天狼院は書店ではない。スナックなのだ。
記事:河野ひかる(ライティングゼミ・平日コース)
やばい本屋に来てしまったと思った。
東京の天狼院に初めて訪れたときの、率直な感想である。
その日わたしは前日の会社説明会を終え、小さな開放感とともにせっかく東京まで来たのだし、と色々なギャラリーへ展示会を見に行く予定だった。
しかし、7代目秘本への三浦さんの文章を読んで、どうしても読んでみたくなり、池袋まで行くことにしたのだ。しかも発売当日だった。
展覧会を見に何度か一人で東京に行ったことはあったが、池袋に行くのは初めてだった。マップアプリを頼りに、なんとかたどり着いたそこは、想像していた本屋とは違った。
ドキドキしながら開いたドアの先に、スタッフと思しき人たちがコタツと秘本の周囲に集まっている。秘本に近づいてもいいのかわからず、とりあえずどういう本が並んでいるのか見渡すことにした。
これが間違いだった。
ファナティックの棚を眺めていたとき、ふいに
「どこからきたんですかー?」
という男性の声が背後からする。
めちゃくちゃ驚いた。もちろんナンパなどではない。
スタッフに話しかけられたのだ。
服屋などのお姉さんに話しかけられるのも苦手で、一人で出かけるとき、わたしはどこへいくにもイヤホンをしている。イヤホンをつけていれば話しかけられないと思っていたのだ。
「……京都です」
「京都から!? 今度京都にも店舗が出来るんですよー! 普段なにされてるんですか?」
一言一句お兄さんの話を覚えているわけではないが、どこからきたのか、なにをしているのか、なぜここにきたのかを次々と質問していき、最終的に
「このファナティックっていう棚はね……」
と丁寧にどういう本が並んでいるのか説明し始めた。
本を購入しに行って、書店スタッフに話しかけられるなど普通に考えれば思いつかない経験をしてしまった。
そこから半年以上経ち、なぜか今わたしはやばい本屋の京都店で働いている。
「いらっしゃいませー。あ、天狼院に来られるのは初めてですか?」
「これは秘本って言ってですね、うちの店主が〜」
「このカレンダーにあるように、ほとんど毎日イベントやってるんです。うちのコンセプトが〜」
東京店のスタッフの方の言葉ではない。
わたしがお客様に話しかけているのである。
これから天狼院に行ってみようかなと思っている人は気をつけてもらいたい。
よほど忙しい日でない限り、秘本もしくはイベントカレンダーの前に立つと話しかけられる。
別にノルマがあるわけではないのだけど、どうせなのでなぜ秘本なのか、なぜ本屋なのにイベントばかりやっているのか、話したいのだ。
(わたしはイヤホンをしている人にまで話しかけることはしないので、安心してほしい。)
そんなことを繰り返して、スタッフとして入ってから2ヶ月くらいたった。
天狼院のすべてを知っているわけではない。
でも、この2ヶ月を過ごしてみてやばい本屋の実態についてこう思うのだ。
天狼院は書店ではない。スナックの進化版なのだと。
お客様に話しかけるから、というのももちろん理由の一つではあるが、それだけではない。
スナックというとおじさんが若いおねーちゃんと話をしたくて行く、ちょっといかがわしいお店のようなイメージを持たれるかもしれないが、本質はそこれはないのではと思っている。
スナックって、お酒とおねーちゃんとのおしゃべりをするだけの場ではなくて、コミュニティーの形成とコミュニティーの提供を行っている場所のことではないだろうか。
わたしが働き始めてすぐ、驚いたことがあった。ゼミに参加しているお客様同士が顔見知りになり、お友達とはまた別のコミュニティーが出来上がっていたのだ。
お客様同士でも楽しそうに話しているし、そもそも書店員とお客様がこんなに会話をしていることも珍しいことだろう。
こんなにお客様とのコミュニケーションを大切にする本屋も他にないだろう。
お酒の提供もあり、コミュニティーまでできあがって、これをスナックと言わずなんと呼ぶのだろう。
だけど、天狼院がスナックと決定的に違うところが一つある。
お客様が本気で人生を変えに来ているのだ。
あるときライティングゼミに行って驚いた。
リーディングゼミに来ていたお客様がいる。
聞けばフォト部にも参加し、今度カメラも購入するのだという。
そりゃ、文章が書けるようになり、本を読んだ知識がそのまま生かせるようになって、写真まで撮れるようになったら人生も変わるだろう。
今の仕事だって変えてもいいかもしれない。
だから、ただのスナックではなく「スナックの進化版」と呼ぶことにした。
今まで、どういう本屋なのかと友達や知り合いに尋ねられたとき
「ちょっと変な本屋で働いてる」
と答えていた。普通の本屋ではないのだから間違いではないはずだ。
でも、これからはこう答えよう「スナックみたいな本屋で働いてる」と。
どういうこと? となればこっちのもんだ。
「それはね……」
わたしの友達のみなさん、スナック書店員に営業をかけられても、優しい目で見守ってください。