長い坂道の向こうまで!《リーディング・ハイ》
記事:西部直樹(リーディング・ライティング講座)
夏の午後だった。
ひたすら自転車をこいでいた。
汗が目に染みる。
脚が痛い。
お尻も痛くなってきた。
坂道が迫ってきた。
長い坂道を登らなくてはならない。
そこを超えれば、あと少しだ。
「ねえ、まだぁ」
友達たちの不満げな声が聞こえる。
でも、この坂を越えれば、あと少しなんだ。
北海道の小学校、夏休みは短い。
代わりに冬休みが長いのだけれど……。
その短い夏休みのある日、
仲の良い友達たち4人で、どこかに行こうということになった。
僕と足の速いケンちゃん、可愛くて喧嘩早いナオちゃん、温和しいけど怒ると恐いリエちゃんの四人だ。
北海道の田舎町、店が建ち並ぶ繁華街(!?)は、小学生が自転車で走っても、ものの5分もあれば終わりだ。
退屈していた。
「ちょっと、公園まで行かない」とケンちゃんが提案した。
町の外れにある公園、国定公園にもなっているところだ。
観光地で誰もが車で行くところ。
町の小学生は、自転車では行かないところだ。
まだ、昼前だった。
車なら20分くらい、自転車なら1時間もあればいけるかな。
そんな、気軽な感じで僕たちは走り出した。
しかし、道は遠かった。
こげどもこげども目的地は先にあった。
市街の境界を越えると、道は狭まり、車が勢いよく通り過ぎる。
田舎の道を歩く人はいない。
アスファルトが熱い。
リエちゃんの持ってきた水筒の水は、ほとんどなくなった。
帰りたくなったけれど、半分以上は来てしまった。
引き返すのは、なんだか悔しい。
坂道が見えてきた。
長い坂道だ。
この坂道の向こうには、小学校がある。
僕たちが通っているのとは違う小学校だ。
そこも境界線だ。
いつもの町から遠く離れたという境目だ。
長い坂道、途中で自転車を降りた。登り切れなかった。
ナオちゃんが文句を言う。
「こんなに遠いとは思わなかった」
リエちゃんが怒りながら泣き言を言う。
「疲れた! 喉渇いた! お腹空いた!」
ケンちゃんは不機嫌だ。
「あと少しなんだからさあ!」
僕は、太陽が眩しいなあ、と目を細めていた。
「あと少し、頑張ろう」
自分の自転車のハンドルの真ん中を持った。片手で押して、隣のリエちゃんの自転車のハンドルを持つ。
「少しは軽いかな」
ケンちゃんは、ナオちゃんの自転車も押す。
汗がとにかく流れた。
坂道はもう少しで終わりだ。
小学校の高学年のとき、小さな冒険をした。
あれから半世紀近く経ち、そろそろ従心も近くなってきた。
従心というのは、論語にある「心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず」からの言葉だ。
年代を表す、30代の而立、40代の不惑ときて、次が知命、そして耳順、その次が従心だ。
年を取ったら、やりたいことをやっても、規範を超えなくなる、ということだ。
でも、それではなんか詰まらない。
水平線と空が交わるところまでいってみたい。
冒険したい。
その向こうになにがあるのかはわからないけれど。
物わかりのいい大人になってしまったけれど、
その向こうにいってみたい気持ちは持ち続けたい。
子ども向けの映画だろうと侮っていた。
見ているうちに、気持ちが高ぶってきた。
隣に座る年若い友人、彼女の滑らかな手をみる。
膝の上に置かれた手、長い指が膝を掴んでいる。
なにかを堪えているのだろうか。
瞬きの間、その手が愛おしく思えた。
ああ、こちらの方面の冒険は慎もう。
冒険じゃなくて、不貞だからな、と思い直す。
軽く咳払いをして、クライマックスを迎えた画面に向き直る。
映画館の薄い闇の中で思った。
今の安寧に馴れすぎて、そこから出ることを恐れているのではないか。
出てみれば、別の何かに出会えるだろうに。
映画館が明るくなった。
年若い友人は、私を見て微笑んだ。
「いい映画でした」
私もうなずく、そして、あの頃の冒険を思い起こしていた。
長い長い坂道を上り、一息ついた。
いつも通うのとは違う小学校が見えた。
僕たちは、境界を越えてきたんだ。
あと少し、自転車をこぐ脚も少し軽くなる。
陽が少し傾きかけた頃、やっと公園に着いた。
公園の緑の丘の向こうは、オホーツク海だ。
疲れも吹き飛ぶ!
僕たちは、なんとか陽が沈みきる前に家に帰り着いた。
もちろん、散々叱られた。子どもだけで、どこに行くともいわないで……
けれど、苦にならなかった。
僕たちは遠い公園まで、自分たちの脚で辿り着き、そして帰ってきたのだから。
紹介したい映画:モアナと伝説の海
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