人の目ばかりを気にしていた自分が、冷戦時代に捕まったソ連のスパイから学んだこと《リーディング・ハイ》
記事:菊地功祐(リーディング・ライティング講座)
「御社に入社したいと思ったのは……」
私はなれないリクルートスーツを着て、とある企業の面接に挑んでいた。
誰もが知っている大企業だ。
自分は汗だくになりながら面接官に自己アピールをしていった。
もし、この会社が落ちれば死ぬというくらい焦っていたと思う。
面接官は1日に何100人という学生を見るため、流れ作業のように面接していった。
就活生の多くがサークル活動のことや、アルバイトのことしか話さない。
私もそんな就活生の一人として、必死に面接に挑んでいた。
「御社の企業方針に大変共感しました」
「本当にそう思っている?」
面接官は突然、私にこう投げかけた。
私は頭が真っ白になってしまった。
面接で聞かれると予想した内容は全てメモにまとめてきた。
しかし、それ以外のことは聞かれても対処できなかったのだ。
五秒ぐらい、空白の間があった。
面接官は私をギロッと見つめてきた。
「はい、ありがとうございます」
突然のことに私は呆然としてしまった。
絶対、落ちた。
そう思った。
案の定、一週間後にお祈りメールが私のスマホに届いた。
私は今、就活を思い返すと苦しんでいた記憶しかない。
自分がいったい何がしたいのかわからなかった。
行きたい会社など、どこにもなかった。
しかし、時期が来たので就活はしなければいけないと思っていた。
私は名前がある大手企業ばかり受けていたと思う。
ただ単純に、さっさと就活を終えて友人たちに
「実は、あの会社に受かったんだ」
と自慢したかっただけだと思う。
自分は人とは違う何かを持っている。
人とは違った感性を持っていると思い込みたかったのだ。
私は上から目線で人を見下していたと思う。
周りの就活生を見ても、自分はこいつらとは違うんだと思っていた。
そんな自意識過剰な学生を雇ってくれる会社があるはずがない。
結果は、惨敗だった。
6月になっても内定はゼロだった。
周囲の人たちは次々に内定を獲得して、学生時代最後の夏休みを堪能していた。
私は人の目を気にしてばかりで、大学の同級生とは会えなくなった。
内定がないことを誰にも悟られたくなかったのだ。
結局、とある制作会社に内定をいただき、就活を終えることにした。
就活を終えても、私は人には会えなかった。
大手企業に受かったと自慢できる人たちが羨ましくて、後ろめたかった。
自分はあっちの世界に入っていたはずなのに、なんで……
そう思って、自分の殻に閉じこもっていた。
大学最後の冬休みがやってきた。
私は相変わらず、名のある企業に受からなかった自分が恥ずかしく、人の目を気にしてばかり生きていた。
そんな時だった。
この映画に出会ったのは。
それは世界一のヒットメーカーと言われるスティーブン・スピルバーグの
最新作だった。
タイトルは「ブリッジ・オブ・スパイ」。
私は昔からスピルバーグの映画が大ファンだった。
「ジュラシック・パーク」も幼稚園の頃から大好きで何十回も見ていた。
ほぼ全てのスピルバーグ作品は子供の頃に見ていたと思う。
そんな彼のファンであるため、私は当たり前のように最新作を見に行った。
夕方の上映だったが、スピルバーグの映画にしては空いているなと思った。
客席がガラガラだったのだ。
映画が始まる。
オープニングのショットから驚いた。
なんだこのオープニングのショットは!
小説も同じだと思うが……映画もオープニングが肝心だとよく言われている。
小説家が一行目に集中して取り組むように、映画監督もオープニングのショットでテーマ性を開示しないと、後半まで観客の集中力を持たせることができない。
私は天才スピルバーグの底力をその映画でも痛感した。
こんな斬新な奥深いオープニングの絵があっただろうかと思った。
物語が進んで行く。
私は物語の世界にどっぷりはまってしまった。
ソ連のスパイの生き方に感動してしまったのだ。
映画が終わった頃には涙が溢れそうになった。
今の時代に、こんなに素晴らしい映画を見られるなんて思わなかった。
こんなにも奥深い映画が見られるとは思わなかったのだ。
この映画は冷戦時代に実際に起きたスパイ交換を描いた歴史映画だが、
現代の人にも通じる奥深いテーマが隠されている。
それは……
「人は自分をどのように見るか、人にどのように見られるか?」という問題だ。
そのテーマがあのオープニングショットに全て集約されていた。
最後まで映画を見終わった後に、あのシーンを思い出すと、全ての監督の意図がわかるようになっているのだ。
本当にすごい映画だと思った。
そして、私は主演のトム・ハンクス演じる弁護士が言っていた言葉を思い出していた。
「他人がどう言おうと気にするな。自分がそう思っているならそれでいい」
ソ連に捕まったアメリカのスパイを、同胞たちは敵に情報を売った裏切り者として叩いていた。
彼は決して情報を敵に売ったりしなかった。
しかし、同胞はそんな目で見てくれない。
そんな時に弁護士が彼に投げかけた言葉がこれだった。
私はこの言葉が頭に残った。
自分が信じたことだけをすればいい。
私は今まで人の目ばかりを気にして生きてきたと思う。
人に自慢できる大学に行きたいから必死に勉強し、自慢できる会社に入りたいから必死に就活をしてきた。
SNSを使って自分が人に自慢できるようなものを常に探していたと思う。
ずっと人の目ばかりを気にして生きていたのだ。
しかし、この映画を見て人の目を気にして生きていく必要はないんだなと思えた。
自分が信じたものを貫き通せばいい。
そう思えたのだ。
私は今、ライティングにはまっている。
やっと見つけた自分が夢中になれるものだ。
SNSで自分の記事をシェアしたら、きっと
「何あいつ調子に乗ってんだ」
と言い始める人もいるかもしれない。
バズり始めた記事を見て、
「こんな文章どこが面白い」と皮肉を言う人もいるかもしれない。
しかし、他人の目を気にするよりも、自分が好きなものを貫き通せばいい。
今はそう思えるのだ。
どこかで自分の記事を読んで共感してくれる人がいるかもしれない。
いつか、人々を感動させることができるライターになれるかもしれない。
そう信じて、私はいつもライティングに励んでいる。
「ブリッジ・オブ・スパイ」2015年 監督スティーブン・スピルバーグ
………
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