恋愛とか結婚に焦っているあなたへ――カツカレーの日《リーディング・ハイ》
記事:西部直樹(リーディング・ライティング講座)
「それで、どうしたいのかな?」
わたしは、ほんのわずかばかり投げやりな思いを匂わせて言った。
俯く彼女を見ながら、返答を待った。
「う~ん、やっぱり、結婚したい」
彼女は顔を上げ、私を見て、断言をした。
「しかし、それは難しいなあ」
わたしは、すこし呆れたようなニュアンスを込めて言った。
「でも、結婚したいんです」
彼女の言い方は、潔かった。迷いはない。
「したいっていっても、結婚は一人じゃできないし……」
「だから、頑張っているんじゃないですか、それを……」
「頑張っているのは、認める。でも、そのがんばりで結婚できるかどうかはわからないよ」
彼女の必死な目を見ながら、どうしたものか、わたしは迷うのだった。
わたしが若かった頃、結婚には3高が条件だと言われたこともある。
高い身長
高い学歴
高い収入
女性たちは、この条件を満たしていない人とは、結婚しないというのだ。
3高を満たした人が、どれだけいるのだろうか。
低い身長――160センチほどしかない。
低い学歴――地方の私大出身だ。
低い収入――食うや食わずだ。
と、その条件をまったく満たしていないわたしは、結婚できるのか、とても不安になったものだ。
が、しかし、である。
3低のわたしも、何の因果か、いまでは二人の子どもがいる。
やれやれ。
連れ合いが、3高を条件にしなかったのか、
あるいは、3低のわたしに3高を凌駕する魅力があったのか、
それは定かではないが……。
わたしが回想にふけっている間に、目の前の女性は、なにか言い募ろうとしている。
「やっと、いい感じの人を見つけたんです。
仕事は安定の公務員だし、真面目だし、趣味は同じ映画なんで、合うし、とっても気を遣ってくれるんですよ」
「それは、いい人なんだね」
「そうでしょう、結婚するなら、真面目で、安定した人がいいし、趣味が違うと面倒だから、同じ趣味の人がいいと思っていたんです。彼はそれにぴったりなんですよ。まあ、ちょっとはっきりしないところがあるけど……」
「条件は、ぴったりですか。はっきりしないところっていうのは?」
「誘うのは、いつも私の方からなんです。押しが弱いというか。一緒にいてくれるんですが、なんかはっきりしないんです」
「そうなんだ、彼がはっきりとした態度を取らないんだな」
「そうなんですよ、結婚したいのかどうなのか……」
「それで、どうしたいの?」
話は、振り出しに戻る。いやはや。
彼女とは、あるイベントで知り合った。
何度か、そのイベントで会ううちに、彼女は婚活中であること、婚活がなかなかうまくいかないことなど、話すとはなしに話され、聞くとはなしに聞いているうちに、相談事になってしまったのだ。
週末の昼下がり、池袋の東口からすぐのビルの中ほどにある、隠れ家のような喫茶店で、わたしたちは向かい合っていた。
彼女はアラサーで、ごく一般的な事務職である。
気がつくと大台に乗り、まわりは結婚した、子供が生まれたという祝い事ばかり、ちょっと焦ってきた、という。
それで、婚活だ。
わたしはごく普通の自営業で、もう還暦も近い。
アラサーの彼女にとっては、叔父さんのようなものだ。
まあ、わたしにとって彼女は、姪のようなものでもある。
彼女は、結婚の理想と結婚相手の条件を並べ、なかなか難しいということを言い続けていた。
しかし、彼女の話を聞くと、結婚に焦るばかりで、何かが欠けているような気がする。
彼女は、そのことに気がついているのか、気づかないふりをしているのか。
わたしはだいぶ投げやりになりつつあった。
「はっきりしない彼と、どうなりたいの?」
「結婚したいんです。彼が一番いいんですよ」
「一番、条件に適っているということ?」
「そうです。あとのは、ちょっとなんだかなんですよ」
「あとのは、というと他にもいるの?」
「キープというか、ちょっと年下で、いい子なんですよ。でも、仕事はフリーナントカだし、本をよく読むんですが、わたしは漫画が好きだし、ちょっとルーズというか、適当なところもあるし、でもね、彼から積極的に誘ってくるんです。でも、条件的には駄目なんで、どうしようかなと」
「はあ、なるほどね。彼と、その年下の彼といると楽しい?」
「楽しいです! 気が合うというかなんというか、話が止まらない感じですね」
「公務員の彼とはどう?」
「結婚したい人のほうは、穏やかですね。映画を見終わったら、静かに語り合うというか」
「静かに語り合う時は、どんな感じ、楽しい?」
「楽しいというか、穏やかですね」
「そうなのか、あのさあ、結婚したいから公務員氏と付き合っているの、それとも公務員氏と結婚したいから付き合っているの」
「え、どっちも同じじゃないですか?」
「う~ん、迷っている君に、ちょっとプレゼントがあるんだ」
わたしは、もしかするとこういう展開になるかも知れない、と思っていた。
婚活に焦る彼女をみて、まわりが見えなくなっているのでは、いや、自分が見えなくなっているのではないか、と思っていた。
しかし、他からいわれても走り出した彼女には届かないかも知れない。
ならばと、カバンから本を取り出し、彼女の前に置いた。
「あら、マンガですか? 『カツカレーの日』って、女性マンガですね。活字はあまり読まないけど、漫画は好きなんですよ」
彼女は、本を手に取り、興味深そうにページを捲る。
「いまの君に、ちょうどいいかなと思ってね」
「どうしてですか?」
「それは、読んでのお楽しみだよ」
「それは、それは……」
彼女は、少し戸惑いながら、微笑んだ。
相談にならない相談を終えて、わたしたちは喫茶店を出た。
後日、彼女から電話があった。メールでもラインでもよかったのに、直接電話をしてきたのだ。
その声は弾んでいた。
・紹介した本 カツカレーの日 西炯子 フラワーコミックス 全2巻
………
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