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リーディング・ハイ

惚れても別れても《リーディング・ハイ》

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記事:伏島恵美(R&W講座)

 

「こいつのほうが好きなんだ」

見ればわかるよ。腰に手なんか回してんじゃねーよ。

好きなんだ好きなんだ好きなんだ。

だからわかるっつーの。

大体その手の動き、べとべとしていていやらしいよっ。

あんたそのものだ。いやらしいあんたの性格そのものだ。

あたしが粉砕してやる。

その表情は何? 何で地面に手をついてるの?

まさか、腰抜かしてるわけじゃないよね? グーで殴っただけよ。もしかして喧嘩とかしたことがないとか。

なんなんだよ。

手。殴った右手が痛いんだけど。痛い痛い。ずきずきする。

どうしてくれんのよ。痛いよ。手が痛いよ。

全部あんたのせいだからね。

手が……手が……。

*

*

*

「……きて……起きて。起きてちょうだい、こずえ。」

目を覚ました時、私はどうして側にきょうこがいるのかわからなかった。

そもそもここはどこで、私はどうしたのか。

右手が痛い。なんだか目のまわりがつっぱってる気がする。

げ。そもそも着替えてない。洋服のままだ。

「きょうこ。なんできょうこがいるの? ここどこ?」

「はい? ここはあたしの家。家主がいるのは当たり前だよ。

もー。人の家に押しかけて散々泣き散らしたくせに。覚えてないの?」

はて?

見回してみると、身体にかけられてる毛布は私の家の毛布ではない。目に映るのは見慣れたきょうこの家の風景だ。

「えーと。えーと」

「こずえ。あんたはね。もろみざと君に二股かけられてたんだよ。思い出してみな。思い出したくないかもしれないけど」

そう言ってきょうこは立ち上がると、キッチンに行って料理をし始めた。

日差しが眩しい。あの鳴き声はきっと雀だ。どうやら朝らしい。

スキニーにニットという組み合わせのきょうこは背筋がまっすぐ伸びている。

コンロを捻りフライパンを温める動作一つにしても美しいものだった。我が友ながら。くやしいけど。

くやしい。くやしい。くやしい。そうだ。わたしは。

昨日、もろみざと君の浮気現場を見た。くやしくなってグーで殴ったのだ。

利き手の右手が痛いのはそのせいだ。

その足で大学近くにあるきょうこの家にいったのだ。たぶん。どうもここらへんははっきりしない。いろんな感情がなだれ込んできてよくわからなくなったのだ。

殴られて腰を抜かしたもろみざと君の表情と隣にいた彼女のものすごくふくよかな体型は思い出せるのに。

 

「きょうこ、思い出したよ。あたし、あたし、あたし………」

〝失恋したんだよ〟

言葉にできなかった。頬に次々と涙が零れ落ちる。

うめき声をあげて前かがみになった。そうか。目のまわりがつっぱってるのは昨日もこうして泣いたせいだ。

柔らかい布が頬をなでた。きょうこがハンカチで涙を拭いてくれている。きょうこはなにも言わない。ナチュラルメイクを施した彼女の肌はもともと綺麗だが、よりその綺麗さを際立手せている。

最後にちょんちょんと涙を吸い取るようにしてから、朝ごはんにしようときょうこはいった。

 

目玉焼きにソーセージ。ご飯。豆腐とわかめの味噌汁。

ご飯のとびきりいい香りが気持ちを落ち着かせる。

これはきっと朝に炊いたのだ。

「いただきます」

右手は痛かったが、目の前の食事を頂くにはなんの支障もなかった。

お腹はすいてないと思ったけど、わざわざ作ってくれたきょうこの気持ちを思うと断るのも悪い気がした。

味噌汁がのどになだれこんでゆく。ご飯が胃の中におさめられてゆく。目玉焼きやソーセージが口の中を通過してゆく。

食べ始めるとどんどん食がすすんだ。

あたし。変だ。失恋したじゃないか。

しかも二股かけられて。

とてもご飯なんか入る状況じゃないはずなのに。

それなのに。

目の前にはきょうこの作ってくれた朝ごはんがある。

涙をぬぐってくれたあんたの手は今、箸でソーセージをつまんでいる。

風邪をひかないようにかけてくれた毛布がある。

日差しはさっきよりつよくなっている。

失恋したのに。確かにこうして私の目の前には友達はおり、時間は動き続けている。

 

 

あんたはいつものようにメイクをしてる。

もろみざと君。あんたが細身の女性が好きだといってたから、あたし一生懸命ダイエットしたのに。

メイクはナチュラルメイクがいいんだっていってたから、何回も何回もやり直して、メイクも上達したのに。

なのに昨日、隣にいた彼女はめちゃくちゃふくよかな体型でものすごく濃いメイクなのはどういうこと?

自分の本命とは反対の好みをいって私をからかってたわけね。

 

涙があふれた。

「きょうこ、あたしは失恋した。あたしの恋の前提は始めから間違ってたよ。あいつは、あたしの気持ちをからかっていただけだった。」

言ってしまった。取り返しがつかない事実なんだと改めて自分の気持ちに突き刺さってきた。

「せっかくせっかく…もろみざとくんにふさわしい女になろうって頑張ったのに。嬉しかったのに。うまれて初めてできた彼氏だったのに」

きょうこが肩を抱いてきた。

「こずえ。確かにあんたの恋はおわった。でも、あなたはずっと努力したでしょう? メイクもなにもかも。わたしはみていたよ」

わたしの脳裏にもろみざと君を好きになってから今まで自分が挑戦してきた美しくなるための一切の事が浮んできた。

「最初からやめときなよって。私に言われてもあんたは頑張った。だれでもない、大好きなもろみざと君のために」

努力したよ。一生懸命。綺麗になろうって。だって、もろみざと君がすきだったんだから。からかわれているだけだって気づけなくても。好きな気持ちは止められなかったから。

「だから。これからも、どうか自分を美しくしようって気持ちだけは捨てないで。こんどはだれでもない、あなた自身のために」

涙がまたあふれた。

そうだ。そうだね。きょうこ。

あたし、なにがあっても自分を綺麗にするってこと、わすれないよ。

今までの恋が駄目になって、なにもかもが終わったって思ってた。でも。そうじゃなかった。これからも私の世界は続いていくんだ。

そうだ。こんど、映画でも観に行こうかな。たしか、この世界の片隅にっていう作品が上映していたはずだよね。

 

  
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2016-12-14 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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