リーディング・ハイ

作り物のやさしさじゃ、いけませんか?《リーディング・ハイ》


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記事:木村保絵(リーディング&ライティング講座)

 

はぁ。なんでみんなそんないい人なんだろう。

人の集まりから帰って来ると、いつも悲しい気持ちになる。

みんなはあんなにいい人なのに、なんでわたしはこんなに嫌な人なんだろう。

 

やさしくなりたいと思って努力をしてみても続かない。

うまくいって人に好かれると、不安になる。

これは、本当のわたしじゃないのに。

なんだか騙してるみたい。

 

そんなとき、こどもの頃に読んだ1冊の本を思い出す。

誰かを思うきもちが、奇跡を起こす物語。

意地悪なわたしも、やさしくなりたいと思える物語。

 

****

 

まだ幼い頃、世の中怖い物なんて、何もないと思ってた。

欲しい物があれば、手に入るまで泣き叫ぶ。

ジャマなものがあれば、何が何でも力づくでどかしていく。

自分より倍以上大きな男の子達に「どけよ、チビ!」と言われれば

「いやだね、ベーだ!」と舌を出す。

「うちにお兄ちゃんいるんだからね! お兄ちゃん呼んでくれば、あんた達なんて、倒してくれるんだから!」

エラそうに叫ぶ幼い娘の声を耳にし、母はどうしていいものか、部屋の中で困ったという。

兄は、同年代の子たちよりも、体が弱く小さかった。

どう考えたって、兄ではあの男の子たちを倒せない。むしろ簡単に倒されてしまう。

それなのに、まだ2~3歳の小さな気の強いヤンチャ娘はケンカを売り続けている。

あぁ、どうすればいいんだ、と毎日ハラハラしていたと、今では笑いながら教えてくれる。

 

もちろんそんなワガママっ子は、成長していく中で、壁にぶつかり、叩かれ、ボロボロに傷ついていった。

あぁ、自分は人とは何かが違う。

考え方がおかしい。

もっと謙虚に、他人にやさしくならなくちゃいけないんだ。

 

やさしく、やさしく……って、どうやるの?

そもそも、やさしくしようって思ってするのって、本当にやさしさなの?

それはただ、嫌われたくないだけかもしれない。

純粋なやさしさって、何?

本当のやさしさって、何?

生まれつきやさしくないと、やさしい人にはなれないの?

 

こころより先に、頭が動いてしまう。

 

10代、20代の頃は、もがいていた。

わたしらしくいたい。

だけど、やさしくなりたい。

いい人でいたい。わたしもみんなとただ笑い合いたい。

悩んで苦しんで、落ち込む日が少なくなかった。

 

ところが、30を過ぎるとだんだんその必死さも失われていく。

まぁ、仕方ないじゃん。

なるようにしか、なれないよ。

きっともっと長く生きていけば、自然と丸くなっていくよ。

やさしくなれない自分に時々落ち込みながらも、まぁいいかと諦めていく。

 

そんなわたしが、10代20代の必死でもがいている子たちを見ると、

「大丈夫だよ」と、

ポンポンと、肩をたたいてあげたくなる。

 

大丈夫、わたしもいい人じゃないけど、本当のやさしさとかわからないけど、

なんとなくしあわせだし、大事にしてくれる人はしてくれる。

自分の出来る範囲で、思いを込めて接していれば、

時々意地悪が顔を出しても「あの人は仕方ない」と許してもらえる。

ちょっとだめなところが、味になったりするもんだ。

そんな風に、必死に頑張る年下の子たちを思いながら、本当は自分に言い聞かせている。

 

やさしくなれないわたしが、それでも大丈夫、と思える時。

そんな時は、いつも、こどもの頃に読んでいた、一冊の絵本を思い出す。

「ちいさなきいろいかさ」という、ボロボロになるまで何度も何度も読んだ絵本。

 

なっちゃんという女の子のお話。

雨の中、濡れている動物のお友達を、傘の中に入れてあげたいなぁと、心の中で思う。

すると、不思議なことに、傘はスススっと大きくなる。

誰かのことを思うと、誰かのために願うと、奇跡が起こる。

そんなことを教えてくれた絵本。

 

ずっと年中やさしい人じゃなくてもいい。

誰かが困っているとき、あ! と気付いて、どうにかしたいなと考える。

そうすれば、やさしい人じゃなくたって、わがままな人だって、

誰かの力になれることが、あるかもしれない。

 

「あ、濡れちゃう!」そう思って傘を差し伸べるだけでいい。

それなら、わたしにも出来る。

やさしい人は、「大変だったねぇ」と言いながら、屋根のあるところでタオルを出して髪の毛を拭いてくれる。

「寒かったでしょ」と言って、あったかい缶コーヒーを買ってきてくれる。

「わぁ、手も冷たいね」と言って、両手をやさしく包んでくれる。

わたしには、そこまでは思いつかないし、気が回らないし、行動ができない。

でも、「あ!」と思うくらいは、「濡れてる!」って気付くことくらいはできる。

そこからちょっとだけ「濡れないようにしたい。何かできないかな」そう思うだけでもいい。

「あぁ、今この人にできるやさしいことは何だろう」そう考えてから動き始める行動だって、やさしさだ。

作り物のやさしさだって、誰かの力に、なることはできる。

それでもいいじゃないか。そう思えることができる。

絵本に出てくる「なっちゃん」は、わたしとはちがう、本当に心優しい女の子。

その「なっちゃん」が、「そんなに考えなくても大丈夫」とやさしい心で包んでくれる。

 

「いつか自分にこどもが生まれたら」

そんなことを時々、思う。

こんな中途半端な人間が、何か教えてあげられるんだろうか。

見せかけだけで、心の中は意地悪なわたしが、どうやってやさしさを教えてあげられるんだろう。

考えてもキリがないことを考えては、時々不安になる。

自分で勝手に雨を降らして、ずぶ濡れになって、悩んでしまう。

 

そんな時、この絵本を思い出すと、スッと頭の上に黄色い傘がかけられる。

「大丈夫よ。あなたも入れてあげる。みーんな傘の中に入れるよ」

そんな声が、聞こえてくる気がする。

 

そうか、大丈夫だ。

わたしには、この絵本がある。

もしもいつか、わたしにもこどもを育てられる日が来るとするならば、

この絵本を読んであげよう。

きっと伝わるはずだ。

やさしさって何か。

この絵本があれば、やさしくなれないわたしにも、やさしさを伝えることができるはずだ。

誰かのことを思い、やさしさを一つずつ積み重ねて、作り上げていくことが、きっとできるはずだ。

 

『ちいさなきいろいかさ』 作:もりひさし 絵:西巻茅子 金の星社

 

  
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2016-12-14 | Posted in リーディング・ハイ, 記事

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