会はほとんどなくなった。でもそれで良いと思っていた。流行に染まった人には自分の‘好き’は理解されないだろうと思っていた。
自分の世界で生きているように見せている一方で、他人の事を妬む機会が増えていた。
私は結局カメレオンと同じだった。
周りの色に影響されて自分の色を決めているに過ぎなかった。私は青くなりたいのではなく、周りが黄色だから青色になろうとしている事を知った。そして青いキャンパス上では自分の青さがくすんでいる事を知った。
私が好きだったバンドが比較的メジャーなレーベルの下で活動を行う事になった。夏の音楽祭などにも出るようになり、人気は爆発的に増えていった。それと反比例するかのように私の気持ちは冷めていった。
大学生になると、周りに音楽が好きな友人が増えた。芸術を嗜むように音楽を楽しむ彼らは、自分の好きな音楽について造詣が深かった。歴史的背景や、演者の人間性等様々な観点から自分の好きな音楽を語っていた。その一方で私は自分が聴いている音楽の好きな理由を問われれば
「なんとなく」
としか答えられなかった。無理に答えた時には、誰かの意見をそのまま切り抜いたような言葉しか出てこなかった。自分の’好き’を持っている人が輝いて見えた。その一方で自分はくすんで見えた。
私は劣ったカメレオンだった。
輝く青色になれなかった私は再度周囲の色に溶け込もうとした。その結果周囲の色にもなりきれない自分に気がついた。すると、不思議な事に他人に興味を持ち始めた。
社会人生活は思うようにいかなかった。詰めの甘さからくるミスが目立った。自分にとっては些細な事だと思っていたが周りからの信頼は失われていく一方だった。何故周りの人間にはできて、自分はできないのかがわからなかった。自分で自分を信用できなくなった。
学生時代から常に根拠のない自信を持っていたがその自信は崩れ落ち、自我も崩壊しかけていた。藁をもつかむつもりで心療内科にかかると
自分が多動性障害(ADHD)である事がわかった。
もちろん薄々自分でもわかっていた。しかし確定診断が出た事で気持ちが楽になった。言われた事をできない自分を恥じていたが、できない事はしょうがないと思えるようになった。ある日上司にどういう仕事をしたいのか聞かれた。
「わからないです。でもできない仕事はわかります」
自分の’好き’も得意もまだわからないが、自分の苦手を認める事ができる様になった。そうすると誰かに頼る機会が増えた。自分と違う色を持つ人を探す必要に迫られた。その結果他人に興味を持ち始めた。
私はカメレオンで良かった。
私は一時期自分の色を見失った。しかしよく見てみると赤色、黄色、青色等、様々な色がグラデーションになっていた。どういうきっかけであろうと、その時々に感じていた私の’好き’は現在の私を彩っていた。その奇妙な配色は私にとって心地よいものになっていた。
現在の私は結婚し、2人の子宝に恵まれている。猫顔の妻とはよく言い争いをしたが、最近ようやくお互いを頼る事ができるようになってきた。
最近知り合いの影響でランニングを始めた。私にしては珍しく4ヶ月も続いている。朝5時に起き、あの頃好きだった曲を聴きながら準備運動をしてから30分走るのが私の日課だ。
相変わらず周りの色に染められていて、足りないものはいっぱいあるが、そんな今の自分が結構好きだ。
***
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