大人になってから「耳をすませば」を観るのは、やめた方がいいと思うよ。《リーディング・ハイ》
記事:おが あやな(リーディング&ライティング講座)
……こんな話だったっけ?
画面を見つめながら、私は胸を抑えていた。息が苦しくて仕方なかった。視界がぼんやり曇って、何度も目をぬぐった。
「……う、うぅ」
やばい。嗚咽まで漏れてきた。
一人暮らしの部屋で缶ビールを片手に、傍らにあったティッシュを2,3枚抜き取る。いいシーンを越えたあたりで、豪快に鼻をかんだ。
そう、私は金曜の夜にアニメ映画を観ながら、号泣していたのだった!
おかしい。おかしいぞ。今は亡きVHS時代から、テープが擦り切れて画面に不穏な線が引かれるほど、何度も見た大好きな映画なのだ。小学生の頃から繰り返し見てきて、一度だって泣いたことはなかった。
そうだ、こんなに泣ける話じゃなかったはずだ!
本好きな受験生の雫と聖司くんが両想いになって、抱き合って、ハッピーエンド!
王道! 爽やか!! 青春ラブストーリー!!!
初めてこの映画を観たとき、私は小学4年生くらいで、わくわくして、どきどきして、最後に「はぁ……」と深いため息をついたものだった。
素敵な恋物語に憧れていた。雫ちゃんになりたくて、長く伸ばしていたお下げ髪をばっさり切り、ショートボブにした。家にあった小さなカンカン帽を被り、家の周りを散歩した。ムーンに似た丸々太った猫を見つけて、ちょっとだけ浮かれた。
中学生になったら私も恋をするのかな。素敵な彼氏ができるのかな、なんて空想したものだった。
なぜ、今の私は泣いているのだろう。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、心底後悔した。
大人になってから「耳をすませば」を観るのは、本当にやめた方がいい。
雫も聖司くんも、どうでもいい。
私は「彼」に釘付けだった。
28年、短いんだか長いんだかわからないこれまでの人生の中で、私は一度だけ告白をしたことがある。
あれは私にとって初めての失恋で、おそらく最初で最後の体験になるだろう、と思う。
彼女のいる男の子だった。彼と彼の恋人は何度となく付き合ったり離れたりする関係で、私は好きな男の苦悩する姿を見て、一人静かに心を痛めていた。不毛な片想いは数年にわたって続いた。蚊帳の外にいる自分が、どうしようもなく悔しかった。
だって、どうやったって私は「彼女」の代わりにはなれないでしょう?
「好き」
口に出したときの私は、何を考えていたのだろう。自分のことなのに、全く思い出せない。
表面張力でギリギリのバランスを保っていた、コップの水があふれるように、口にしていた。
「私じゃだめ?」
声が震えた。
私の好きな男は、戸惑って表情を曇らせた。言わなきゃよかったと瞬時に後悔する。
その上で、私は少し安堵していた。
あぁ、これでやっと終わらせられる――。
「ごめん。気持ちは嬉しい」
私の不毛な片想いは、優しい嘘で幕を下ろした。
初めて失恋してから随分経つ。
私を好きになってくれる人もいた。彼氏もできた。
けれど、始まりはいつも人任せ。ぶつけられた情熱に流されるように、穏やかに相手を好きになった。私にはこのやり方が合っているのかもしれない。
最初で最後の、失恋。
自らぶつかり、砕けたのはあの一度だけだ。
私じゃだめだと初めからわかっていた。
それでも、私はあなたに笑ってほしかったんだよ。
わがままで浮気性、どうしようもない女は、私の好きな男を困らせてばかりだった。ずっと悩んでいたよね。二人で飲みに行ってさ、愚痴を聞いたりしたよね。長電話もした。もう苦しい、なんであんな女好きなんだろ、と嘆くあなたに私ができるのは話を聞くことだけだった。
“うんうん、そうだね。つらいね、でも大丈夫だよ”
ねぇ、あなたは気づいてなかったよね。口にしていた慰めは、まぎれもなく私があなたにかけてもらいたい言葉だったことに。
あなたを幸せにしてあげたいと思っていた。あなたが彼女を好きなのは、百も承知で。
でも、だめだった。結局、私、あなたに困った顔をさせちゃったんだね。
勝算なんか一つもなくて、負け確定の賭け。それでも言わずにいられなかった。想い続ける苦しみに耐えられなかった。
コップの水があふれるように。
画面いっぱいに映るのは、余裕のない、必死の表情。
細い手首を力いっぱい掴む「彼」。
「好き」と告げたときの私は、画面の中の「彼」と同じ表情をしていたのかもしれない。
そう思うと、泣けて泣けてしょうがない。
大人になった今では、雫にも聖司くんにも憧れない。
現に私は脇役だった。主役になりたいと無邪気にはしゃいでいた子供の頃には、決して見えなかった「彼」の痛みが今になってわかる。私も「彼」と同じだ。
あぁ、大人になってから「耳をすませば」を観るのは、本当にやめた方がいい。「彼」の痛みを知らずに生きていたかった。今でも思う、どうして私じゃだめだったの、って。失恋の痛みは和らいでも完全に消えることはない。
けれど、なぜだろう。涙をこぼしながら、やっぱり大人になってよかったと思う。
痛みは一つでも多く覚えた方がいい。
その分、傷ついた人に優しくなれるから。
主役になれなかった「彼」はその後、また誰かを好きになっただろうか。
今度は「彼」だけの物語の中で。
次に恋をするときは、
『私じゃだめ?』
なんて悲しい台詞を言ってないで、
『私のことを好きになって』
と言いたい。
私の想いで誰かの心を動かせるように。
あー、まさか「杉村」に泣かされる日が来るとは思ってもみなかった!
皆さん。大人になってから「耳をすませば」を観るのはやめた方がいいぜ?
――なによ!
………
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