なんで、私は、パイロットじゃないんだろう?《リーディング・ハイ》
パイロットが誘う最高の空旅
雲の向こうは、信じられないほど感動に満ちている。
ド直球なコピーと爽やかな表紙が目に留まり、ページをめくってみた。
まず、目次がいい。
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Lift: 持ち上げる、あがる、高まる
Place: 場所、空間、住所
Wayfinding: 進む方向を決めること
Machine: 機械、装置、仕組み
Air: 空気、大気、無
Water: 水、海、川
Encounters: 出会い、遭遇
Night:夜、闇
Return: 帰る、戻る、復帰する
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冒頭のコピーと目次の時点で興味を抱いた方は、この先を読むまでもない。この本はアナタの期待を裏切らない。迷わず手にとってほしい。
『グッド・フライト、グッド・ナイト』
(マーク・ヴァンホーナッカー:著/岡本由香子:訳/早川書房)
これは、ブリティッシュ・エアウェイズに務める現役パイロットによるエッセイ。筆者のマークさんは、今現在もボーイング747のコックピットに座り、空を飛び続けている。
「あぁ、みんなが憧れるような職業に就く人が書く、お仕事エッセイね」と思った方も、ぜひこの本を読むべき。その「あぁ……」をはるかに上回る読書体験が待っているはずだ。
かく言う私も「パイロットねぇ……」くらいの期待で適当にページを開いた。
そして、一気に引き込まれた。
その、言葉の美しさに。
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今、私の旅客機はアラビア半島の上空にいる。ヨーロッパへ向かう途中だ。前方にアカバが、シナイ半島の光が見える。その先はスエズの町。運河沿いを行き来する船の光は地球の血管を走る血液のようだ。次はナイルの輝き。水辺を中心に、いくつもの光の輪が後方へ流れていく。やがて光は扇状に広がってカイロになり、さらにアレクサンドリアという海岸沿いの黄金のプールへ、私たちの目を導く。(P.50)
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霧は潮の流れに似ていて、氷河が土地に刻む季節の鼓動を早送りで再生しているようにも見える。霧はスローモーションで動く水だ。(P.192)
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前方に目的地ブダペストの灯りが見えた。747は南側にゆったりと弧を描き、それから針路を北西に戻して、右側の滑走路にアプローチを開始した。(P.260)
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いずれも適当にページを開いただけだ。どこを開いても、思わず手帳に書きとめたくなるような鮮やかな言葉が続く。
もちろんパイロットという希有な仕事についても、あますことなく書かれている。
等高線の世界地図。パイロットはそれを見るだけで、険しい山々やごつごつした地表がイメージできるという。平面の地図が3Dに浮かび上がる――それはどんな感覚なんだろう。
私たちが知る「国境」とは異なる「空国」。例えば「ソルトレイク空国」は米国9つの州とソルトレイクシティ、さらにカナダ国境まで広がる。
「マーストリヒト空国」はベルギー、オランダ、ルクセンブルク、ドイツ北東部をカバーする。筆者のマークさんはこれを『夢の名を冠した空の国』と表現する。
空国から空国へと繋がる世界――。日頃見ている世界地図がぐにゃりと形を変える。
ちなみに日本は、北海道から沖縄まですべて「福岡空国」。「日本」でも「東京」でもなく「福岡」。何でだろう……?? こんな興味津々のトリビアも満載だ。
そして何よりも、この本を魅力的なものにしているのは、すみずみまで「パイロットである喜び」にあふれていることだ。
フライト前、機体を外側からながめて最終チェックを行う。
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いちばん大事な点検項目は翼だ。“翼”という言葉にはいまだに神々しい響きがある。シンプルで美しい自然のなかから生まれてきたかのようだ。しかしあの形をつくりだして胴体にくっつけたのは、紛れもない人間なのである。
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空を飛ぶことに比べれば、一見地味な印象を受ける業務ながらこの輝きだ。
離陸前の客室乗務員らとのブリーフィング、悪天候による待機時間、シミュレーターでの飛行訓練までもが、パイロットとして過ごす素晴らしいひとときとして描き出される。
「仕事が好き」「仕事が楽しくて」「好きなことを仕事に」……。
こんな言葉に対して、白々しい思いを抱いてしまったことは誰にだってあると思う。
どうせ仕事。しょせん仕事。仕事なんて……。
と愚痴を言いたくなることだってあるはずだ。
でも、この本はそんな余地は与えてくれない。
こうまで真っ直ぐに「飛ぶ喜び」を綴られてしまったら、もう完敗だ。
パイロットは、素晴らしい職業だ。
こんな素敵な仕事に就いている人たちが心底羨ましい!!
この本を読んで以来、自分自身に問い続けている。
1つ。
「その仕事に、喜びはあるか?」
これは自分へのメッセージ。小さくこう問うだけで、視線が上がる。これは、私の選んだ仕事。私の好きな仕事だ。
もう1つ。
「アナタはなぜパイロットではないのか? パイロットを目指さないのか?」
……。
この問いには答えられずにいる。なんで、私は、パイロットじゃないんだろう。残念でならない。
でも、答えられなくてもいいのかな。
答えが見つからないということは、この本が最高に魅力的だということでもあるのだから。
※筆者、マークさんのウェブサイトに「航空機の窓側の席から写したベストショット」のギャラリーがあります。まさに絶景満載。ぜひご覧ください。
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